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間隙の恋  作者: 吉祥天天
番外1
30/30

乾 浩介の場合(4)

本編4話〜6話の乾さん目線です。

この時点では乾さんは「萩野」を「オギノ」と読み違えています。


 毎月の第一月曜日は企画部の部内報告会の日だ。

 各チームに分かれて取り組んでいるPJTの進捗状況を部課長の前で報告するのだがーーー。



「おっと、一番か」



 今月は俺の担当するテーマの発表が最初に設定されていた。

 その日は一日内勤の予定にしているので、自分の発表が終われば後は気楽に興味あるテーマだけ聞いていれば良い。

 倉吉は三番目、他はーーーと順に追って二枚目を捲り、おや、と目線が止まる。

 二課の発表の担当者に松澤志郎とあったからだ。



 報告会は概ね午前が一課、午後が二課と分けられているが、一課に重要なテーマが多く、そちらに時間を掛けるために二課の発表が夕方頃にずれ込むことも珍しくない。

 その為か一課の発表が終われば退室する者も多く、俺も二課の発表をこれまで聞いたことが無かった。

 ところがどうだーーーこの日、やはり午後までずれ込んだ一課の発表が全て終わったにも関わらず、殆どの人が会議室に残っていた。

 いつもなら後ろの方に座って途中でもすっと出て行く倉吉まで、最前列に腰を据えている。

 ここに居る皆、松澤さんの動向に興味津々なのだ。



 企画部二課は、地域の恒例イベントやアフターメンテナンスなどを主に扱っていて、新規や大規模な開発を扱う一課の影に隠れがちな地味な存在だが、二課が受けてくれるからこそ一課は次々と新たなテーマに着手出来るという安心感があり、一課にとっては不可欠な存在だ。

 その二課に所属している松澤さんは、今でこそ窓際で黄昏ているが、我が社に数々のレジェンドを残している人で、往年のあの人の活躍を知る人たちからの信頼は厚く、今でも頼りにされていると聞く。

 二課に異動してからはあまり企画に関与しないようにしているらしく、特にここ数年は名前が出る仕事は避けているらしかった。

 その松澤さんの名前が発表者の上司として記載されているーーーこれは皆が注目するだろう。

 松澤さんが何か始めるみたいだぞ、と。



 二課の発表が進み、二人目が終わって会議室が明るくなった。

 報告会は小休止で、皆それぞれ退出したりお茶を入れに行ったりと室内がざわつく。

 そんな中、次の発表者が前に出て来て準備を始めた。

 このコーヒーブレイク中にちょっとした話題提供という意味合いで短い報告をするーーーそのバックに松澤さんが居るというわけだ。

 発表者は・・・・オギノ? ーーー確か二課に昨年入った子だ。

 総合職の新人が二課に配属されるなんて、と当時ちょっと話題になった。

 その彼女が松澤さんと・・・ふーん、面白い。

 でも、彼女もこんなに聴衆があって注目されるとは想定外だったかもしれない、気の毒にーーー。

 


 そんな事を考えながら、ふと隣に目をやった。



 ーーー?



 隣に座る倉吉からピリピリとした緊張感が伝わってくる。

 倉吉も松澤さん監修の発表に興味あるんだな、と思いながら俺は椅子に座り直して、



ーーーえ?



 ちらと見えた倉吉は、鋭い視線で前の発表者を睨んでいた。

 発表者はというと・・・・緊張しているのかぎこちない手付きでパソコンを操作していたが、終始俯いて顔を上げようとしない。

 恥ずかしくて座席の方を見れない、というよりも、明らかにこちらを見るのを避けている!

 すると隣から小さく舌打ちが聞こえた。

 倉吉はイラっと前髪を払い、さらに厳しい目付きで睨んでいる。



 何だ、これはーーー面白い。

 面白いじゃないか!

 


