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1話 作戦会議

場所は移り学校近くのファストフード店。

 

小腹が空く夕食前のこの時間、ポテトが揚がる音だけでも胸が踊る。

 

こんな状況でなければ。


「では今から黒羽くんを理解しようの会を始めます」

 

淡々と意気揚々に、白咲は就活生のように背筋を伸ばす。


「なんで会議形式なんだよ」

 

呆れつつツッコむ轟木もなんやかんや乗り気だ。


「ポテトおいしい〜! みなさんも早く食べないと、冷めちゃいますよ?」

 

茶目っ気に、塩が付いた指を舐める青海はポテトに夢中。相変わらず自由奔放だ。

 

で、俺はというと。


「狭くね? そっち側が窮屈そうだが」

 

四人がけだよな? 


なぜか向かいのソファー席に三人が並び、俺だけ逆側に一人。


「ほぼ初対面なので」

「男の隣はちょっとな」

「先輩寂しいんですか〜?」


なんだこの三段ミルフィーユ攻撃。


よし、隣は荷物置き場として存分に使わせてもらおう。

そういう立ち位置なのね俺。


「気になっただけだ。三人がそれでいいなら構わない」

 

苦し紛れにジュースを一口。

オレンジジュースってこんなに酸っぱかったか?


「あ、そういえばなんですけど〜」


青海がポテトをくるくる回しながら、にやりと笑う。それも悪戯っぽく。


「せっかく元カノ同士そろったんですし、まずは“黒羽湊の好きだったところ”から話しませんか?」


「は!? い、いきなり何言ってんだよ」


轟木の耳が一気に真っ赤になる。

落ち着きなく手を振る仕草はこの中で一番乙女っぽい。


「あら、私は聞きたいけど」


対して白咲はペンを構えて乗り気だ。

恋バナとか好きなんだな、意外。


白咲が言うならと、轟木はわざとそっぽ向きながら「べっ、別に話してもいいけどっ」とか言ってる。


わかる。これ完全に修羅場の始まりだ。


「私は……黒羽くんの“気遣い”が好きだったの。言葉にしなくても察してくれるところ」


白咲が静かに、しかし自信たっぷりに言う。

一番刺さるような声のトーンで。


「ふーん? でもそれ、“誰にでも”じゃないんです?」


青海が挑発気味に笑う。

白咲が目を細める。


「いえ。私には……特に、だったわよ?」


「へぇ~~? 私は“頭ぽん”されたことありますけど?」


「ぽん!? あたし、それされたことねぇんだけど!」


轟木が食い気味に反応。

青海は勝ち誇ったようににんまり。


「黒羽、あたしにはよく相談してくれてたけどなぁ?」


轟木が反撃に出た。


「勉強とか、部活のこととか、将来の話とか! 頼られてたっていうか!」


「それなら、私も相談されてたけど?」


白咲がすかさず追撃。


「“白咲ならわかってくれる”って」


「え? それずるくないですか!? 特別感あるじゃん!」


青海がバンッとテーブルを叩いた。


……お前ら、マウント取り合戦はやめろって。


激化しそうなところで白咲がぴしっと手を上げる。


「──はい、ここまでよ」


急に議長モード。


「惚気は全員平等に不愉快なので、会議に戻ります」


「不愉快とか言うなよ!?」「私の勝ちですね〜?」「負けてねぇし!」


バチバチと火花が散る。


メニュー表が反射する白い照明の下、白咲がメモを開き、カチッとボールペンを押した。


「話の本題に入りましょう。まずは黒羽くんの現状から整理したいのですが。ここ最近の様子、心当たりのある人は?」


「最近、部活にあまり顔を出してないって聞いたな。サボってるわけじゃなくて……『考えたいことがある』って言ってたらしい」

 

轟木がコップをいじりながら言う。

 

バスケ部のエースでキャプテン。もしかしたら大学から推薦が来て……と推測は深まる。


「えー? 私、前に話しかけたんですけど、『忙しいからまた今度』ってかわされちゃいましたよ。あれ、絶対私じゃなくても断ってる感じでした」

 

青海は頬を膨らませながら、唇を尖らせる。

 

てか話しかけたのかよ。

俺を含めみんなから羨望というか、よく気まずくないな、と謎の敵対心が生まれる。


「でもさ、そのまた今度って、永遠にこないパターンだよな」

 

俺の言葉に、三人はなんとも言えない顔をした。

 

避けられているのか? 湊の言動から察するにそれだけでもない気がするが。

 

白咲がメモを取り終え、静かにページをめくる。


「では次に……別れた時の状況を共有したいのだけど。ここが一番大事なので」

 

そうして三人は、少しずつ自分の別れを語りだした。

 

喧騒が走る店の雰囲気とは正反対に、ここだけは重い空気が流れていた。


「私の場合は……『優しすぎる』と言わたわ」


「優しすぎる?」


「ええ。『白咲は僕に対しても気を遣いすぎてる。それだと疲れるだろ』って。でも私は、そんな意識なくて……」


言葉の端に、今も消化しきれていない想いが滲む。

 

確かに白咲は優しい。

口調は淡白だが曲がったことは嫌いなタイプ。面倒見も良い。

 

