2話
観光客の入領制限を発令して1か月が経った頃。
壁の落書きやゴミのポイ捨てはやはりパッタリと止んで、かつての穏やかな日常風景が戻り始めた。
始めは店の売上が下がる、といった反対意見が多く出たものの、街の汚さや犯罪行為の横行を止めるためだと説得するレオナルドの姿勢に折れた者が多くを占めた。
実際売上が下がり生活の質は急激に落ちたが、貯蓄していた小麦や近所同士の助け合いで何とか持ちこたえ、首都や周辺領からの貿易商による買い付けで再び財政は右肩上がりになっていった。
「みなよく持ちこたえてくれた!ありがとう!もうしばらくは観光客に制限をかけたまま、各地の貿易商とのやり取りでの生活になるがついてきて欲しい!よろしく頼む!」
中央広場に設置された演説台の上からのレオナルドが領民たちに向けて話す。
レオナルド自身も少し痩せ、その姿に心を痛めた領民たちは涙を浮かべている。
「レオナルド様こそ!オレたちのために動いてくれてありがとう!!」
「あたしらの事はいいからさ!アルバ様とゆっくり休んでくださいよ!」
「そうだそうだ!領主様が倒れちゃ元も子もねぇからよっ!」
領民たちが声をあげる。
非難の声ではなく感謝と休めと叫ぶ声に、今度はレオナルドの目に涙が浮かんだ。
「………すまない……」
「そういう時はありがとうでいいのよレオ。あなたの行動はみんなにちゃんと届いてるわ」
「………ありがとうっ……ありがとう!」
レオナルドは笑顔で大きく手を振る。
それに合わせて領民たちも歓声を上げ、手を振り返す。
領主を信じる領民と、領民を信じる領主だからこそ成せる事に、アルバはホッと安堵の息を吐いた。
──あまり弱い姿を見せたがらないレオが心配だったけど、持ちこたえてくれて良かった……でも安心してられない。次の手を打たないと。
こうして対策を講じても、穴を突いて侵入しようとする不届者は一定数確認されていた。
ある者は貿易品の中に隠れて入ろうとした。
またある者は貿易商に変装して。
極め付けは惑わせの森の中から侵入しようとして言葉の民たちに捕まった。
「それにしても、どうしてここまでアルバやコーディを狙うんだ?」
「それはちょっと思ってたよ。でも捕まえた人たちみんな口を揃えていうんだよね、“ノービレの子を連れて来いって言われた”って」
演説が終わり邸内に戻ってきていたレオナルドの疑問に、お茶菓子を用意していたガーネットが応えた。
「それだ。ノービレの子を連れて来いって誰が言ったのか、連れて行く先はどこか。そこがわからない限り規制は解除できない」
「……ねぇレオ」
「どうしたアルバ?」
「ノービレの子って言ったらコーディだけじゃなくてエルもルチェも該当するはずなのに、あの子たちは全く被害がないのはおかしいと思わない?」
「そういえば……」
「だから少し考えたの。私とコーディは髪色が同じで、エルとルチェはレオと同じ髪色。ノービレの血筋は代々薄いグレーの髪色だから、相手は髪色を目印にしているのかもしれないって」
言われて合点がいった。
領内でも珍しい髪色のアルバとコーデリウスは街中を歩くとよく目立つ。
名前は分からなくても、領主の妻とその子どもだと一目でわかる程度には目立つのだ。
だから侵入者たちはずっと付け狙ってくる。
「だからと言ってずっとお邸に閉じこもっているのは性に合わないから、“帽子のガイドさん”復活もありかなって考えてるの。コーディもお稽古の邪魔にならないような帽子を被れば問題ないでしょう?」
アルバはにっこりと笑った。
その様子を見てレオナルドはそうだった、と苦笑する。
アルバは行動派だ、おとなしく解決するのを待つ様な人ではない。
その辺りの性格は息子のコーデリウスにも受け継がれていた。
「……分かった。ただし護衛のガーネットはつけるからな」
「えっホント!?やったぁ!アルバの護衛久しぶりだよね!」
「久しぶりだけどいいの?あなたの護衛は」
「俺にはリッキーもウィルもメルダもいるし、そのうちクチオーロも合流して……」
バタンッと突然窓が開き、茶色い鳥(とはいっても人間の倍の大きさはある)が風と共に飛び込んできた。
床を転がってバタバタと暴れた後、ようやく人の姿になって顔を上げたのはクチオーロと一緒にいるピッキオ、改め成人名コリエルだった。
