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人類誕生時代に来たので、人類の支配者になる  作者: 浅霧 瀬智
第三章

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65.記録する宝珠

―― 地上 教会本部近くの市場 ――


~ ロフィ視点 ~


市場は、教会とはまるで別の顔をしている。祈りも秩序も、ここでは音と匂いにかき消される。商人の呼び声、鉄器のぶつかる音、香辛料と汗の混じった空気。人間が人間らしく欲をさらけ出す場所だ。


俺は紙、インク、保存食など教会の支給品だけでは足りないものを一通り買い終え、帰路につこうとしていた。


「……坊や」


声は低く、掠れていた。呼ばれたのが自分だと理解するまで、わずかに時間がかかる。声の方を見ると、市場の端、石壁に寄り添うように小さな布を広げている露店があった。売り手はローブを深くかぶった女性。顔はほとんど見えない。


「何か御用ですか?」


距離を保ったまま問い返す。教会での教育は、市場では慎重であれと繰り返し教えていた。


「……教会の子でしょう?」

「そうですが」

「なら、金に余裕はあるだろう?……少し見ていかない?珍しい物がある」


商品に視線を落とす。古い装身具、欠けた金属片、用途不明の石。そして、小さな宝珠。透明度の低い、くすんだ球体。だが、見間違えるはずがなかった。


「……これは宝珠ですね」

「え?」

「宝珠は教会管理物です。個人売買は禁止されています」


違法物。市場で売られている時点で、ほぼ確定だ。


「し、知らなかったのよ。拾った物だし……私はゼロマだから、そんな物だなんて」


挿絵(By みてみん)



マナを一切持たない人間であるゼロマ。嘘かどうかを判断する材料は少ない。だが、彼女の言葉には具体性があった。知らなかったという主張も、ゼロマであれば成立する。


「どこで拾いましたか?」

「北の街道脇……石が崩れてて」


あり得なくはない。教会の輸送中に紛失した可能性もある。俺は少し考え、宝珠を手に取った。


「ちょっと……!」

「確認します」


宝珠は冷たい。だが、内部に微かな反応がある。教会で使われる宝珠は、魔術を“起動”するための鍵だ。単体では意味を持たないはずだが……この宝珠は、何か違う。俺は周囲を確認し、人目の少ない角へ移動した。


「少しだけ、マナを流します」

「え、ちょっと待って……!」


女性の制止は遅い。俺は意識を集中し、マナを宝珠へと送った。次の瞬間に宝珠が淡く光り、空中に小さな光の板が展開された。


「……?」


見慣れない現象だ。光の板には、映像が映っていた。揺れる視界。地面。誰かの足元。音も聞こえる。風の音、金属音、人の声。


「これは……記録?」


俺は息を呑んだ。宝珠が“魔術を発動した”のではない。宝珠が“保存していた”。録音と録画をしていた。教会の公式魔術体系には存在しない機能だ。


「な、何なのそれ……」

「分かりません。ですが、非常に危険です」


証拠を保存できる魔術。それが意味するものは、あまりにも大きい。俺はすぐにマナの供給を止めた。光の板は消え、宝珠は再び沈黙する。心臓が、少し早く打っていた。これは、非常に役に立つ技術だ。


「この宝珠は、俺が預かります。正式に教会へ提出しまが、あたなの事は知らない事します。」

「私はその宝珠を知らないし、拾っていない。だれにも言わなければ捕まらないって事?」

「そうです。あなたがゼロマである以上、故意ではないし、何も知らない方があなたのためです。」


事実だ。教義上も、彼女を裁く理由はない。俺は宝珠を買い取り、大切に懐にしまう。市場の喧騒が、急に遠く感じられる。


違法宝珠で未知の魔術。記録という概念。教会がこれを知らないはずがない。だが、少なくとも表には出ていない。俺は歩き出しながら、思考を加速させた。


この宝珠は、使い方次第で世界を変える。そして、教会の秩序を、内側から揺るがす。面白くなってきた。



ローブを深く被った女性は、市場を離れると一切言葉を発さず、裏道へと足を向けた。昼の喧騒が嘘のように、石畳の細道は静まり返っている。彼女は迷いなく進み、小さな古家の前で立ち止まった。扉を開け、中へ入ると同時に、指先で空間をなぞる。淡い光が走り、音が消えた。


防音魔術。世界との接続を完全に遮断する、神域に近い結界だ。ローブを脱ぎ捨てると、現れたのは艶やかな長髪と、挑発的な微笑を浮かべる女神のセリアだった。その瞳は愉悦に満ち、唇は楽しげに弧を描いている。


「ふふ……やっぱり、面白い子」


彼女は指先で自分の髪を弄びながら、先ほどの少年の姿を思い出していた。宝珠を前にしても動揺せず、違法性を即座に理解し、迷いなくマナを流す判断力。しかも、躊躇がない。


サイコパス気質だ。だが、それは欠陥ではない。小さな家の奥、簡素な椅子に腰掛けていた存在がゆっくりと立ち上がった。白い翼を持つ、人ならざる存在。本部教会のトップに立つ天使だった。


「お疲れ様です、セリア様」


感情の揺らぎを抑えた声。だが、そこには確かな敬意があった。


「ありがとう。思った通りの反応だったわ」

「宝珠を見て、即座に使用するとは……危険性も理解していたはずです」

「ええ。でも、だからこそよ。あの子は“使わない”選択をしない」


天使は一瞬、思案するように沈黙した。


「干渉が過ぎるのでは?」


「いいえ。私は“渡した”だけ。選んだのはロフィよ。記録魔術の宝珠。あれを前にして、彼はどう動くと思う?」

「……利用するでしょう」

「でしょうね。しかも、教義に反しない形で」


天使は小さく息を吐いた。それは肯定でもあり、警戒でもあった。


「気にかけておきなさい。彼はまだ子供。でも。確実に、こちらを見上げている」

「監視を強めますか?」

「いいえ。監視されていると気づくと、あの子は一気に面倒になるわ。遠くから。さりげなく。必要なら、偶然を装って手助けする程度でいい」

「……承知しました」


天使は一礼した。セリアは窓辺に立ち、外の曇り空を見上げる。


「転生なんて、私たちの知らない理屈で起きるものなのよ」


だからこそ、面白い。世界は完全ではない。神であるツバイでさえ、すべてを把握できない。そして、その歪みの中から生まれた少年がロフィ。


「彼がどこまで登ってくるか……楽しませてくれないと、困るわ」

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