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間隙の恋  作者: 吉祥天天
番外1
29/30

乾 浩介の場合(3)


「乾君、こっちこっちーーーー」


 窓際のブースのテーブルから手招きするのは、同じ本田主任グループの一年先輩である宝来さんだ。

 珍しく終業時にオフィスにいた俺に、「グループメンバー数人と飲みに行くから来なさいよ」と声を掛けてきたのだ。

 断る理由も無く、話が聞けるなら丁度良いと思い「後から行きます」と誘いに乗った。



 宝来さんという女性は、仕事でも有能だが、ギリシャ人とのハーフというモデルのような目立つ容姿でも有名だ。

 本人もそれをよく自覚していて、自分に声を掛けられれば男は誰でも喜ぶと思っている節がある。

 俺と同様倉吉もよく粉をかけられていた。

 俺は仕事でも関わりがあるし、適当に構ったり躱したりしてやり過ごしているが、倉吉は圧されて面倒そうだった。

 プライドの高い彼女のことだから、倉吉に『凄い美人の恋人』がいるなんて噂を耳にして無関心でいられるはずが無いと思ったのだ。

 案の定、



「ーーーだから、木下君もセンスが無いったら。『凄い美人』て繰り返すだけで何の形容にもなって無いし」



 文句を捲し立てる宝来さんから得たのは、同じ一課の後輩木下が休みの日に『ミツワ・エアタワーズ』の隣の店舗棟に入っているデパートで、倉吉と彼女を目撃したと言う話だ。

 彼女ーーーーそれがあの女神だと俺は確信していた。

 宝来さんには悪いが、彼女を見て『凄い美人』としか言い表せない木下の気持ちもよく分かる。

 彼女が、倉吉とーーーー。

 なんでも、肩を抱いてピッタリと寄り添って歩いていたらしい。

 ギリ、と俺の手の中で割り箸が鳴った。



「すみませんーーー」と突然店員が宝来さんに声を掛けて、客を案内して来た。

 宝来さんは心得ていたようで「角田さん、どうぞよろしく」などと出迎えている。

 我々の半個室のテーブル席に入って来た二人ーーー「お邪魔します、『MMM文化社』の角田と申します」と挨拶した女性と、続く男性は「野間です、よろしくお願いします」と頭を下げると、バッグからごついカメラを取り出し始めた。

