4話
1週間空いての更新です。
スローペースですが、コツコツ進めておりますので引き続きよろしくお願いします。
「お待たせしてしまって申し訳ない。ゲルフォルト=ベッキオ、ただいま馳せ参じました」
「そんなにかしこまらないでくださいよベッキオ館長。いつも通りで」
「そうかい?じゃあお言葉に甘えて……とは言い辛いね。私の人生唯一の汚点だから」
コリエルと共に執務室に入ってきたゲルフォルト(グーフォ)は申し訳なさそうな顔でレオナルドに向き合う。
レオナルドはグーフォに座るよう促しながらオルソに進行を任せ、自分はアルバの隣に座った。
「では主役が揃ったので本題に。まずは火の森戦役のおさらいから」
オルソは白板に1本の横線を引き、丸や三角、その時に起こった出来事を書き連ねていった。
「守り手のリッキー殿の師匠である小鳥のマーリンが、我ら言葉の民と親交を深めたいなどと言いながら近づいてきたのをこの地点として……グーフォの息子が同年代の子らを束ねて帝国民と関わることに反対してきたのがこの辺り」
「マーリンの言葉の裏に欲が見えた私たちも、帝国人と関わることには慎重だったんだけれどね。チェルボーネはそもそも森に踏み入らせるな、の考えだった。いわゆる排斥派だったんだ。それでも外の文化や帝国人が珍しいから興味を持った者たちが関わりを持ってしまってね……チェルボーネは行動に出てしまったんだよ」
「父さんたちは分かってない!アイツらは俺たちの生活を壊す存在だ、招いちゃいけない!」
「そうは言うが、そこまで拒絶の意志を示さなくてもいいだろう?」
「拒絶するだけの理由はある!俺たちは見たんだよ!あの魔術師とか言う奴が、俺たちの森で火の魔法を使ってたのをな。父さんや王様があれだけ注意してたのにだぞ、俺はアイツを信用しない」
チェルボーネは地団駄を踏むような大きな足音を立ててグーフォの前から居なくなった。
グーフォは息子の言動に頭を抱えながら、室内をウロウロと歩き回る。
その様子を見ていた当時の言葉の民の王・レイオンがグーフォに声をかけた。
「チェルボーネがあんな感情的になるなんてな」
「……父親として恥ずかしいばかりです。申し訳…」
「謝る必要はない。これも子どもの成長ということにしておこう」
「寛大な御心に感謝を。しかしあのままではいけませんので私から厳しく」
「歩み寄ってやってくれ。大人の意見を伝えつつ、チェルボーネの意見も一理あると」
「……はい」
グーフォは深く頭を下げてレイオンの前から離れた。
ドア代わりの天幕を上げて外へ出ると、集落の中心でチェルボーネを含めた5人の青年に囲まれたアルバと姉のエルバリタの姿が見えた。
青年たちは気が立っているのかどこか荒々しい雰囲気で、アルバたちはそれを収めようとしている様子だった。
「エル姉も言ってやってよ。王様と近しい関係なんだろ?だったら俺たちよりも話を聞いてもらえるって」
「仮にそうだとしても、レイオンは多少の交流はありだと言うと思うわよ?あたしたちは森の外を知らなすぎるし、今後この森を担うあなた達のためにも外の世界を知るべきだって」
「そんなの余計なお世話だよ。誰も世界を知りたいなんて頼んでない」
「こらチェルボーネ!レイオン義兄さんの考えにそんなこと言わないの」
「そう言うアル姉はどうなんだよ。王様の守り手のアル姉はあの魔術師を見てどう思った?」
「どうって……火の魔法をこれ見よがしに使っていたのはダメだと思う。でもだからって交流を拒絶するほどじゃないとも思ってる。あの人はたしかに今のままでは危険だと思うから、事が起こる前に義兄さんやグーフォ先生に……」
「やっぱり2人も俺たちの考えには乗ってくれないんだな」
チェルボーネはアルバを遮った。
表情もなく、ただ全てを諦めたような感情だけをむき出しにしている。
「チェル……」
「触るな!」
「…!」
チェルボーネはエルバリタの手を叩き退け、仲間を引き連れて集落の外へ飛び出していった。
そのタイミングでグーフォが到着し、叩かれて赤くなったエルバリタの手を見て怒りの感情を露わにする。
「エルすまない!あのバカ息子が」
「いいの。あたしの方こそごめんなさい、あの子を引き止められなかった」
「エルは何も悪くない。止められていない私の責任だ……皆に合わせる顔がないよ」
「……でもチェルボーネってあんなに感情剥き出しにする子だった?ちょっと前までグーフォ先生の後ろについてきて大人しく仕事見てたじゃない」
「そうよね……その辺り、何か心当たりはないの?グーフォ」
グーフォはうぅんと唸りながら考える。
ベッキオ家三男坊のチェルボーネ。
長男次男に引っ付いて後ろに隠れる事が多かったあの子が、一体どうして。
「……分からない……こんなに近くにいたのに、あの子の変化に気がつかなかった……父親失格だ……」
グーフォの小さな独白は、集落を照らす篝火の爆ぜる音にかき消され、ただ不気味な静寂が3人を包んでいた。
「………いやはや、大昔の自分のやらかしを改めて話すとなると小っ恥ずかしくて仕方がないね」
自嘲するグーフォの肩をオルソは優しく叩いた。
それを横目で見つつ、レオナルドは白板に書かれた時系列とチェルボーネという青年が「行方不明になった」地点を見比べていた。
