5話
お久しぶりです。日曜日更新です。
かなりスローペースになっていますが頑張って更新します。
翌日、柔らかい陽射しがカーテンの隙間から顔近くに差し込み、その眩しさから目を覚ましたディヴィオはモゾモゾとベッドから這い出した。
寝間着1枚で布団から出ても寒くなく、スリッパも履かず裸足のままドアを開けて廊下に顔をそぉっと出す。
「おにいちゃん、だあれ?」
「────っ!!?」
足元から小さい子の声が聞こえ、驚いて声も出さずに飛び跳ねたディヴィオを見た小さな声の主はケラケラと笑った。
よく見ると黒髪碧眼の小さな男の子と、手を繋いだ黒髪金眼のさらに小さい女の子が足元に立っていた。
ディヴィオは目線を合わせるようにその場に膝をつく。
この子たちは一体誰なんだろう?どこから来たのかな。
「ぼくはエルロンド!このこはルチア!おにいちゃんは?」
「……ぼく、は……ゔぉ、」
ヴォートムティラ、と言いかけて口を閉じた。
僕はディヴィオ。そう名前をもらったんだった。
「でぃゔぃおおにいちゃんっていうの?」
エルロンドと名乗った男の子が自分の名前を呼んだ。
口に出していないのにどうして。
「んぅ?ぼく、おにいちゃんのお声、聞こえてるよ?」
純粋な眼差しで首をコテンと傾げたエルロンドはディヴィオの手を握って笑う。
「ディヴィオおにいちゃん、ママとパパのところに行こ!こっちだよー」
「、え、ちっちょ……まっ」
立ちあがろうとして膝にルチェと呼ばれた女の子が引っ付いていたのに気がついた。
このまま立ち上がったら転んでしまうだろう。
ディヴィオは一つ賭けに出た。
エルロンド、僕が急に立ったらルチアが転んでしまうよ。抱っこするから少し手を離してくれる?
「うんいいよー」
エルロンドは手を離し、ディヴィオはルチアを抱き上げて改めて手を繋ぐ。
ディヴィオは確信した。
エルロンドには僕の声が届いていると。
「きょうのパンはふわふわパンがいいなぁ」
「ぱ、ん」
「そうだよ!パン屋さんのおじさんが、いつももってきてくれるんだよ」
「そ、か………るち、は?」
「ルゥも、パン!」
「ん……い、しょ……たべ、よ」
ルチアの小さい手がギュッと襟元を掴む。
ちょっと苦しいけれど、苦ではない。
ディヴィオは小さく微笑んで裸足のまま、導かれるままに廊下を歩いていった。
「ママぁ、おはよぉー」
「はぁいおはよ……ってディヴィオ!?」
「ぉあよ、ござぃ……ます」
「おはようございますディヴィオ。もしかしてエルロンドが起こしちゃった?ルチアも」
シッティングルームの奥に設置された丸テーブルから駆け寄ってきたアルバにディヴィオは首を横に振った。
部屋から出ていたのは自分だし。
「ディヴィオおにいちゃんがお部屋の前でこまってたから、エルとルチェと一緒にきたよ」
ねー!とエルロンドが椅子に座りながらニコニコと笑い、ディヴィオは応えるように微笑んでうなづいた。
「そうだったの。よく眠れた?」
「……ぁい、と……ても」
「それは良かった……あれ?裸足じゃない、ちょっと待ってね」
アルバは暖炉横のドアを開けてガサガサと何かを探したあと、はいこれ、と温かそうなルームシューズを差し出した。
「もしかしたらサイズが合わないかもしれないから、小さかったら踵を踏んでしまっても構わないよ。いくら廊下がカーペット敷きでも冷えてしまうからね」
ディヴィオは差し出されたルームシューズを受け取り、抱っこしていたルチアを下ろしてシューズを履いてみる。
サイズは少し小さい。
申し訳なさげに踵を踏んだ。
「ディヴィオのお洋服と靴は今準備してもらっているからもう少し待っててね。さて、朝ごはんを食べましょうか。何か食べられないものはある?」
「い、ぃの?」
「もちろんよ。しっかり食べてしっかり寝て、あなたには元気になってもらわなくちゃ。それに」
アルバは足に抱きついてきたルチアを抱き上げて微笑む。
「ルチェが初対面のあなたに抱っこされても泣かなかった。この子の中でお兄ちゃんが増えたのね」
「いひひっにーに!」
ルチアはアルバの腕の中からディヴィオに向かって抱っこをせがむように手を伸ばす。
ディヴィオのことを「にーに」と呼びながら。
「ぼくもおにいちゃんが増えてうれしー!」
「そうねエル。一緒にご飯食べたいわよね」
「たべたーい!」
初めて言われた。
