6話
今回、蔑視などを含む言葉が複数登場します。
物語上避けて通れないものとなっておりますのでご了承ください。
僕の国は、それはそれは敬虔な民が多く、その民を率いる者たちもまた、敬虔な者たちだった。
崇める神は山の向こうから自分の言葉を代理で伝える使徒を派遣し、我々無辜の民を正しき方向へ導いてくださる。
派遣された使徒の子孫は「聖なる唇を持つ者」という意味のラブロサクロと呼ばれ、魔法を使うことを唯一許された存在とされる。
僕のような、ラブロサクロの出身でも上手く話せない者は一貫してヴォートムティラと呼ばれ、いない者として扱われる。
僕は古代文字がどうしてか読めたことが幸いして、時々魔法書の解読に使われたけど。
ラブロサクロが魔法を使う以上一般人は魔法は使えないし、ラブロサクロの一部は魔法が使えない人々をムート(くちなし)と呼んで蔑んでいる。
僕はそんな身内が大嫌いだった。
自分たちの力に溺れかけているアイツらに、神の罰が落ちればしまえばいいとさえ思っている。
だから、この日記を見つけたときにわざと市井に近づいて、魔法とは何なのかを教えようとしたんだ。
発音の仕方、力の込め方、ラブロサクロがなぜ隠すのか。
でも僕の見立ては間違っていた。
市井の人たちの中には僕と同じように、魔法を使おうとすると途端に話せなくなったんだ。
仮に上手く唱えられても魔法が発動しなかったり、唱えた本人に影響が出たりして危険なことばっかりだった。
それでも彼は……市井にできた友達は、僕を責めたりせずにラブロサクロに対抗できる手段を得たって喜んでくれた。
僕が必要とされてる。そう思って彼のところに通ったけれど、それも僕が間違っていた。
彼の仲間の中にすごく頭の切れる子がいた。
その子が言ったんだ、「このノービレさんって人を国に連れて来てさ、ラブロサクロの連中をとっちめてもらえばいいじゃないか」って。
彼はその言葉にハッとした様子だった。
「いい提案だ。オレたちの仲間を山の向こうに行かせて探させよう。オレたちの境遇を聞けばきっと力になってくれるさ」
「………僕は、こわくなって、彼の前から……逃げ、ました……正確には、山を越える人、たちの中に紛れて、山を越えました……途中で、大きな鈴の音?が、して、ビックリして、川に落ちました……」
ゆっくりではあるが話せるようになってきたディヴィオは自分と自分の国のことを話し、アルバとレオナルドは口を挟むことなく真剣に話を聞いていた。
一気に話して疲れたのか、ふぅ、とひと呼吸置いたディヴィオに、レオナルドは問いかけた。
「ディヴィオ、その山越えの計画はいつから始まった?」
「えと……ひと月、前?くらいです」
「何人送られた?」
「ごめん、なさい……数は分からない、です」
「一緒に山を越えてきた奴らはどうした?」
「……たぶん、山の裾に沿って……東?に行くって、言ってました……山の真ん中から見下ろして、森を抜けるのは……危ないだろ、って」
必死に応えるディヴィオを見て、そうか、と吐き出しながらレオナルドは椅子に深くもたれかかった。
「となると……ウィルトの方に行ったか、サンブタック領まで抜けたか、だな」
「ひと月前からだとしても、例のノービレの子騒ぎと辻褄が合わないわ。あの件、もう少し前からだったわよね?」
「そうなんだよなぁ……なぁディヴィオ、お前のその日記、他に誰か見たのか?」
ディヴィオは首を横に振ったが、首を傾げて口を開いた。
「一度、日記の場所が、不自然に動いてたことが、あったから……誰か見たと、する、なら……その時かも」
「ディヴィオの他に古代文が読める人がいたのかもしれないな」
「それは、ないと思います。だって古代文が読める、のは、僕の唯一の仕事、だし……他にいたなら、僕はここにいない、です」
「そうだよな……すまん」
「……ちょっと待って?ねぇディヴィオ、そもそもその日記はどこで見つけたの?」
そうだ、初歩的なことを忘れていた。
そもそもの話をしていない。
「この日記は、不思議な生き物、と見つけました。その時は……」
ラブロサクロの居住区には街区と隔てる壁が築かれている。
古くなり穴が開き始めている箇所が年々増えているのだが、そこに動物が挟まることも年々増えていた。
あの日、古代文の解読が一段落して外庭で黄昏ていると、穴の辺りからガサガサと何かがもがく音がして、様子を見に行った。
穴に挟まっていたのは白と金と銀を合わせたような不思議な体毛の、子鹿のような仔馬のような生き物。
思わず見とれてしまう程の美しい生き物は僕を見てヒィンと鳴いた。
我に返って近づいてみてようやく気がついた。
この生き物は神の類だと。
穴から引っ張り出して土や草を払ってやると、美しい生き物は僕の胸あたりに鼻を埋めた後、着いてこいと言うようにくるりと踵を返して歩き出した。
僕は何も疑うこともなくその生き物に着いていくと、離宮と本宮の境目に隠されるように奥へと伸びる細いタイル道があった。
「ど、して……こ…なとこ……?」
先々進んでいく生き物の背に問いかけてみた。
まぁ相手は動物の形をしているから人の言葉なんて返ってくるはずは。
「待っていたから。ずっと」
ザア、と突風が背中を押し、バランスを崩して2、3歩前に出ると景色が一変した。
離宮と本宮の壁は無くなり、目の前には草原と小さな小屋、そしてその小屋へと続くタイル道だけ。
一瞬、小屋の扉の前に人影を見た気がした。
まるで呼ばれているような、見つけてほしいものがあるような、そんな空気もある。
僕はじっと待っている美しい生き物の後ろに着いて小屋に向かって歩いていった。
扉はキレイで朽ち果てた様子もなく、今でも誰かが丁寧に手入れをしているかのようだった。
その扉を押して中を覗くと、四角いテーブルと椅子が4脚、小さな食器棚には見た事のない食器とカトラリーをセットが眠っている。
美しい生き物が僕の肘をムイムイと食み、隣の部屋へ続く小さな廊下を示した。
壁に光源が埋め込んであるのか、密閉されて窓もないのに足元が明るく、怖さは微塵もない。
隣の部屋は誰かの書斎だったらしい。
陽光を取り込む窓のそばに書斎机と椅子が置かれ、机上には1冊の本と1本の万年筆、暗くなった部屋を照らすための小さなカンテラが綺麗に並べられている。
僕は本を手に取って表紙をめくる。
──この本を手に取った、私の遥か未来の同胞へ
心臓を掴まれた気がした。
お前を見つけた、掴んだ、離すまい、と。
本を持ったまま腰を抜かして尻もちをついた。
美しい生き物が背中に寄り添ってくれたおかげで床に頭を打つことはなく、生き物の温かさに少し安心した。
この本は一族の前に出すべきではないと本能が告げる。
僕は読むだけでアイツらには絶対に読ませず、僕が、僕だけが知る"祖"の真実として隠しておくんだ。
「………ま、てた……だろ?なら……ぼ、くの、ぅきに、する」
美しい生き物は僕の首元に顔を擦り寄せるだけでそれ以上は何もしてこなかった。
綺麗な話には必ず裏がある。
だからこんな誰の目にも映らないような場所にずっと隠されていたんだ。
何としてでも隠しきらないと。
いつか僕の復讐の切り札にするために。
しばらく更新がストップします。
続きは書いておりますので、余裕ができましたらまた更新を再開します。
それまでゆっくりお待ちいただきますようお願いします。




