3話
「やーい【規制】!そんなところにいたって神様の言葉を言えないんじゃ意味ないだろ!どっか行けよ!」
「だからお前はヴォートムティラなのだ。早く端の宮に下がって神の声を写生していろこの【規制】」
「邪魔よ!本当にもう、こんなところに突っ立ってないで何処か行ってちょうだい!どうしてあんたみたいな【規制】を生かしているのかしら……まったく」
みな、僕を見るたびに規制された言葉を発して行く。
まるで僕で日頃の鬱憤を晴らして行くかの様に。
神様から禁止された言葉を使って、それを聞こえない様に魔法でコーティングしてまで僕に言う。
敬虔な“神の代弁者”で民衆を導くはずのラブロサクロ(聖なる唇をもつ者)の一族なのに。
僕だって、ラブロサクロの一員として産まれたのに。
ただ 言葉を上手く 話せないだけで。
神の言葉である魔法を 上手に発音できないだけで。
「……ど、して……っぼ…くだ、て……!」
僕だってこうなりたくてなったわけじゃない。
最初にからかってきた乳兄弟が発した【規制】も、父親が言った【規制】も、従姉妹が言った【規制】も全部、僕には聞こえている。
魔力の乗った言葉が灰色の靄になって発した口から出てくるのが見えるから。
【口無し】 【クズ】 【穀潰し】
酷い言葉だ。
魔法を使えない一般庶民には到底聞かせられない禁句。
神様が口にするのも憚られたのも頷ける。
なのに、神様の言葉を代弁できる父親や従姉妹たちは平気で口にする。
「ヴォートムティラ!さっさと書庫の整理をしておけこの【規制】。終わらなければ今日の夕食は抜きだ」
父が僕をヴォートムティラと呼ぶ。
欠陥品、という意味で、一族で時々生まれる発語の遅い者に付けられる名前だそうだ。
本来名付けられた名前があったはずなのに、今となってはもう思い出せない。
僕が生かされているのは、何故か古代文字が読めるから。
僕が住む国、ヴェリタヴォルタ教国の開祖が残した神様の言葉、つまり「魔法を発動させるための技術」が記された魔法書が読めるから。
でも読めるからなんだって言うんだ。
読めたって褒められやしない。
僕はあいつらにとってただの……
少年はハッと目を覚ます。
いつもと違う天井、頭を支える柔らかくていい匂いのする枕、体に掛けられた布団。
何もかもが全く知らない場所で、少年は上体を起こし辺りを見回した。
誰か座っていたのだろうか、ティーカップが置かれたテーブルと寝台の方を向いた椅子が部屋の中心にある。
カチャリと小さく音を立ててドアが開くと、奥から黒髪の男と銀髪の女が静かに入ってきた。
「……あ、起きてる」
「良かった、気分はどうですか?どこか痛いところはありますか?」
体を起こした少年に気づいた男女は少年の元に駆け寄り、まるで我が子の無事を確認するように声をかけた。
「医者は異常はないって言ってたが大丈夫そうか?」
男に問われて少年はオドオドとしつつも答えようとした。
「……だ、じょぶ……こ…は?」
「ん?すまない、もう一度……」
「待ってレオ。大丈夫、って言ったのでしょう?ここはウィリティング帝国内ダンダリオ辺境伯領。言葉の民の集落に流れ着いたあなたを保護しました。申し遅れました、私はアルバ、こちらは夫のレオナルド。あなたのお名前は?」
「……ぼ、くは……、なま…え……」
少年はアルバに向かって手に何かを書くようなジェスチャーを示した。
アルバはうなづいてドアから出て行くと、ペンと紙、小さな板を持って戻ってきた。
「これが欲しかったのよね?大丈夫、この板の上でゆっくり 落ち着いて書いて 」
書くものを受け取った少年はアルバをじっと見た後、紙に文字を書き始めた。
“助けてくれてありがとうございました。僕の名前はありません。一族からはヴォートムティラと呼ばれています。”
“僕は生まれた時から上手に話すことができません。”
“僕は山の向こうから来ました。僕の、僕たちのルーツを探すために。”
“ノービレという名前か、ベッキオという名前をご存知ありませんか”
少年はそう書いた紙をアルバとレオナルドに見せた。
綺麗な字で書かれた文章を見た2人は真剣な表情を向ける。
「山の向こうに人が住んでいるんだな?」
少年はこくりとうなづく。
