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間隙の恋  作者: 吉祥天天
第一章
25/30

25 祭のあと(1)


 報告書をメンバーに配布していた手が止まる。

「あーっ、やっぱりかー!」と山岸さんは長机に突っ伏し、西さんは小さく首を横に振っていた。

 倉吉の「萩野さん、配ってしまって」の声に、慌てて残りを配り終えて自席に戻る。



「ーーーこの皆の報告を持って田所主任と香坂主任、一課長と協議した結果、【S市駅前再開発事業計画】にこの案件も含めた形で本格的に参加する方向で決まった、今後は準備を進めていた香坂主任のチームに引き継がれることになる」

 よって、このチームでの仕事は今日までーーーということらしい。



「ハアーーー、中断するのこれで四つ目。また貧乏神って言われる・・・」と伏せたままの山岸さんが言うと、西さんが「これも(仮)付いてたもんねー。よくあるのよ」と私に笑いかけた。

 自分は相当ショックな顔色をしているのだろう、西さんが気を遣ってくれる程度には。

 わかるが、笑えないーーーだって、え? 終わり? と今だに頭の中は真っ白だ。

 倉吉もじっとこちらを見ているーーーダメだ、頑張れ!

 全力で顔面の筋肉を動かし、「そうですね・・・・」と薄ら笑いくらいは浮かべる事が出来たと思う。



 一応連絡会はやろうと倉吉が言うので、皆其々の進捗状況を報告する。

 私も出張の内容を伝えたーーー棒読みだったが。

 形式的にいくつか確認して報告を終えた。



「以上だがーーー何かあるか?」と倉吉が言えば、山岸さんがため息を吐いて、「これはあっちに持ってかれるわ」と呟いた。



「ほんと、萩野ちゃんの報告書が良すぎたね・・・私、正直、この案件がここまで広がるとは思って無かったもの」



ーーーえ?



「まあ、それだけじゃ無いがーーー山岸の校舎の耐震性診断による提案と、西さんの周辺都市の人口増減シミュレーションも判断材料になったが、萩野さんの報告を見て香坂主任が乗り気になったのは確かだなーーー提案も含めてね」



 私は、報告書に『白翁さん』のことは書けない代わりに、最後に一つ提案を付け加えた。

 あの、小学校の裏の公園も含めた運動防災公園の整備案と、今の校舎の一部を利用した児童図書館の計画を立てたのだ。

 災害時は避難所として使用出来る児童図書館の側の銀杏の樹は、きっと、子供たちの安心の目印になるのではないだろうか。

 そんな願いを込めて提案したーーーー。

 


「ーーーよく出来てた。この手の開発は香坂主任の大好物だし、これなら持って行かれても仕方がないーーー悔しいが、あちらの香坂グループも優秀だ。メンバーもそれを得意としているし、安心して任せよう。足跡は残せた」



 倉吉が言うと、山岸さんが「倉吉さん、『も』って言いましたね? 『も』優秀だって」


「それはそうだろう、ウチのチーム『も』優秀だと見せつけられて、俺は満足だ」



 そう言って最後は皆で「お疲れ様でした」と拍手して連絡会を締めた。



 帰り際、西さんに「お世話になりました」と挨拶すると、「こちらこそ。また一緒にしたいねー」と笑ってくれた。それを聞いた山岸さんも、「ホントだ、萩野さんまたお願いしたいよ」と言ってくれる。



「この仕事はこれまでだが、萩野さんはこれからきっと忙しくなる」



 え? と振り返れば、倉吉がそう言って会議室の扉を閉めていた。



「それって、新体制の・・・・?」と山岸さんが続けようとするのを、倉吉が目線で止める。



「ーーーその内わかる」



 意味深な倉吉の呟きはさておき、二課に戻って着席すると途端にどっと身体が重くなったように感じた。

 


(終わっちゃったのかーーー)



 あっけなくてぼーっとしてしまう。

 わからない事と初めての事ばかりで戸惑ったし、思うように出来なくて悔しい思いもしたし、怖い目にもあったけど!

 忙しくて楽しかったなー。



 デスクでしばしボーッとしていたら、ぷるぷる、とスマホに着信があった。



“十九時まで残れるか? 屋上庭園で”