一緒にご飯を食べようと。
赤の他人で、川に流れてたところを助けてくれただけなのに、それを家族のように接してくれている。
なんて、なんて暖かい。
ディヴィオの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
下を向いて寝巻きの胸辺りをグッと掴んで声を押し殺しても、溢れる涙は止まらない。
「にーにいたい?とんでけする?」
「ぁい、じょぶ……ごめ」
グシグシと目元を手で拭うディヴィオの手を取ったアルバは自分の方へ引き寄せた。
何も言わず、ただ優しく抱きしめる横で、ルチアがディヴィオの頭を雑に撫でている。
「いたいたいの、とでけー!」
「どう?飛んでいった?」
「ンフフフ……も、ば……ちり」
「うん、いい顔になったね。さ!朝ごはんにしましょ。エルもお腹空いちゃったね、ディヴィオはエルの隣に座ってあげて。ルチェ、もうとんでけはおしまい。はい、ありがと〜」
「んぃやああぁぁ!にーにとんでけすゆのーー!」
「あとでね、今はご飯しようね」
「んいぃぃいい」
ルチアがアルバの腕の中で逆海老反りになりながら抵抗するが、そんなことお見通しだと言わんばかりの搦め手でルチアを幼児用椅子に座らせた。
それをオロオロと見ていたディヴィオにアルバは笑いかけた。
「ちょうどね、イヤイヤ期なの。ある程度わがままは聞いてあげてもいいけど、ダメなことはダメって教えてあげてねディヴィオお兄ちゃん」
癇癪を起こして号泣しているルチアの頭を優しく撫でながらディヴィオはうなづいた。
故郷で自分より小さい子の面倒を見ることなんてなかった。
気がついたらヴォートムティラとして離宮に追いやられ、先に離宮に入れられていた歳上たちと言葉なき生活を送っていたから。
小さき命、まこと尊きかな。
そう古代文に書かれていた事が今なら解る。
「ル、チェ……ありがと」
「…………ぇへへえ。にーに」
血の繋がりはなくとも、人はこうして繋がれる。
温かいこの家族に感謝するばかりだ。
朝食後、イヤイヤするルチアを抱っこしたままディヴィオはレオナルドの執務室に通された。
執務室には、朝の散歩(という名の乗馬して森を回る)と剣の朝稽古を終え、朝食を取るレオナルドとコーデリウスの姿があった。
エルロンドは朝の学習時間のため、不貞腐れながら家庭教師について行ったのはほんの数分前のことだ。
「お、元気そうだなディヴィオ。朝飯はしっかり食べられたか?」
ディヴィオは大きくうなづいた。
「エルとルチェが食堂まで連れてきてくれたの。見ての通り、ルチェはべったりで……レオ」
レオナルドの表情はジェラシーというか、娘はやらんぞとでも言いたげな顔つきで、アルバは呆れてものも言えないようだった。
「なんだよ」
「子どもの前よ。ちゃんとしてね」
「う、……コーディ、父さまはこの後母さまと一緒にディヴィオに話を聞かなくちゃダメなんだ。剣の稽古はウィルに交代するから、怪我しないように頑張ること。いいな?」
「わかったけどさ、そのお兄ちゃんとのお話はお昼もずっと?」
「そう、だな……いつまでかかるかは分からない」
「お母さまも?」
「えぇ」
「…………わかったよ」
コーデリウスは不貞腐れるように小さく返事をすると、朝食用のサンドを口に押し込んで出ていってしまった。
廊下に控えていたウィルが飛び出してきたコーデリウスに驚き、慌てて室内を覗いて何かを察したようにコーデリウスを追いかけていく。
レオナルドはため息を吐いて頭をガシガシと触る。
「悪いなディヴィオ、かっこ悪いところを見せてしまった」
「そ、なこ……と、……ぃです」
「気にしないでねディヴィオ。今の子は長男のコーデリウス。あとできちんと挨拶させるから」
ディヴィオは小さくうなづいたが、今の親子のやり取りにモヤモヤを感じていた。
子どもを蔑ろにしている訳ではないのに、仕事を優先するあまり子ども側が我慢を強いられているようだ。
仲が悪い訳でもないようだが、先程のコーデリウスの半ば諦めた、自分に言い聞かせるかのような返事を聞いてしまうとどうしても思ってしまう。
「……もっと話は聞いてやってほしいな……」
執務室がしん、と静まり返る。
ディヴィオは首を傾げてアルバとレオナルドを交互に見た。
「……ディヴィオ、あなた今」
今?僕は何かしただろうか?
