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第18話 生きている子の葬式

王都の中央広場は、むせ返るような白百合の香りと、教会の神官たちが唱和する大仰な祈祷の響きに包まれていた。


 私たち三人は、目立たない灰色の外套を深く被り、群衆の最後尾からその光景を見つめていた。


 広場の祭壇に飾られているのは、純白の白い花冠と、一人の少女の大きな肖像画だ。しかし、その絵に描かれた少女は、神聖さを強調するためか過剰に美化されており、今私の隣で息を潜めている本人の面影はほとんどなかった。


 今日は、死亡したことにされた第七代勇者フィアの『追悼祭』だった。


 壇上に立つ宣教司教が、悲痛な声色を作り上げて群衆へ語りかけている。


「神に選ばれし汚れなき勇者フィアは、父親の卑劣な裏切りという試練を乗り越え、たった一人で魔王城へと辿り着きました。そして、恐るべき魔王に勇敢に立ち向かい、最期まで神への祈りを口にして、立派に殉じたのです! 彼女の尊い自己犠牲こそが……」


 それは、教会が自分たちの都合の良いように作り上げた、完全な虚偽の美談だった。


 本人が一度も口にしていない最期の物語が、さも真実であるかのように流布され、集まった市民たちは涙を流してそれに聞き入っている。


 私の隣で、クラウスがギリッと奥歯を鳴らした。


 彼の手は外套の下で固く握りしめられ、今にも剣を抜いて祭壇へ乗り出しそうなほどの怒りに震えていた。娘の名誉を汚し、偽りの死を権威づけのために利用しているのだから当然だ。しかし、彼はその怒りを必死に押し殺していた。ここで自分が暴れ出せば、娘が自身の生存を公表する時期を、親の都合で勝手に決めてしまうことになるからだ。


 フィアは、自分の葬式が行われている光景を、瞬きもせずに見つめていた。


 教会の語る勇敢な英雄の姿と、彼女自身の実際の記憶。三日間まともな食事を与えられず、空腹と疲労に泣き、父親と引き離されてただ死の恐怖に震えていたあの夜の現実。その圧倒的な違いが、彼女を押し潰そうとしていた。


 その時、広場を取り囲む大鐘楼から、重い鐘の音が響き渡った。


 ごぉん、という音に合わせて、聖歌隊が教会で創作されたばかりの追悼歌を歌い始める。


『選ばれし子よ、光のもとへ。恐れを知らぬその歩み……』


 その定型句と鐘の音が重なった瞬間。


 フィアの身体が、弾かれたようにビクッと跳ねた。


 彼女の呼吸が「ひゅっ」と引きつり、瞳から完全に焦点が失われる。それは勇者として選定され、村の鐘の音とともに父親から引き離されたあの日の記憶が、フラッシュバックした反応だった。


「フィア……?」


 クラウスが声をかけるより早く、フィアは両耳を塞ぎ、群衆を押し退けるようにして広場から駆け出していった。パニックを起こし、自らの意思決定を完全に中断してしまったのだ。


「フィア!」


 クラウスが叫んで後を追う。私もすぐに群衆を掻き分け、彼女の消えた路地へと走った。


 王都の路地裏は薄暗く入り組んでいた。


 フィアは普段であれば、一度通った道を正確に記憶する高い地図能力を持っている。しかし、パニックに陥った今の彼女は正しい道を選ぶことができず、ただ音から逃れるためだけに盲目的に走り続けていた。


「クラウス、二手に分かれます。あなたは南の裏通りを」


 私は短い指示を出し、北の路地へと踏み込んだ。


 教会の嘘の美談を論理的に説明し、彼女の誤解を解くことは後回しだ。今は何よりも、彼女の過呼吸という身体反応を静め、安全を確保することが優先だった。


 石畳の路地を曲がった先、薄暗い建物の隙間に、小さな靴が片方だけ転がっていた。


 足をもつれさせ、脱げるのも構わずに逃げた証拠だ。


 私はその靴を拾い上げ、さらに奥の行き止まりへと向かった。


 そこに、片足だけ靴下姿のフィアがうずくまっていた。


 彼女は自分の膝を抱え、過呼吸の発作を起こして肩を激しく上下させている。


 私はゆっくりと彼女の前にしゃがみ込み、拾った片方の靴を彼女の足元へそっと置いた。


「……大丈夫です、フィア。もう鐘の音は聞こえません」


 数分後、息を切らしたクラウスが路地の入り口に現れた。彼は娘の無事な姿を見て安堵の息を吐いたが、すぐに駆け寄って抱きしめたり、無理に立たせたりはしなかった。公表の是非を迫らず、彼女が自分の意思で呼吸を取り戻すのを静かに待っている。


 やがて、フィアの呼吸が少しずつ正常なリズムに戻り始めた。


 彼女は足元に置かれた自分の靴を見つめ、それから、ゆっくりと私と父親を見た。


「……お父さん」


「ああ。ここにいる」


 クラウスが静かに応える。


 フィアは、震える声でぽつりぽつりと話し始めた。それは、平静で勇敢な英雄の言葉ではなく、恐怖で一度完全に崩れ落ちた子どもが、それでも必死に決め直そうとする言葉だった。


「わたし……あの広場に出て、わたしは生きてるって叫びたかった」


 彼女は、自分の葬式を止めたいという明確な気持ちを口にした。


「でも……怖かったの。もしわたしが今そこに出ていったら……教会の人が焦って、ほかの百人の候補者の子たちの移送を早くしちゃうかもしれないって……」


 彼女は、自分が生存を公表すれば、残る子どもたちを危険に晒してしまうという事実を、自分の恐怖として別々に話した。


 クラウスは黙って娘の言葉を聞いていた。彼は自分の怒りよりも、娘が自分で導き出したその恐れの理由を重く受け止めていた。


「……フィア」


 私は彼女の目を見た。


「あなたが生きていると分かれば、教会が百人の移送を早める可能性は高い。それを防ぐ準備には、あと数日必要です」


 私は立派な演説や精神論ではなく、物理的な準備期間という事実だけを伝えた。


「……うん。分かった」


 フィアは自分で片方の靴を履き直した。


「じゃあ、待つ。ほかの子たちを助ける準備ができるまで、わたしは生きてるって言わない。……わたしの嘘のお葬式は、その後で壊すから」


 生存公表を待つという決定は、この短いやり取りによって成立した。


「分かった。私も、その時まで待つ」


 クラウスが歩み寄り、娘の肩をしっかりと抱きしめた。


 その時、クラウスの外套のポケットから、くしゃくしゃになった濡れた紙袋が覗いているのが見えた。


「クラウス、それは?」


「ああ。広場から離れる時、受付の脇で雨に濡れて捨てられていた」


 彼が取り出したのは、本日の追悼祭に招待されていた『祭りの遺族名簿』だった。


 私はその紙束を受け取り、素早く目を通した。


 その数ページ目、第六代勇者の記録の欄に、一つの名前と王都の住所が記されていた。


『第六代勇者ノエルの母、ミレーヌ』。


 魔王城で共に暮らしてきた十七歳の少年、ノエルの母親の所在だ。


「……行きましょう」


 私は濡れた名簿を畳んだ。


 フィアの生存を隠す選択をした今、私たちはその時間を使って、ノエルの母を訪ねることにした。

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