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第25話 勇者の命で灯る都

地下水路跡の安全拠点には、泥に汚れた十人の子どもたちと、重苦しい空気が沈殿していた。


 十六人のうち、六人は救えなかった。彼らが今どこへ移送されたのか、すぐには追えない。今ここにいる十人も、救出された安堵よりも、家族への副契約の恐怖と刻印の痛みに怯え、床に敷かれた薄い毛布の上で身を寄せ合っている。


 大祭まで、あと十二日。


 タイムリミットが迫る中、私たちは拠点の中央の長机に集まり、昨夜修道院の地下で得た断片的な情報を繋ぎ合わせようとしていた。


「ネレイア様。これを見てください」


 医療担当の第一代勇者エルナが、疲れ切った顔で数枚の診療記録を机に広げた。


「先程、救出した子どもたちの脈拍と魔力波長を診察しました。全員に共通して、極端な魔力の枯渇と、周期的な脈拍の低下が見られます。……そして、この周期は」


 彼女はもう一枚、シルヴィアが外部から記録してきた『王都の聖灯の明滅表』を横に並べた。


「王都を囲む結界の灯りが最も強く増光する時間帯と、子どもたちの脈拍が急激に低下する時間帯が、分単位で完全に一致しています」


 その事実が何を意味するか、全員の息が止まった。


 エルナは自らの診療記録を持つ手を、微かに震わせていた。


「……これは、今回の子どもたちだけの症状ではありません」


 彼女の告白は、自らの過去の失敗をえぐるものだった。


「バルトやシルヴィアたちが魔王城へ送られてきた直後にも、同じ周期的な発作がありました。当時の私は長旅の衰弱と刻印の拒絶反応だと考え、鎮静薬で苦痛を抑える処置を繰り返した。……痛みが消えたことを治療の成果として、発作前後の数値を十分に残さなかった。だから後から王都の灯りと照合する機会まで失いました」


 彼女は自分の過失を一切弁明せず、ただ医療者としての罪として机の上に置いた。


 シルヴィアは何か言いかけ、結局、古い設備予算の帳簿を開いた。


「教会の資金の流れ、それにヨアヒムが持ってきた空欄だらけの犠牲者名簿。リーゼの内部情報。そして何より、フィアが修道院で感じ取った、礼拝室の地下から上がる巨大な熱源……」


 彼女はそれらの資料を一つの円を描くように配置し、その中心を指で強く叩いた。


「五十年間隠されてきた、聖灯炉。教会が王都の防壁を維持するために作ったこの地下設備は……魔石でも地脈の力でもなく、子どもたちに刻んだ勇者刻印を通じて、彼らの生命力そのものを吸い上げて燃やしているのよ」


 勇者の命で灯る都。


 それが、教会がひた隠しにしてきた王都防御の真実だった。なぜ対象を子どもへ限定してきたのかは、まだ記録からは確定できない。


「ヨアヒム。確認できるこれまでの犠牲者は、何人だ」


 クラウスが、重い声で問う。


「……選定試験、移送、刻印実験、そして聖灯炉への補助接続。勇者として記録すらされず、死亡または行方不明として処理された子どもは、公文書の断片から確認できるだけで八十七人です」


 ヨアヒムが名簿の数字を読み上げる。


「ですが、途中で番号が飛んでいる『欠番』が複数あります。記録から完全に消され、死んだ人数としてすら数えられていない子どもが、ほかにもいる可能性が高い」


 八十七人、そしてそれ以上の、名もなき命。


 壁際に立っていたノエルが、ギリッと大きな音を立てて壁を殴りつけた。


「……クソが」


 彼の目には、八十七人という膨大な数字の重さよりも、その惨劇のすべての元凶である大神官ヴァルター一人を、今すぐこの手で八つ裂きにしてやりたいという強烈な復讐の衝動が燃え上がっていた。


 私は机から離れ、子どもたちが休んでいる毛布の方へと歩いた。


 エルナが用意した、ぬるい薬膳スープの器を持って、一番手前にうずくまっていた少年のそばにしゃがみ込む。


「少し、飲めますか」


 私が器を差し出すと、少年は怯えたように身を縮め、両手で激しく器を押し返した。


「いらないっ……! ぼくは、逃げちゃいけなかったんだ……! ぼくがここで助かったら、お母さんが殺される……っ」


 ぬるいスープが少しこぼれ、石の床を濡らした。


 彼は教会の支配から物理的に救い出されても、心はまだ見えない鎖に縛られ、助かった者として振る舞うことすら罪悪感に押し潰されている。


 私は彼を無理に慰めたり、スープを飲ませることを私の救出の『成功条件』にしたりはしない。


「分かりました。今は無理に飲まなくていい」


 私は器を彼の手の届く床の上に置き直し、そっと離れた。彼が自分の意思でそれに手を伸ばせるようになるまで、大人が強制してはいけないのだ。


「ネレイア様」


 背後から、リーゼが深刻な声で私を呼んだ。


「大祭の日……あと十二日後に、教会は百人の子どもたちを使って、あの老朽化した聖灯炉を完全に再起動させるつもりです」


 彼女が示した施設の導管図には、聖灯炉から王都全体へ伸びる不気味な魔力の管が描かれていた。


「もし再起動が完了し、炉の稼働出力が最大になれば……今ここで保護している十人の子どもたちや、過去の刻印が残ったままの歴代勇者たち、そして……フィアの生命力まで、一斉に、そして強制的に吸い尽くされてしまいます」


 クラウスの顔色が変わった。


「ならば、今すぐあの地下へ突入し、聖灯炉を破壊するしかない!」


「できません」


 私は即座に、彼の強硬策を物理的な事実で止めた。


「イレーネ王女との約束を忘れたのですか。聖灯炉を止めれば、王都を囲む防壁が消滅し、灰獣が市民を食い殺します。薄暮盟約による『正規の代替防御』を起動する手段が分からない現状で、炉だけを破壊することは、王都の数十万の民を見殺しにする行為です」


 クラウスは反論しようと口を開いたが、すぐにそれを飲み込んだ。


 子どもたちの命を救うためには、聖灯炉を壊さなければならない。しかし、代替防御なしに壊せば、王都が滅びる。


 期限は、あと十二日。


 地下水路の湿った空気の中で、私たちは完全な手詰まりという絶望的な現実に直面していた。

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