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0話 プロローグ

「……ねぇ、僕を知った気になるなよ」


小学校の卒業式。

親友だった黒羽湊くろばみなとは、何かを堪えるような顔で俺を突き放した。


ほんの一時前、俺は“何か”を言った。

励まして、気を遣った……つもりで。

でも湊には、別の温度で届いたのだろう。


眉がわずかに上がり、呼吸が止まったように見えた。


沈黙が一拍。

その間に、湊の目の奥から光がすっと消えた。


「……君は、本当に何も分かってないよ」


震えた声でそう言うと、湊は歩き去った。

言い返そうとしても、喉が潰れたみたいに音が出なかった。


『違う』とひと言言えればよかったのに。

幼馴染で、唯一の親友だったのに。

何も言えないまま、謝れないまま。


今もなお、俺は自分の過ちすら直視できずに、逃げ続けている。





蝉が死にかけのアンプみたいに鳴き続ける、夏の放課後。

 

むわっとした熱気の昇降口で、俺──久瀬直人くぜなおとは人生最大級の意味不明を突きつけられた。


『黒羽湊の元カノ三人に、同時に呼び出された』

 

……いや、意味がわからない。

そもそも俺、あいつらとほとんど喋ったことないだろ。


黒羽湊。誰にでも優しいイケメンで、聞き上手で、困ってるやつは放っとけないタイプ。喧嘩の仲裁とか平然とやる、そういうやつ。


今となっては偶然高校まで同じだけの、元親友だが。


恋愛事情なんて知るよしもない。

元カノ三人てよくよく思えばなんだよ。いつの間にそんな青春フルコースしてたんだ。


「……よし、気のせいだ。帰ろう」


脱兎の如く、と行きたかった。

 

生暖かい風が通り抜け、階段から降りる足音がまばらに響く。

 

そして──俺の進路を塞ぐ淡い影。


「あ、あー……ま、こうなるよな」

 

白咲楓しらさきかえで

轟木明加里とどろきあかり

青海みなも(おおみ)。

 

学校で“可愛い”と名前を挙げれば確実にこの三人が出てくる。


そんで、全員が湊の元カノ。


白咲が一歩前に出る。

黒髪の先っぽが落ち着かずに揺れ、凛とした雰囲気ではあるが。


「久瀬くん……話があるの」

 

いつもより声が硬かった。


緊張すると癖で髪を触ってしまうようだ。

普段の優等生スマイルよりずっと女の子らしい。


小柄なスポーツ少女、轟木は腕を組んで不器用に睨んでくる。


「お前、黒羽の友達だよな。……ちょっとでいい、力貸してくれ」

 

強気なくせに、目が合った瞬間だけ部活焼けした頬が赤くなる。

そのギャップは反則的だ。


青海はスマホのストラップを弄びながら、上目遣いで。


「くぜ先輩〜……私、このままだと前に進めないんです……っ」

 

普段は計算高いくせに、語尾が弱い。

幾多の男を落としてきた小悪魔が、今日は影を潜めていた。

 

三人それぞれ雰囲気は全然違うのに、漂っている気配は同じだった。


……未練。


「黒羽くんと、ちゃんと話がしたいの」

 

白咲が最初に切り出す。

その声音には――“本当に仲直りしたい”という真面目な気持ちが滲んでいた。


「最後……言えなかったことがあるの」


あれは『言葉を残し損ねた後悔』。


轟木も視線を逸らしながら言う。


「あたしも、プライドだけで振り回して……ずっとそれが刺さったまんまなんなだ」

 

これは『意地を張った自分への後悔』。

 

青海は心細げに袖を握る。


「私……素直になれなくて。本当は誤魔化したくなかったけど、でも……」


それは『自信のなさが生んだ後悔』。


三者三様の“湊への心の残り物"が伝わってきた。

 

「で、なんで俺なんだ?」


三人は少しずつ違う理由を挙げる。


「久瀬くんなら、誰の気持ちも否定しないから」

「変に騒がないし、信用できる」

「頼りがい、あるし?」

 

そんな評価された覚えはないぞ。

 

俺はただ、人の目やヒエラルキーを気にしがちなだけで。


むしろ──逃げ癖がある。

競争も、衝突も、できれば面倒ごとは全部避けたい。


……なのに。頼られると断れないのも、また俺の悪い癖で。


「……ごめん。ちょっと考えさせてくれ」


視線を落とした瞬間、胸の奥がずきっと痛んだ。


湊の最近の様子が頭に浮かぶ。

返事がワンテンポ遅い。笑顔が完璧すぎる。一年生を助けた直後、ふっと“無”に戻った表情。


まるで、誰かを演じているみたいだった。


もし──あの時、俺が湊の何かを傷つけていたとしたら。


(……また、誰かを分かったつもりで逃げるのか?)


胸が熱くなる。数年間、蓋をしてきたものが軋む。


三人の後悔。そして、俺の後悔。

その重さがじわりと重なっていく。


「……わかった。力になるよ」

 

ようやく絞り出すと、三人はほっと息をついた。


白咲は小さく微笑んで、轟木は肩を落とし、青海はぱっと明るくなった。


こうして俺は『三人の元カノの仲直り係』になってしまったわけだが。

 

未練があるのは、三人だけじゃない。もしかしたら、俺もだ。


湊の変化の理由を確かめたい。そして、謝れなかったあの日にケリをつけたい。


「この機会に、俺も向き合わないとな」

 

そう思ったこの時の俺はまだ知らない。


三人の語る『元カノとしての思い出』が、微妙に全部違うことを。


『あの夏』の出来事が鍵になっていることを。


そして湊本人は、はっきりとこう言うことを。


『誰とも付き合っていない』


この夏、俺は“嘘だらけの恋”の中心に立つことになる。

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