26 祭のあと(2)
ほっと寛いだ気分になったのも束の間、突然、倉吉がハッと緊張してスマホを取り出した。
画面を見ながら立ち上がって、辺りを窺う様子に一気に緊張する。
え、何? どうしたの?
私はどうすれば良いのか分からず、ただ固まって倉吉の動きをじっと目で追うばかりだ。
結界の中は安全ーーーなんだよね?
「萩野さんは此処にいて」
そう言って倉吉が外に足を向ける。
えっ? 何だか分からないけど、一人で此処に残るのも怖い・・・と立ち上がる。
両手の親指と人差し指で作った三角を覗き見るようにして外を伺っていた倉吉が「あっ」と声を上げた途端、どん、という衝撃と共に何かとぶつかってーーー一緒になって後ろへ飛ばされた。
数歩後退して何とか踏みとどまった倉吉の腕の中にはーーーー。
「ああ、倉吉君が、居たーーー、たすか、たーーーー」
淡いブルーのスーツの女性がぐったりと全身を預けるように倒れ込んでいた。
そんな彼女の背中を支えながら、倉吉は「大丈夫か?」と声を掛けている。
女性は「大丈夫」と応えるように頭をこくんと上下すると、倉吉から上体を離して顔を上げる。
ゆっくりと支えられながら石の方へ身体を移し、ようやく腰掛けたその女性は、ハッとするほど綺麗な人だった。
緩くうねった胸までの髪は乱れていても優雅で、ほっそりとした身体つきは柔らかい曲線を描いていてとても女らしい。
そして何より印象的なのはその貌でーーー。
ーーー天女?
夕闇の下でも透き通るように肌は白く、派手ではないが目鼻立ちははっきりとしていて惹きつけられる。
纏う雰囲気に品格があって、一目見た瞬間、天女のような、まるでこの世のものでは無い存在のように見えた。
辛そうに胸に手を当てながら、「レイキか? ユウキか?」と尋ねる倉吉に、「レイキよーーー二体」と小さく答えた彼女は、指の三角で周辺を伺う倉吉の背中をじっと見守っていたが、ふと振り返ってこちらを見た。
そこで初めて私に気付いたようでーーー大きな切長の瞳を見開いて、そしてにっこりと綻ぶように笑った。
ズキューン、と胸を狙い撃ちされる音が聞こえた気がする。
なんて、なんて綺麗な人だろう。
そして私は確信していたーーーー絶対、この人が、倉吉の凄い美人の恋人に違いないと。
「あなたが、倉吉君の《庇護者》さん? 初めまして、美月です」
「は、萩野奈未です、く、倉吉さんにはお世話になっています!」
「え? ふふふ、そうなんだ、倉吉君はちゃんとお世話しているんだ」
楽しげに笑ってそう言うと、向こうから「う〜〜〜」と唸るような声が聞こえてくる。
それで一層笑みを深くして、ポケットから名刺入れを出して「美月って呼んで」と一枚渡してくれた。
「何かあればいつでも連絡してね? 困ったことや、倉吉君が、ふふふ、お世話してくれないこととかあれば。大抵、上にいるから」
「はい、ありがとうございます!」と返事しつつも、上?、上って? と疑問だらけだ。
「とりあえず、見当たらないがーーーー」と指を解いた倉吉が今度はスマホの画面を睨みながら言う。
「そうーーーなら、今の内に行くべきかしら」と立ち上がった美月さんは、まだ力が出ないのか上体を揺らしてかろうじて立っている。
そこへすっと横に立った倉吉が「一緒に出よう」と腕を差し出し、半ば抱き込むように彼女を支えた。
「ありがとう・・・」と俯く美月さんは儚げで、女の私が見ても庇護欲をそそられる。
「ーーーー萩野さん、俺たち先に出るから、少し後に出て」
「えっ?」
私は此処に置き去りで、その後一人で適当に帰れってこと?
そんな、危険は?
「ま、待ってーーー」
あっさり立ち去ろうとする倉吉を慌てて呼び止める。
「あの、私はどうしたら・・・・」
「ああ、少し経ってから出れば良い。萩野さんは大丈夫だから」
出る直前にもう一度指の三角から覗いた後こちらを振り向いて、
「ーーー但し、よそ見はするな。その目で探そうなんて思うなよ」
そう念を押すと、二人は寄り添うように飛び出して行った。
そんな、大丈夫ってーーーホントに?
結界の中とは言え、一人取り残された私は心細さにぶるり震える。
少し後って、どのくらい? 何分何十分待てば良いの?
訳が分からなくてもやもやした。
私は大丈夫、って、本当に?
なら、美月さんは何故大丈夫じゃないの?ーーーー随分と弱々しく消耗している様子だった。
それに、レイキ?とか、何それ、良くないモノ?
何もわからないからもやもやする。
それにーーー。
(倉吉も、彼女さんにはあんな風に接するんだ・・・)
心配そうに、大切に扱っていたーーー献身的な騎士と姫君の図のような、とても絵になる二人だった。
一つ分かったことがある。
倉吉の凄い美人の恋人は彼の『裏稼業』を知っていて、結界に入ることも出来る人だった。
先日来の疑問が晴れて明らかになったというのに、わたしの胸の内は頭上の曇天のようにずっともやもやとしたままだった。
「はあーーー」と、もやもやを吐き出して、そろそろ出ようかと歩き出した時、とうとう雨が落ちてきた。
点々と色付いていくレンガ色の床の上に、倉吉の飲みかけの缶コーヒーが置き去りにされている。
私は手の中の自分のコーヒーを見下ろしてようやく、直会が突然終わってしまったことを、結構残念に思っている自分に気付いたのだった。
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《監視者》へのメール
from:K
今日エリア内で冷鬼二体(《追跡者》を追ってきたらしい)、反応は有ったが確認出来ず。
『氷鬼』に変化は?
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Kへのメール
from:《監視者》
『氷鬼』は変わり無い。
《追跡者》により冷鬼の動きが活発になることは今後も考えられる。
適切に対処して欲しい。
補足:来月**日〜**日まで不在につき、『氷鬼』の監視代行を頼む。
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区切りが良いので、26話までを第一章とし、続いて番外編を挟んで、27話から第二章とする章立てにしました。