「私たちの言葉が聞き取れているのと私たちがこの子の文章を読めると言うことは、言語体系が同じってことよね。だとしたらあなたを示す呼び名はとても酷いものよ」
「意味は……聞かない方がいいな。でも彼を呼ぶ時の名前がないと不便だろ?」
「そうよね……」
アルバは少年の顔を見て微笑んだ。
「少し安直だけど、あなたのことをディヴィオって呼んでもいいかしら?」
「ディヴィオ?……あぁ、川に流れ着いたから?安直すぎるだろ」
「いつも呼ばれてる呼称よりは全然マシだと思うけど?ねぇ?」
アルバに同意を求められた少年は紙にペンを走らせる。
“僕、どんな名前でも嬉しいです。なんだか昔からそう呼ばれていた感じもします。”
「ほら!」
「得意げになるなよ……本当にいいのか?」
呆れるレオナルドの問いに少年はにっこりと笑ってうなづいた。
「ところで……キミが言ってたノービレとベッキオなんだが」
「!!……し、てぅ、の!?どこ、ぃっゲホッ、ごほっ」
「大丈夫、落ち着いてゆっくり深呼吸して……そう、ゆっくりね」
興奮して咳き込んだ少年・ディヴィオの背中を擦りながら落ち着かせ、呼吸が整った頃を見計らってアルバは諭すように話始めた。
「ノービレは私の一族の名前なの。ベッキオも言葉の民と呼ばれる民族の中の一族よ」
「あ、なた……ノォビレ、のこ?」
「そうなるわね……でも今日はお話ししません。あなた、今相当無理して起きているでしょう?今日はここでゆっくり寝て、また明日元気になったら続きを話しましょう。いいですね?」
ディヴィオは食い下がろうとしたが自分の状況を受け入れたらしく、おとなしく枕に頭を預けた。
瞼も自分の意思に逆らって落ちてくる。
数分も経たないうちにディヴィオから穏やかな寝息が聞こえてきた。
起こさない様に紙とペンを回収したアルバとレオナルドはベッドから離れ、静かにドアを閉めた。
「彼の手前聞かなかったけど、ヴォートムティラって」
「………欠陥品、と言う意味よ。まさかこの時代に聞くとは思ってなかった……人に対して使うべきではない、言葉の民が禁じた言葉よ」
「!……じゃあどうして彼は……」
「あの少年が持っていた日記から推測するに、我らの同胞の一部が山脈を越えていたのだろうな」
廊下の奥からのそりと現れたオルソが小さなノートを差し出した。
レオナルドはノートを受け取り、中のページをめくっていくがほとんどが読めない字で書かれていた。
唯一読めたのは一番最後の"ベッキオ"の名前だけ。
「俺は読めないな……これあれじゃないか?城で保管されてたアルバのお姉さんの日記と同じ……?アルバ?」
「………たしかにこれは姉さんの日記と同じ古代文字よ。でも問題はそこじゃない」
アルバはベッキオと書かれた部分をなぞりため息を吐いた。
横で見ていたオルソも頭を抱えている。
「まさかグーフォの息子が……嫌な因果だなアル」
「そうね……探すのを諦めてた人の証拠が見つかるのは、もうこりごりよ」
訳が分からないと言いたげなレオナルドを見たオルソは補足する。
「このノートの持ち主であろうベッキオはチェルボーネという名前で、グーフォの3番目の息子。火の森戦役で若者を複数引き連れて行方をくらました」
「だからあの子は言葉の民の血が流れてる。言葉が通じるのも納得だわ。でも……」
「チェルボーネが絡むとなると話は変わってくる。我が王、少々我々の昔話にお付き合いいただけるか?」
「オルソ殿がそう言うのなら、事態は俺が思っているより深刻なんだろう。いくらでも付き合うさ」
「ありがたい。すでにコリエルにグーフォを呼びに行かせている故、あいつが来次第始めよう。アルもそれでいいな?」
「えぇ、子どもたちも今日はガーネットと一緒に寝るって言ってたし大丈夫よ」
「……よし、それじゃ執務室で話そう。あそこならボードもあるから視覚的にもまとめられるしな」
レオナルドはアルバの手を引き、先に執務室へと向かう。
こう言う時のアルバは本人が思うよりパニックになっていて身体が強張っていることが多い。
だからレオナルドが率先して手を握り安心させることが結婚してからの決まりになっていた。
彼女だって長く生きてきただけで普通の女性だ、支える存在がいたっていい。
レオナルドは冷たいアルバの手をほぐす様ににぎにぎしながら、執務室のドアを開け中に入る。
言葉の民の王になって8年。正念場だ。




