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間隙の恋  作者: 吉祥天天
番外1
27/30

乾 浩介の場合{1)

乾さん目線の番外編です。

時系列では、第一章の七年前からの回想〜第一章終了時までのお話で、この後第二章に繋がっていきます。


 一目惚れだったーーーー。



 大学二回生の夏休み、中高からの仲間と高原の山荘へ遊びに行った。

 気心の知れた野郎四人での旅は、車の道中も行く先々でも気を遣わずに無茶も出来るし、口では「むさ苦しい」と女っ気が無いのを嘆きながらも楽しいものだった。

 宿泊した山荘は、仲間の一人の親の会社の厚生施設で、驚くほど安く利用出来るのに設備も高級リゾート並みで、スタッフが引くほど羽を伸ばして満喫させて貰ったーーーーそこは若気の至りというものだ。

 その山荘のロビーで、俺は彼女に一目惚れした。

 と言っても、実際にその人に会った訳ではなくて、それは雑誌に掲載されていた写真にだった。



 その雑誌は一般に書店などで販売されていない法人向けの情報誌で、企業の福利厚生向けの各種宣伝、広告や紹介などが掲載されていた。

 つまりはぱっと見お堅くてつまらないな、と俺も最初はそう思いながら、ただの暇つぶしにバラバラめくっていただけだった。

 ーーーその手が止まった。

 オフィスビルのエレベーターホールを背景に彼女が微笑んで立っていた。

 その瞬間から、彼女は俺の女神になった。

 


 抜けるように白く滑らかな肌、緩いウェーブの髪に縁取られた相貌は優しげで可愛らしく、それでいてきりりとした目元は意志が強そうで、暫く息をするのも忘れて見入ってしまった。

 『私と仕事』と題された記事に、彼女とオフィスの写真が数枚と、職場の様子が掲載されていた。

 仲間に声を掛けられるまでそれらのページを食い入るように見入っていた俺は、山荘のスタッフに頼んで雑誌を譲ってもらい、大切に持ち帰ったのだった。



 その記事から分かったのは、彼女の職場として紹介されていたのは『ミツワ・エアタワーズ』というオフィスビルで、恐らくミツワ・グループ内の企業のどれかに所属しているであろう、ということくらいだった。

 当時二十歳になったばかりの俺は、持って生まれた容姿や自由奔放な大学生活の成行としてよくモテた。

 女の子は望むものではなくて、常に側にあるもの、選ぶものという感覚だった。

 それが、この彼女に出会ってしまって世界が変わった。

 まだ学生の俺からすれば、彼女は間違いなく歳上で、既に社会で活躍する大人だったが、年齢や立場の違いなど気付きもしない程、彼女に恋い焦がれ、切望した。



 その後開始される就活がそれに影響されない筈は無く、俺は大学の専攻も活かせるミツワ・グループ内の会社を片っ端から受けまくった。

 順当に内定を得て、自分の希望に最も合致する今の会社に就職することが出来たのは幸いだったが、入社に向けて準備をしつつ内定者の顔ぶれを見れば安穏とはしていられず、身を引き締めて決意を新たにしていた。



 内定者の中に特に目立つ存在ーーー倉吉 哲が居た。

 長身で整った顔立ちをしていて、身のこなしに隙がなく颯爽としていた。

 頭の回転も速くディベートも上手い。

 専攻や取得した資格も俺と重なっていて、共に企画部に配属を希望していた。

 好敵手と思った。



 施設での新人研修を終えて、いよいよ入社式の日、俺は初めて『ミツワ・エアタワーズ』の上層階に上がることになった。

 会社のオフィスは十四階から十七階に入居していたが、その日までは十四階の限られた部屋しか使えなかったのだ。

 入社式が執り行われるホールに上がる為、エレベーターの認証機に自分のIDカードをかざして、その時のみ許可される三十階へのボタンを点灯させた。

 