 ゾゾゾーッ。

 これは、結界への呼び出し・・・。

 残りたく無いが、残れない理由も無い私は、渋々了解と返信した。



 少し薄闇に包まれた空も、重そうな雲にその場を譲り渡しそうな日暮れ時ーーーー前回此処に来た時よりも、風は蒸し暑さを増していて、雨の季節特有のぬるい風が漂っていた。

 屋上庭園の奥ーーー鳥居の所までやって来ると、中の石の床がレンガ色しているのが見えた。

 今はレンガ色の床と石は見えるが、そこに誰かいるのか全くわからないーーー人影が無いのだ。

 しかし、「萩野奈未、入ります」と言って、パン、と手を叩くと、あら不思議、突然石に腰かけた倉吉の姿が現れた。

 すごーい、と感心しながら入って行くと、倉吉はスマホから目を上げて、「ああ、悪いな」と私に座るよう勧めた。



「早速だがーーー」と、私にもスマホを出すよう指示する。



「今日、S市の『同業者』から連絡があった。温泉施設の件で進展があったので動画を見ろとーーー例の動画タレントのだ」



「・・・・」



 登録している動画アイドルのチャンネルを開くと、新着動画がアップされていた。

 これかな? と再生してみるとーーーー。



「倉吉さん、これって・・・・」



 冒頭、いきなり『悪質CMを検証します!』とタイトルコールされ、見覚えのある駅前ロータリーで動画アイドルが説明を始めた。

 何でも、かなり高額だというウルトラハイスピードカメラを手にして撮影するのだという。

 撮るのはーーーLEDビジョンに映るパチンコ屋のCMだ。

 店名が表示されている部分はボカシ、音声もわからないよう加工されていたが、あのCMを見た事がある人になら、それとすぐにわかる程度だ。

 そして一通り撮影を終えると場面が切り替わり、何処かのスタジオのような設備の部屋に飛んだアイドルは、またまた機材の紹介から始めて一つ一つ説明していく。

 今度はスーパースローモーション再生というので先程の動画を再生すると、一万分の一秒という超微細なコマ送りが出来るのだとか何とか。

 そうして映し出されたのはーーーー。

 殆ど静止しているような、じれったいほどの僅かな動きで跳んでいる笑顔のチアガールの映像の合間に、全く関係の無い露天風呂の画像が四回、はっきりと映っていた。


「すごい・・・・」



 動画は数回CMの再生を繰り返した後で、こういう映像の効果と影響、規制の理由、このCMを作った意図についての仮説とそれに対する非難で締め括られていた。



「あ、ありが・・・ございま、す」



 私は動画の途中から涙が止まらなかった。

 だって、ホントにすごい。

 こんな、こんな風にして見られるなんて。

 『見たんです!』としか言いようが無かったのが、こんな風に証明できるなんて、思いもよらなかった。



「ーーーすぐに反響があって、色々動きも出ているそうだ。早速消費者庁に苦情の申し入れを行う方向で進んでいるらしいし、パチンコ屋や城西観光の会社には電話が殺到していて、既にCMは別のものに差し替えられたそうだ」



 こくこくと頷くしか出来なかった。

 良かったーーーホントに良かった。

 何より『白翁さん』の誤解が解かれるのが嬉しい。

 倉吉が『同業者』さんに連絡を取ってくれてから、僅か四、五日のことだ。

 こんなに早くあの件が明るみに出るなんて、奇跡みたい。

 ホントに良かった。

 ーーーー。

 ーーーー?



「あのー、『同業者』さんは、その・・・もしかして、動画アイドル? その人?」


「だったな」


「倉吉さん、知ってたんですか?」


「いや」と首を振って、


「電話の声とよく似ていたから、もしかしたらとね。彼のこれまでの活動とも符合するし」



 俺は耳は良い方なんだ、と倉吉は呟いた。「但し、お互い知り合わない事になっているから、内緒で」



 動画アイドルならこういった特殊な機材にも通じていて、直ぐに対処出来たのだろう。

 まさに彼は適任だったのだ。



「倉吉さん、ありがとうございます・・・・」


「俺は何もーーー情報を提供しただけだ。その情報は萩野さんが見出したものだし、それを広く知らしめたのが動画タレントでーーー皆それぞれが得意分野を発揮した結果が実を結んだんだーーーこれを見るか?」


「?」



 倉吉が操作してスマホ画面を見せてくれた。

 メールに添付された書類ーーーー請求書?



「ついさっき届いた。今頃直会(なおらい)で楽しくやっているんだろう」


「なおらい?」



 そう言えば、前に電話でーーーー。



「祭事の後にその供物を神様と一緒に飲み食いするーーーようするに打ち上げ、宴会だ。経費はこちら持ちだからって、あいつら勝手過ぎる」



 項目を目で追っていくと、酒類やつまみなどが続いた最後に『うまいんだー棒・三十本入り五十袋』とある。

 これはーーー。


「いくら何でも多過ぎだろう。誰が食べるんだか」


 きっと、七夕祭りに子供達に配るのだ。

 その一杯の笑顔こそが『白翁さん』への供物だから。



 私は涙を拭いつつ笑った。

 そこへ目の前にパッと缶コーヒーが現れて、差し出される。



「はい、直会なおらい。お疲れ様でした」


「・・・・」



 相変わらず慣れなくて驚いてしまったが、つまり、これは倉吉なりの労いなのだろうか。

 私は有り難く受け取った。



「、つめたっ」


「ああ、温度調節出来ないんだ」



 何せ極寒でね、と呟きながらネクタイを引っ張って首元を緩める倉吉の仕草に、不覚にもドキッとしてしまって慌てて目を逸らす。

 いつになく寛いだ倉吉の様子に、改めて一仕事終えた充足感と虚脱感を覚えて、それを誰かと共有しているこの時間も良いものだな、と思いながら暮れゆく空の雲に目をやった。

 泣いた後の頬にやっぱり缶コーヒーは心地良かった。


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