 部長の「始めていいよ」を合図にオギノさんは呼吸を整えて、「よろしくお願いします」と一礼した。



 発表は滑らかに進んだ。

 こんな案件にはこういう提案は如何でしょう? と、各方面の情報をピックアップして一覧にし、それらの注目点と企画案を提示する内容だ。

 どこまで松澤さんが関与しているか不明だが、一覧にしている案件のチョイスとか、注目点の勘所とか、随所にキラリと光る物があった。

 所々に笑える要素もあり、室内も明るいままなので後ろの方では関係ない話が交わされていたりと、お茶を飲みながら気軽に聞ける内容だった。



 だが隣の倉吉だけは違っていた。

 発表が始まってもずっとピリピリしたまま、オギノさんや映し出される資料を噛みつきそうな顔で睨んでいた。

 これはーーーまだ何かあるかも。

 面白すぎてワクワクして来た。



 発表は十分程で終わった。

 一礼したオギノさんは、ホッとした表情で片付け始めたがーーー。



「資料二枚目の一覧をもう一度見せてもらえるかな」



 ついに倉吉が牙を剥いたーーーー。



「何なの、あれ?」

「どうしたの?」

「あの子、誰?」

ーーーー。



 会議室がざわめいていたが、そんなことはお構いなしに目の前でバトルが繰り広げられていた。


「ーーーそこへの参画を調整している件については言及がーーー」


「S駅周辺の再開発との関連についてはーーー」



 そう、バトルだった。

 最初倉吉に質問された時、オギノさんは青い顔をして怯えるように対応していた。

 質問は想定していなかったのだろう、だってコーヒーブレイクの軽い話題提供なんだから。

 それが倉吉が追及していくにつれて、徐々に顔を上げてしっかりと応えるようになってきた。

 今は毅然と倉吉に向き合って意見していて、決して負けていない。

 オギノさん、やるじゃないか。



 そもそもおかしいのは倉吉の方だ。

 確かに既にウチで動きのあるテーマと重なってはいるが、それだってまだ準備段階で具体的なものは何も決まっていなかったはずだし、第一、それ香坂主任のグループの案件だろ?

 いくら香坂グループがコンペ前で今日は一人も出席していないとはいえ、何で倉吉がそこを攻める?

 一体どうしたんだ倉吉? 何なんだ、この報告会は。

 面白すぎるだろ!

 俺は大笑いしたいのをどうにか堪えて、一先ずはこの不穏な空気を変えるべく質問でもすることにしたーーー。



 やがてーーー部長の労いの言葉と拍手で二人の攻防は終了した。

 オギノさんはよく頑張っていた。

 最後の方は倉吉が言い負かされていたなーーーディベート巧者も肩無しだ。

 だが、オギノさんは満場の拍手に包まれながらも青い顔をしていたーーーー。



「倉吉ーーー大人気無いなあ」


「・・・・全くだ」



 次の二課の発表が始まる前に倉吉が席を立ち、俺も続いて会議室を後にした。

 階段の途中でそう言えば、倉吉は項垂れてポツリと溢す。

 今更自分の言動を顧みて落ち込んでいるようだ。



「彼女、知り合い?」


「・・・・いや」



 あまりにも説得力の無い返事だったので、「本当に?」と黙って目線で問えば、「どうせ俺は無能だよ」とか何とか呟いて、そこから足早に駆け上がって行ってしまった。

 本当に、本音を見せない、食えない男だよ、全く!



 その後一課に戻ったら、今夜報告会の打上げに行くメンバーを募っていて、面白いものを見た後だったし参加を決めた。

 後で倉吉も誘おうと探したが、見つからないまま終業を迎え、皆と一課を出た所で松澤さんとオギノさんに出会した。

 


「あ、オギノさんも一緒にどう?」



 迷わず誘っていたーーーあいにく断られてしまったが。

 仕事があるとか何とかって、あれは口実に過ぎない。

 一課の先輩は怖いとか思われてしまったかもしれないーーー倉吉め、怖がらせ過ぎだ。



 その後も何度か二課の彼女の話を聞いた。



「ねえねえ、乾くん、あの話聞いたぁ?」



 宝来さんが擦り寄って来て聞くのへ、「何の話ですか?」と問いを返せば、「倉吉くんが新しくチーム組むらしいわよ」と言う。

 正直、先を越された感はありショックだったが、宝来さんの忌々しい口調に却って冷静になれた。

 それで「そうなんですか。じゃあ、やっぱり体制が変わるという事なんですかね」と平静な対応が出来たと思う。

 俺が一緒になって悔しがらないのが気に入らない様子の宝来さんは、「それも、二課の子を入れて」と不満顔だ。



「二課ーーー二課っていうと、この間の彼女ですか?」


「そう、あのテーマを進めるそうよ。あの松澤さんのオマケの子ったら、チームに入るの最初断ったって言うじゃない」



 二課のくせに生意気な、とでも言いたげに苦々しく吐き捨てた声は結構響いていて、俺は周りを気にして少し声を落とした。



「オマケって事は無いだろうけど・・・だけど何故断ったのかな」


「さあね、自信が無いんじゃない? そうそういつ迄も松澤さんが面倒みてくれる訳じゃ無いし」



 俺は「ふーん」と応えたものの、宝来さんの読みには賛成出来なかった。

 あの発表の時の印象では、彼女なら自分の手掛けたテーマなら最後までやり遂げようとすると思ったのだ。

 自信は無くてもそういう気概は持っていそうだった。

 断った理由はチームーーー倉吉なんじゃないか?

 俺は直感でそう思った。



 結局彼女は倉吉チームのメンバーに入り、先週末には二人でS市に出張したという。

 あの倉吉が?

 出張は勿論、仕事だって何でも単独行動が通常運転のアイツが?

 腹から期待が込み上げて来る。

 これはもう、彼女を捕まえるしかないな。

 俺は確信していたーーー彼女は倉吉のプライベートを知っている。

 恐らく、倉吉の凄い美人の恋人の事も。

 将を射んとすれば、先ずは馬を、だ!


 

この後、本編・第二章に続いていきます。

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