「喋ったのはお前、なのか?」
ディヴィオは驚いた顔で自分を指差した。
さながら僕が!?とでも言うような。
「………もしかして……」
何かに気がついたのか、アルバはルチアをディヴィオから下ろしレオナルドに預けると、手をかざしながらディヴィオを注視する。
その瞳はキラキラと光を帯び、不思議な空気を帯び始める。
空気に寄せられたのか妖精たちも姿を現した。
3分ほど経っただろうか、アルバのかざした手はディヴィオの心臓と喉の中間辺りで静止する。
「ははぁ……さすが守護者ってとこっすねアルバ様。術司も形無しっす」
「クチオーロ?どうした、今日は森の方で」
「の、はずだったんだが、セグルツカのおば上が王様の所に術司を送ってこいと頼み込んでくるもんだから来た、ってとこ」
ドアにもたれ掛かりながら説明するクチオーロの脇を、森の術司という女性が一礼して入ってきた。
「守護者アルバーツィア様、今代の術司を仰せつかっておりますセイデレと申します。お会いできて光栄でございます」
「ご丁寧にありがとうセイデレさん。早速で申し訳ないのだけど、この子のここ、見てあげて」
セイデレは促されるままにディヴィオの胸元に手を添えると、サッと表情が固くなる。
そのまま持っていた鞄の中から何かしらの道具を取り出すセイデレを不安に思ったのか、ディヴィオは困惑の表情でアルバを見た。
「ディヴィオ、落ち着いて聞いてね。あなたのそこにはあなた自身を蝕む"何か"が埋め込まれているの。物理的にではなくて、それこそ、魂に刻まれている類の」
そんなもの、落ち着いてはいられない。
ディヴィオの顔から血の気が引き、手が忙しなく動いてしまう。
その様子を見ていたルチアが突然、んん〜と身を捩ってレオナルドの腕から脱出すると、よちよち歩いてディヴィオの足に抱きついた。
「!るち、」
「いびにーに、いたいいたい、とんでけー」
ふわりと心地よい風がディヴィオを撫でるように吹いた。
温かく柔らかな、どこか安心できるそんな風。
落ち着いたディヴィオの顔に血の気が戻り、ルチアはにぱーと笑う。
あまりの雰囲気の変わりようにアルバはセイデレの肩を叩いた。
「セイデレさん」
「はい。お気づきの通りでございます」
「……ディヴィオ。まずは 深呼吸を して、ゆっくりでいいから今日あなたを食堂に連れてきた子たちの名前を言ってみて」
何のことだか分からないディヴィオだったが、深呼吸がしたくなって思い切り吸って吐いてを3度ほど繰り返し、子どもたちの名前を口にする。
「エルロ、ドとル、チアに……え?あれ?」
ディヴィオの口から出てきたのは少々たどたどしさは残っているが、初めて会話した時に比べればかなり聞き取りやすい、スラスラとした口調だった。
「どぅして……」
「あなたの中に刻まれていたものは、今取り除かれました。正直に申し上げますと"呪い"でしょう」
「ということはディヴィオに呪いをかけた輩がいる、ということか」
「はい。しかしつい最近、というものではありませんね。魂に刻まれていたのですから……数百年単位、かと」
セイデレはそう告げて一礼するとクチオーロの隣まで下がった。
「スピード解決ってことでいいのか?」
「そう……と言いたいのだけど」
「うん?」
「セイデレさんが解いてくださる前にルチアが解いてしまった、のよね?」
「アルバーツィア様の仰る通りです。ルチア様はとんでもない御力を有しておいでかと……恐れながら、一度ノンナルベラにご判断を仰いではいかがかと存じますが」
アルバの顔に戸惑いの表情が浮かぶ。
その戸惑いはレオナルドにも伝染し、執務室は重々しい雰囲気に包まれた。
どうしてこの子が。
いや、生まれた時から片鱗はあった。
気づいていた。でも隠し通したかった。
この子を普通の子として育てたいがために、隠していた部分が今外の子に触れて発露仕掛けているこの状況は、決して望んでいたことではない。
「………セグルツカおばさまに連絡をとってちょうだい。ディヴィオのことを含め、ルチアのことを相談しましょう……レオ、申し訳ないけど」
「アルバがそう思うなら俺は何も言わない。俺は魔法のことはからっきしだから、そういうのはアルバの思うようにしてくれ」
「ありがとう。連絡を待つ間にディヴィオの話を聞いてしまいましょう。その方が時間も効率的に使えると思うわ」
レオナルドは頷いてディヴィオが座れるように椅子を準備する。
促され椅子に座ったディヴィオに抱っこをせがむルチアを、ティーセットを整えたガーネットとメルダがあやしながら執務室から連れ出す。
「ルチアとはあとでいっぱい遊んであげてね。でも今はあなたのことと、あなたの国のことを教えて」
真剣な目を向けるアルバとレオナルドに少し慄きながらも、ディヴィオは少しずつ話し始めた。
「ぼくの、国は……」