頼られすぎるせいで、湊に対しても受け身な姿勢になっていたのだろうか。


「もっと素の白咲でいてほしかったのかもな」


「どうかしら……私だけの問題じゃないので」

 

ピタッと走るボールペンが止まる。

感情の整理は今になっても難しい。


「あ、あたしは……ちょっとケンカになっちまった感じだ」


「ケンカ?」


「あいつが急に『本音で話してくれ!』って言ってきたんだ! いつも本音だっつの意味わかんねぇ。普段はニコニコしてたくせに!」


「湊が怒ったのか?」


「……怒ってたわけじゃないけどよ、強めの口調で。ああいいうの初めてで、こっちもムキになっちまって」

 

轟木がジュースを一気に吸い切る。

溶けた氷が虚しく音を立てた。

 

男勝りで負けず嫌いなのは轟木の良いところだと思う。ただ小柄な体格を隠すためにわざと語気を強めてるのか、喧嘩っ早いのは玉に瑕だ。

 

それも言い換えれば本当の轟木ではない、てことになるんじゃないか。


「実は可愛い小物が好きとかないのか?」


「どういう意味だ? あたしを男扱いしてんのか?」


「ごめん。だいぶ端折った」

 

鬼気迫る勢いだったので必死になだめる。

荒い金髪だからか余計にヤンキーぽい。


「私のときは『無理しないでいいよ』って、すごく優しかったです」


「無理しないで?」


「『青海が本当は誰かに甘えたいの知ってる』って。そう言ってくれたのに……でもその後、急に距離を置くことになって」

 

青海は目元を押さえ、小さく息を吸った。

 

Sっ気強く悪戯好きな性格なのは俺も知っている。なんせ可愛い後輩が入学してきたって上級生は盛り上がっていたからな。

 

ただ本心は甘えたがり。

ちょっかいを出すのも構ってほしい心情の裏返しなのだろう。

 

そういう誤魔化した態度が良くなかったのか。


「わけわかんないです……どうしたらよかったんだろうって」


「素直に甘えりゃ良かったのかもな」


「恥ずかしいですもん。くぜ先輩とは違うんです」

 

さらっと毒を吐かれた。手厳しい。


「結局、どれがあいつの本音なんだろうな」

 

三人の想いがテーブルの上に重なる。

やっぱり、俺は引っかかってしまう。


「なんか、おかしくないか?」

 

俺の口は勝手に動く。

三人の視線が同時に俺へ向く。


「湊ってさ……そんな相手によって態度を変えるやつだったか?」


「え……?」

 

白咲が瞬きする。


「白咲には自己犠牲系の優しさを出して、轟木には当たり強くぶつけて、青海には兄貴のような甘さ加減? そんな器用なやつじゃないだろ、あいつ」


「でも実際に言われたんですよ?」


「そうだ。そのせいで別れる羽目になってんだ」


「みんなの前では、いつも一定だったのに?」

 

自分でも驚くほど冷静な声が出た。


「昔は……もっとぶっきらぼうというか、正直というか。八方美人じゃなかった」

 

気づけば、あの日の記憶が蘇ってくる。


「小学校の卒業式の日……俺、湊を傷つけてしまった。たった一言で。それくらい、あいつは"本音に敏感"なやつだった」

 

三人は一言も挟まず、静かに聞いていた。

コップの中の氷が溶けて、小さく鳴った。


「最近の湊、なんか変だ」

 

俺は人の機微には敏感な方だ。

人の目を気にしすぎているから、やたらと目につく。

 

特に湊に対しては。


「俺が知ってる湊じゃない。誰かを演じてるみたいな……そんな感じがする」

 

三人が顔を見合わせる。

そこで白咲が、はっとしたようにメモを見つめた。


「……待って」


「どうした?」


「今の話、全て整理すると……黒羽くん。私たち全員に──似たような言葉を言ってるわ」


「似たような?」


「優しすぎる、本音で話してくれ、無理しないでいいよ。どれも、相手の気持ちを決めつけている言葉よ」

 

言われてみれば、確かに。


「でも湊はそんな言い方、絶対にしない」

 

胸の奥で嫌な予感がゆっくりと形になる。

白咲はペンを握りしめ、唇を震わせた。


「つまり……」


「つまり?」


「──私たち三人、同じ理由で振られているのかもしれない」

 

その場に短い沈黙が落ちた。

 

次の瞬間だった。


「……え?」

 

俺のスマホが鳴る。メッセージの通知。

画面に映った名前を見て、俺は息を呑む。


「湊……からだ」

 

心臓が跳ねた。

新しく追加された友達の欄に、あの日から関わりを逃げてきた幼馴染の名前が佇んでいる。


「『直人と話したい。明日の放課後、少し時間あるか?』……って」


三人の視線が、ゆっくり俺に集中していく。

 

思考が纏まらない。なぜいきなり。湊からの話って、俺に何を。

 

これは偶然じゃない。きっと三人には言えないことだ。だからって俺に話を持ちかけてくるのは湊なりの意図があってに違いない。


「久瀬くん、これは……」

 

白咲が震えるように囁く。


「核心、だと思うの」


胸に不安が広がる。

湊の“変化”の理由──それは、ただの恋愛のすれ違いなんかじゃない。


どこかに、もう一つ。まだ見えてない闇がある。


 


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