 何が始まるんだ? とその場を仕切っている宝来さんに目を向けると、彼女が説明し始めた。

 どうやら彼女は広報からの依頼で雑誌の取材を受けているらしい。

 会社でも数枚写真を撮り、インタビューの録音なども終わっていて、後はこの飲み会のオフショットを撮影する手筈になっていたのだそうだ。

 何だか彼女に良いように使われてしまっているな、と感じたものの別に悪い気はしないので、快く撮影に応じた。

 女性陣が化粧を直している間、出版社の女性が「一般誌では無いのでご存知無いかもしれませんが」と差し出した既刊誌を目にして、俺は絶句した。

 あの、俺の女神と出会うきっかけとなった雑誌だった。

 まさに、宝来さんも『私と仕事』の記事の取材を受けていたのだ。



「知ってますーーーこの雑誌」


「まあ、そうですか。ありがとうございます!」



 角田さんの反応が良いので、ついでとばかりに聞いてみる。



「こういう取材の人選って、どうやって決めるんですか?」


「この記事の場合は、本誌をご契約頂いている企業様にどなたか取材させて下さいと順番に依頼しているんです。個別の人選に関しては企業様にお任せしている所です」


「そうなんですか。実は五年位前にこの記事を見まして・・・・そこに掲載されていた、ウチの『ミツワ・エアタワーズ』の写真を見て、今の会社に入りたいと思ったんですよ」



 正直にそう言うと、角田さんは「それは嬉しいです。リクルートのお役にも立っていたなんて」と目を輝かせて喜んだ。


 準備が出来、撮影が始まったーーー普通に飲み食いしながら歓談している様子を様々な角度で撮るというもので、三十分程で終了した。

 皆それなりに緊張して普段通りでは無かったが、いつも以上にチヤホヤされた宝来さんはご機嫌だったので、俺は翌朝早いからと撮影が終わって間もなく帰ることにした。



 店を出た所で、道端に停車していた社用車の横に先程の出版社の二人が立っていた。

 「お疲れ様でしたーーー」と横を通り過ぎようとした所、



「ああ、これだ! 僕、覚えてましたよ。『ミツワ・エアタワーズ』で撮影したのーーービルも格好良くて、凄く綺麗な女性だったんで」



 カメラマンの彼がパッドを操作して見せてくれたのは、勿論、彼女の五年前の写真データでーーー俺のもう擦り切れたページの写真でない、色鮮やかなままの彼女が写っていた。



「あら本当、綺麗な人ね。この方、まだ会社にいらっしゃるんですか?」



 と角田さんが問うのへ、俺は「さあ・・・」としか答えられずにいると、



「『(株)三ツ輪会 佐竹美月』さん」



ーーー!!



「もしお会いできたら、よろしくお伝えください」とカメラマンの男は言い残し、二人は社用車で帰って行った。

 俺は只々その場に立ち尽くすーーーー真っ白な頭の中で『(株)三ツ輪会 佐竹美月』だけが木霊して繰り返されていた。



 それから、その名前を頼りにまた人探しを始めたが、たちまち失望することになる。

 『(株)三ツ輪会』という会社は『ミツワ・エアタワーズ』内の何処にも無かった。 

 聞き間違えたのかもしれず、よく似た名前の『(株)三ツ輪ビル』というこのビルの管理運営会社も調べたが、そこに佐竹なんて女性は五年前も今もいた形跡が無かった。



 また行き詰まってしまったーーー。

 本当に、女神はいるのだろうか。

 会社も見当たらないーーーなら、名前は? それも本当に彼女の名前なのか分からない。

 写真はあって、カメラマンの男も覚えていたし、俺だって見てる。

 だから、必ず何処か、それも同じオフィスビルの中にいる筈なのに!

 彼女は現れては消え、そしてまた現れるーーー夢の世界に棲む幻の蝶のようだと思った。



* * * * * *



「ーーー良いですよねー、倉吉さんは。凄い美人の恋人がいるんでしょう?」



 今日はこの春入社して企画部一課に配属になった三名の歓迎会だった。

 その内の事務担当として入った岡本さんと暫く話していたら、宝来さん達がこちらの会話に入ってきたので、適当にいなして席を外した。

 そこへさっきの声が聞こえてきたので、倉吉を見つけて隣に座る。



「で、何だって? 倉吉がどうしたって?」



「あ、乾さん、聞いて下さいよーーー」と酔って絡み気味なのは昨年入社した山岸だ。

 修士卒なので年齢で言えば一つしか違わない。


「同期の、技術部の遠藤が言うんですよー、同じ工学部で、いつもいつも綺麗な女性と歩く倉吉さんを見てたってー」


「遠藤のヤツ・・・・」



苦々しく呟く倉吉に、更に山岸は被せて、



「それは今もですよねー。今も凄い美人の恋人連れて歩いてんですよねー、羨ましいなー」


「・・・・」



暫し沈黙した倉吉が「・・・誰の事だろう?」と呟く。



「かーーーっ、それ言ってみたい、羨ましいっす! ねー、乾さ・・・あ、ダメだ」


「馬鹿、止めときなさい山岸! 乾さんにそれ言って共感してもらえる筈無いでしょう! 山岸が惨めになるだけよっ」


「う〜〜〜、黒木ぃ〜〜〜」



同期の黒木さんに山岸が引きずられて行った。



佐竹さん(・・・・)じゃないか?」



 俺は「誰の事だろう?」からずっと倉吉の反応をつぶさに観察していた。

 倉吉はこういう席では酒を飲まない。

 だから、それが繕ったものかそうでないかは、わかる筈だと思っている。

 そこで勝負に出たのだーーー佐竹さん(・・・・)と名前を告げてみた。

 


「・・・・?」


 倉吉は首を傾げて俺を見て、そしてもう一度首を傾げた。



「すまん、マジで分からないんだがーーー何処の誰だ?」



 一度も目を逸らす事なく倉吉を見ていた俺は、ふー、と止めていた息を長く吐き出した。



「さあ、俺も知らない」



 俺は本当に知らない(・・・・・・・・・)

ーーーこの男は、本当に食えない男だ!

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