「ベッキオ館長が話された通りなら、息子のチェルボーネさんは火の森戦役よりも前に集落を出た、という事か?」
「正確には火の森戦役が始まった瞬間、が正しい認識ね。姉さんの手を叩いて飛び出していったのはよくある子どもの癇癪みたいな衝動の揮発で、あの後一度戻ってきているの。ちょっと気まずかったのかな……私の顔を見て軽く手を振って家に戻っていくのを見たから」
そういう所はまだお子さまだったわね、とアルバは苦笑してテーブルに置かれたディヴィオが持っていたノートをパラパラとめくった。
レオナルドが横から覗いてきたことに気づいて、文字をなぞりながら翻訳していく。
**
あの日、自分の事ばかりを考えて、逃げ出して、後に引けなくなって山を越えた。
山の向こうには俺たちの知らない人間が住んでいた。
彼らは山から出てきた俺たちを神か何かと間違って手厚くもてなした。
来る日も来る日も、豪勢にもてなしてくれるから魔法を使ってお礼をしたら、大騒ぎしてさらに豪勢になった。
そんな日々が長く続くうちに、俺たちはどんどん贅沢になって今までのじゃ満足できなくなってしまった。
歳を食って、妻をもらって、大きな家まで建ててもらって、それでも満足できない俺がいた。
俺たちは過ちを冒した。
魔法が使える俺たちと、使えない彼らを区別と称して見下して、自分たちを「神の言葉を代弁する者」として扱うよう迫った。
彼らは疑わなかった。
それが一番の誤算。
俺たちは支配者になった、誰も疑わなかった、それが快感になった。
王様ってのはこんなにも清々しい気分になるんだと勘違いしたんだ。
父さんごめん。
俺のせいでベッキオ家が悪く言われているかもしれない、ただそれだけが気がかりだ。
最近後悔ばかりが押し寄せてくる。
昔の思い出ばかりが蘇る。
今になって森のみんなが心配だ。
どうか俺を裁いてくれ。
ノービレの子でもベッキオの子でもいい。
お前が悪いんだと言ってくれ。
**
「これをあのディヴィオが読んだんだな」
「そうなるわね」
「"ノービレの子を連れて来い"って言ってた主犯格だと考えてもいいか」
「……それは難しくないかしら。だってディヴィオは少しお喋りが苦手でしょ?あの子は本当にノービレの子がいるのか確かめたかっただけだと思うの」
アルバはノートを閉じて隣に座るレオナルドの手を握った。
大きな手の温もりを感じながら、夢の彼方にいるであろうディヴィオのことを考える。
「あの子は……自分のルーツを知りたがっていた。でも血の繋がった家族には絶対聞けないから、まず自分の国で探したのよ。それでディヴィオと一緒に"ノービレの子"を探し始めた第三者が……」
「キミとコーディを見つけて連れて行こうとした、って?」
レオナルドはアルバの手をにぎにぎしながら様々な可能性を考えた。
ディヴィオが主犯の線、別の誰かと結託していた線、ノートを見た別の誰かが主犯の線。
考えれば考えるほど頭がパンクしそうだ。
隣にいたアルバが思わず笑ってしまうほどの盛大なため息が漏れる。
「ふふっ……レオがそこまで大きなため息を吐くなんて……今日はここまでにして、明日ディヴィオの話も聞いた上でいろいろ判断する方がいいかもね」
「だな……ベッキオ館長もお疲れのようだし。大人の俺たちが寝不足でヘロヘロになってちゃ、子どもの事なんて守ってやれない」
レオナルドはドアの手前に控えていたウィルとメルダを呼び、オルソとグーフォを客室へ案内するよう指示を出した。
オルソとグーフォは頭を下げて退室し、執務室にはレオナルドとアルバだけになる。
手を握ったまま、アルバはレオナルドの肩に頭を乗せてもたれかかり、ふぅと小さくため息を吐いた。
「大丈夫か?」
「うん……でも今日は少し疲れたね」
「そうだなぁ……朝からみんなの前に立って、森にディヴィオを保護しに行って、オルソ殿の火の森戦役史の勉強会もして……っふ、ハードな1日だったなぁ」
「じゃあ今日はもう休みましょ。明日できることは明日にして、お風呂に入ってリラックスして今日はもう寝るの」
「……熱烈なお誘いだな奥さん?」
「当たり前でしょ。どこかの旦那様はすぅぐ私のことを寝かせるくせに、ご自分のことは後回しにするんだもの。たまには私が寝かせようとしてもいいのではなくて?」
「わかったわかった、奥さんの仰せのままに……、ははっ」
「……ん、ふふっ、ダメね、笑っちゃう」
「笑ったついでに風呂も一緒にどうだい?」
「さすがにちょっと無理があるでしょ、もう」
つかの間の夫婦の会話。
互いを想っているからこそ成り立つ会話だが、こうでもしなければ今置かれている現状ばかり気にして考えてしまう。
そうならないように、自然と2人の間の会話は他愛のないものになり、穏やかな笑い声と話し声に変わっていく。
執務室から一向に出てこないレオナルドとアルバを心配して、廊下でオロオロしていたガーネットも2人の笑い声を聞いて安心したのか、にっこりと笑って静かに浴室の準備に向かう。
5分後、浴室に向かう夫婦がトイレに起きたコーデリウスと合流したのを目撃したダンダリオ邸の使用人たちは、そっと胸を撫で下ろしたとかなんとか。
誰もが口にせずとも願っているのだ。
家族を大事にしてくれる我らの領主、我らの王こそ、心穏やかに愛する家族と共に過ごして欲しい、ただそれだけを。




