第32話 死んだ勇者が全員帰ってくる
応急担架へ横たえられたまま、私は王都の北に位置する『慰霊広場』の縁へ運ばれた。クラウスは担架の片側に手を添え、腹の傷を庇いながら歩いている。広場の騒ぎを聞きつけた群衆が、四方から波のように押し寄せてきていた。
広場の中央には、第一代から第六代までの勇者を象った、白亜の『慰霊像』が六体並んでいた。教会の教義に基づき、神へ祈りを捧げるような美しく悲劇的な意匠で彫り上げられた石像たち。
しかし今、その冷たい彫像の足元に、死んだはずの六人の人間が生身の姿で立っていた。
彼らは、御伽話の英雄のように美しく整列していたわけではない。
それぞれが異なる位置から、バラバラの順序で群衆の前へ進み出た。
「僕は第四代勇者、ヨアヒムです。……ここで死んだことになっていますが、生きています」
ヨアヒムが、文書院の若手職員から託された『文書の写し』の束を高く掲げた。
「第三代、シルヴィアよ。私の商会が裏で記録してきたこの『税帳簿』の数字が、私の生存証明よ」
シルヴィアが分厚い革張りの帳簿を開き、続いて第一代のエルナが、五十年間書き溜めてきた『診療記録』を群衆へ向けて提示した。
生身の身体と、それぞれの職能を通じた具体物。そして、彼らが魔王城から持ち出した、家族へ宛てた『未送付の手紙』。それらを組み合わせることで、教会の語る「勇敢な戦死」がいかに虚飾に塗れたものであるかを、彼らは物理的な事実として広場に突きつけた。
広場の外縁を固めていた教会の神官たちが、慌てて拡声魔術を起動し、バルコニーから怒号を浴びせた。
「騙されるな、市民たちよ! 奴らは魔王の洗脳を受けた偽者だ!」
神官の一人が、シルヴィアとリーゼを指差して叫ぶ。
「その文書の写しなど、いくらでも偽造できる! 第一、その商人女は勇者税の物流で長年利益を貪っていたではないか! そこにいる聖職者の女も、長年教会内部に潜みながら沈黙していた共犯者だ! 自分たちの利益のために教会を貶めようとしているのだ!」
教会側の指摘は、単なる強弁ではなかった。偽造の可能性という弱点や、シルヴィアたちの利益目的、長年沈黙してきた共犯性という、彼女たちが実際に抱える最も痛い急所を正確にえぐっていた。
だが、六人は怯まなかった。
「ええ、その通りよ。私の商会は搾取的な物流で利益を得た時期がありました」
シルヴィアは冷ややかに微笑み、自分の過失をあっさりと認めた。
「私も、内部で生き延びるために沈黙を見過ごした時期があります」
リーゼも静かに頷く。
「しかし、私たちが手を汚した事実と、この帳簿や手紙が教会の嘘を証明している事実は別です。私たちは聖人君子ではない。ただの、帰れなかった被害者です」
彼らは自分たちが直接知る事実と、自らの過失を明確に分けて答えた。弁明で自身を飾るような模範的な演説をする者は、一人もいなかった。
「……神のために戦って殉じたなんて、ふざけた嘘をつくな」
第六代のノエルが、自身の慰霊像に唾を吐き捨てて言った。
「俺は世界なんか救いたくなかった。ただ、痛くて、帰りたかっただけだ」
クラウスの傍らで息を潜めていた第七代のフィアも、震える足で前へ出た。彼女は群衆の前で流暢に語ることはできない。
「わたしは……魔王城で、戦ったりしてません。……ずっと怖くて、お腹が空いてて。でも、ネレイアさまは剣じゃなくて、温かいスープをくれました……」
教会が作り上げた美しく立派な最期の物語を、彼らは自身の具体的な記憶と恐怖の言葉で、短く否定した。
その時、広場の群衆の一部――教会の圧政に不満を抱いていた市民の集団から、熱を帯びた声が上がった。
「聞いたか! やはり教会は腐っている!」
その中の一人が、粗末な紙片を振りかざして叫んだ。
「あの教会の若兵、アベルの死を無駄にするな! 彼こそ、教会の暴虐に立ち向かった真の英雄だ! 彼を我々の反乱の旗印にしよう!」
彼の手には、反教会の運動を扇動するために用意された、アベルの名が書き加えられた『演説原稿』が握られていた。
「ふざけるなッ!」
ノエルが激昂し、群衆へ向けて怒鳴りつけた。
「あいつの死を、お前たちの都合のいい宣伝材料に使うな!」
クラウスもまた、片手でその男の演説原稿をひったくり、無惨に破り捨てた。
「彼の死は、誰かを扇動するための物語ではない。彼は目の前の子どもを逃がす選択をした。……私たちが知らないものまで足して、旗にするな」
教会への怒りとは別に、味方となり得る群衆とも彼らは激しく衝突した。
公開証言と生身の姿を見せつけられても、数千人の民衆の世論は、決して即座に一つに統一されはしなかった。
歴代勇者の帰還を信じて涙を流す者。長年の信仰から教会の言葉を支持し、彼らを偽者だと罵り続ける者。そして、何が真実か分からず、判断を保留して押し黙る者。
広場は、熱狂と疑心暗鬼が入り混じる混沌とした状態のままだった。
その時。
王都の石畳の底から、不気味な地鳴りのような重低音が響いた。
「……っ!」
広場に立っていた六人の歴代勇者たちが、一斉に胸元を押さえ、苦悶の表情を浮かべてその場に膝をついた。
彼らの衣服の下、鎖骨に刻まれた『勇者刻印の傷』が、かつてないほど禍々しい赤黒い光を放って脈動し始めたのだ。
「エルナ! バルト!」
クラウスが叫ぶが、六人は声を発することすらできず、石畳の上に次々と倒れ伏していく。
私は、自分の足で立つこともままならない状態のまま、その光景に戦慄した。
「……大祭を待たずして、聖灯炉が強制起動しました」
以前照合した脈拍低下と、同じ間隔だった。地下の聖灯炉が、元勇者六人の刻印を遠隔で強制起動している可能性が高い。
六人の刻印の同時発動。
彼らの命をこの場で繋ぎ止めるには、魔力が枯渇した私自身の身体を使って、その膨大な吸い上げの代償を一時的に『迂回』させるしかない。
私は倒れたまま、血の気の引いた指先を、六人の間で明滅する死の契約糸へと伸ばした。