「すみません我らの王!火急の知らせで!」
「落ち着け、落ち着けコリエル。何があった」
「山脈から流れてくる川に見たこともない服を着た子どもが流れついたんです!気を失っている状態なのでどこの誰かはまだ……」
「山を登って侵入しようとしたのか?」
「いえ、そもそも帝国人の顔とも少し違うというか……どちらかといえば同胞似ている感じで」
「分かった。とりあえず俺は集落に行く。アルバは」
「一緒に行くわ。山脈から流れてくる川を流れてきた子でしょ?ちょっと気になるし」
レオナルドは小さくうなづいて森に向かう準備を始める。
アルバも動きやすい服装に着替えに行こうとしたが、子どもたちがぎゅっと抱きついてきた。
「どうしたの?」
「お母さまも行っちゃうの?」
「そうね……森の事だもの、確かめにいかないと」
「やだ」
「……え?」
「行っちゃやだっ!だめだよ!行かないで!」
「コーディ?ちょっとどうしたの?」
滅多に強い拒否反応を示さないコーデリウスが見せた反応にアルバは戸惑った。
長男の反応に釣られたのか、次男長女も泣き始めてしまった。
「あらあらみんなどうしちゃったの?」
「……コーディ、父さまに話してくれるか?母さまは一緒に行かない方がいいのか?」
コーデリウスはアルバの服をギュッと握ったまま首を縦に振った。
「羽の子たちが、お母さまは来ちゃダメだって」
「羽の子?ああ、妖精たちか……どうして母さまはダメなのかは言ってたか?」
「えっと……森の木がザワザワしてて、お母さまみたいな強い人を呼んでるんだって。だから行っちゃうとお母さま戻ってこられなくなるからダメだって」
レオナルドとアルバは顔を見合わせた。
コーデリウスが妖精と話ができることはもちろん驚きだが、何よりもアルバが異様に森を気にしていたのは呼ばれていたからという事実に驚きを隠せない。
「……セグルツカおばさまはご存じなのかしら、このこと」
「コリエル、その辺りは何か聞いているか」
「はい。森がざわついているというのは仰ってましたが……でもアルバ様を呼んでいるというのは一度も」
「だとしてもおばさまが気づいていないのはおかしいわね……レオ、子どもたちのことを信じるから」
「うん、流れ着いた子は俺が保護してくる。誰か呼んどくか?」
「オルソと一緒に戻ってきてくれるかしら。憶司として聞きたいこともあるの」
「分かった。ガーネットとリッキーは残ってくれ。メルダとウィルは一緒に。コリエル!先にセグルツカ殿に連絡を」
指示を受けてそれぞれが動き出す。
邪魔にならないように、とアルバは子どもたちを連れてシッティングルームにさがった。
アルバにピッタリくっついて離れない子どもたちと共にソファに座って優しく抱きしめる。
「お母さま」
「なぁに?」
「あの……ご、めんな、さい」
「あらコーディが謝ることなんて何もないわ?いいのよ、こうしてコーディが母さまのことを守ってくれようとしたんだもの」
アルバは父親似の大きな青い瞳に大粒の涙を浮かべたコーデリウスの背中を撫でて抱き寄せた。
堪えきれなくなったコーデリウスは声をあげて泣き始める。
「私の可愛い子どもたち。誰かを大事にしたいその気持ちを忘れないでね」
アルバが子どもたちをあやしていた頃、レオナルドはメルダとウィルと共に整備された森の小道を歩いていた。
「そういえばいつからアルバさんって山の方を気にし始めたんだっけ」
「たしか……ルチアちゃんが2歳の誕生日を迎えたくらいだったから……半年前?」
「メルダの記憶通りだな。半年前、リブロルム山脈の方向をじっと見ることが増えたから気になって聞いてみたら、説明は難しいがなんとなく違和感と底知れない悪寒がするって言い出したんだよ。アルバの勘はよく当たるからな……俺とアクィリオで調査をしてたんだが……まさかコーディがな」
長い沈黙。土と草を踏む音だけが3人の間に響く。
考えなければないことが多すぎる。
領地のこと、コーデリウスが話したこと、山脈由来の川に流れ着いた異邦人のこと。
「………忙しくなるな」
レオナルドはポツリと呟き、メルダとウィルはそれにうなづいて後に続いた。