 三十階に着いてエレベーターから一歩降り立った時、俺は全身を雷に撃たれたような衝撃を覚えていた。

 そこはーーーあのエレベーターホールだった。

 女神が微笑んでいた、あの。

 何度も何度も、比喩では無く擦り切れて穴が開くほど眺めていた雑誌の写真に彼女の背景として写っていた。

 エレベーターの扉の色、並び方、床や壁の装飾、天井の陰影まで、廊下の置物は変わっていたが、その他は全て同じだった。

 そうだ、この辺りに、こっちを向いて立っていたのだーーー俺は彼女と同じ場所に立って感慨に耽っていた。



 ポン、とエレベーターが到着して扉が開いた。

 現れたのは今日同じく入社式に臨む倉吉。



「お、おう」


「何してるんだ?」


「いや・・・・」



 何とか幻の女神の存在を大事に胸の奥にしまい込んで現実に戻る。

 倉吉と足並揃えて共にホールに向かった。

 入社式の最後には配属式があり、それぞれの配属先が決まる。

 俺は、倉吉はーーー?

 楽しみだ。

 


 ホール入り口の受付で係の女性社員が笑顔で迎えてくれた。

 テーブルには新入社員が胸に付けるリボンの花が二つ残っていてーーー俺たちが最後だった。


 

 彼女は確かに此処に居たんだーーーー。

 それをこの目で確認出来たことが何より嬉しい。

 あれから少なくとも三年近く経っているが悲観していなかった。

 確実に近付いているーーーだから、必ず見つけてみせる。

 そして、必ず捕まえるのだ。



 入社式が粛々と進行していく最中、俺はそんな事を考えていたのだったーーーー。


 

 俺と倉吉は他一人と共に希望通り企画部一課に配属となった。

 新人の俺たちは自分のグループの先輩に付き従い、学び慣れることから始まる。

 さすがは社内でも花形部署と呼ばれているだけあって、部内は皆精鋭揃い、業務は多忙を極めた。

 毎日が発見と納得、失敗と反省の連続という日々で、早く一人前になりたいとがむしゃらだった。



 そんな中でも、俺は女神探しを始めていた。

 三十階のエレベーターホールで写っていたといっても、それは単に写真撮影用に利用しただけかもしれなかった。

 だから最初は社内外を問わず、『ミツワ・エアタワーズ』に入居する会社の親睦会や合コン、勉強会などに積極的に参加して人脈を得、何処かに女神の手掛かりになる情報は無いかと片っ端から探りを入れた。

 だが、何処にも彼女らしき人の影は見当たらなかった。

 グループ内のあらゆる会社、部署など、どこを探しても彼女は見つからなかった。



 エレベーターに乗るたびにいつも見てしまう三十階のボタンーーーーその日許可されているIDカードでなければ点灯してくれないボタンだ。

 いくら探しても見つからない彼女ーーーもう此処には居ないのかも知れないーーーそんな気さえしていた。

 せめて三十階のあのエレベーターホールに行けたら。

 そうすれば、また彼女に会えた心地がするに違いないのに・・・。

 そんな諦め半分な気持ちで、でも何処かに彼女の影を探す事もやめられなくてーーーーそうして月日は過ぎて行った。



 仕事も三年目となると、自分のやり方で思うように腕を振るう事が出来る様になってくるもので、まだ荒削りではあったと思うが、グループのメンバーやその時のテーマにも助けられて、一つずつ経験と実績とを重ね、部内でもそこそこ評価して貰えるようになってきた。

 一方同期で企画部に入った倉吉は、アイツはアイツでメキメキと頭角を現していた。

 所属するグループの違いもあって、俺たちは携わる仕事のタイプがまるで違っていた。

 俺は比較的短期で勝負が決まるような企画を得意としていて、倉吉は問題点を上手く処理しつつ開発を進める長期目線の企画提案に定評があった。

 単純に比較も出来ないが、同期というのもあり、やはり競争意識のようなものはお互い常に持っていたと思う。



 そんな三年目のある日、企画部のPJTの一つが社長表彰を受けることに決まった。

 その博覧会関連の企画のメンバーだった俺は内心嬉しくて飛び上がった。

 勿論社長表彰を受ける誇らしさ嬉しさもあったが、それともう一つ、表彰式の為に三十階のホールに上がれるからだった。

 およそ二年振りの三十階ーーーー結局彼女の足跡は何も捉えられず、あの写真は合成か、さてはたまたま舞い降りて来た女神か天女だったのでは、と妄想に駆られたりしていたが、またあの場に立つ事が出来るのはこの上無く楽しみだった。


 

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