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乙女ゲームの世界に反旗を──我らNPCは運命を書き換える  作者: 宗像 凪


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第35話:第四の壁を越える咆哮

 会場は不気味なほど静まり返っていた。


 カイルの時間ループの術式が解除されてから、世界は奇妙な均衡状態に陥っている。床の亀裂は広がったまま静止し、壁から流れ落ちた絵の具は赤い水溜まりとなって床を汚していた。クレアの周囲を照らしていた淡い光が消えた会場は、どこもかしこも等しく薄暗い。


 エリザベートは倒れている二人を見下ろした。

 カイルは床に大の字になり、ずれた眼鏡のまま虚ろな目で天井を見つめている。ルカスは白い法衣を汚して横たわり、荒い息を繰り返していた。


 クレアは二人のそばに跪いていた。何かしてあげたいのに何をすればいいのか分からない、という顔で、自分の手を見つめている。

 つい先ほど「自分の意志で動ける」ことを知ったばかりの手。その手で誰かを助ける方法を、彼女はまだ知らなかった。膝を抱えていた姿勢から這うようにして二人のそばまで来たのだろう、白いドレスの裾が大理石の埃で汚れている。


 ジークハルトが空を見上げた。半透明の体で、けれど翠の瞳には鋭い光を湛えて。

 その視線の先にあるのは、天井ではない。会場の上空、プレイヤーの視点がある、この世界の壁の向こう側だ。


「今がチャンスだ」


 低い声で、ジークハルトが言った。


「カイル。お前が仕込んでおいた魔法陣は使えるか」

「ああ。床に、刻んである」


 カイルの掠れた声が答える。

 エリザベートが足元を見ると、大理石の亀裂に紛れるようにして、ほとんど見えないほど薄い線が走っていた。魔法陣だ。いつの間に刻んでいたのか。いや、カイルのことだ。おそらく何手も先を読んで、この会場に入った時点で準備を終えていたのだろう。


「起動方法は?」

「中央の、ルーン文字に、魔力を注げ」


 エリザベートは魔法陣の中央に立ち、手のひらから淡い光を放った。

 クレアが、おずおずと隣に歩み寄った。


「私も、手伝えますか?」


 エリザベートは一瞬、クレアを見た。桃色の瞳には不安と、それ以上の意志が揺れている。

 台本でも、命令でもない。自分で選んだ、初めての申し出だった。唇を噛んで、指先を握りしめて、それでもまっすぐにこちらを見ている。


「ええ。力を貸してちょうだい」


 二人が手を繋いだ。


 クレアの体から桃色の光が溢れ出した。ヒロインとしてシステムから与えられた膨大な魔力。これまでプレイヤーの道具としてのみ機能していたそれが、今、クレア自身の意志で魔法陣に注がれていく。


 青白い魔法陣が桃色の光と混ざり合い、見たことのない色に輝き始めた。

 その瞬間、空中に赤い文字が浮かび上がった。


『キャラクター死亡を検出──追悼イベント開始』



* * *



 会場にパイプオルガンの荘厳な旋律が響き渡った。


 天井から白い花びらが舞い降り、照明が暗く沈んでいく。崩壊しかけた壁に、カイルとルカスの肖像画が浮かび上がった。カイルは眼鏡をかけて厳かに微笑み、ルカスは両手を組んで祈るポーズ。どう見ても遺影だった。


「ちょっと待って。二人とも生きてますわよ!」


 しばらく呆然と肖像画を見上げていたエリザベートが、我に返って叫んだ。


「死んでない!」


 当事者であるカイルも床から叫んだ。

 しかし、彼の声は葬送曲にかき消された。動けないまま自分の遺影を見せられるという、ある意味では削除されるより屈辱的な状況だった。


 やがて、エリザベートの口が勝手に開いた。


「カイル。あなたは素晴らしい魔導師でしたわ」


(何を言わせるの!?)


 彼女は両手で口を押さえたが、指の隙間から声が漏れ続ける。


「あなたの研究は、永遠に私たちの心に」

「言っていませんわ! これはシステムの仕業よ!」


 ジークハルトの口も開いた。


「ルカス。君の祈りは、我々の」


 ジークハルトは歯を食いしばったが、言葉は止まらない。


 レオンとソフィアも次々と追悼の台詞を喋らされていく。ソフィアに至っては、目の縁が不自然に赤く染まり始めていた。本人の意思とは無関係に、システムが「悲しみの表現」を強制しているのだ。


「私、泣いてません! これシステムの演出です!」


 ソフィアが必死に目を擦った。

 床に倒れているルカスが声を上げた。


「誰か、私の手を動かしてください……手が動けば生きているとシステムも判断するでしょう」


 エリザベートが駆け寄り、ルカスの腕を掴んで上下に振った。


「ほら、動いていますわよ! ご覧になって!」


 しかしシステムは冷酷に『死後硬直の確認』と表示した。


「硬直などしていませんわ! 魔力切れなだけですのよ!」


(まったく、このシステムは本当に空気の読めない神ですこと!)


 その時、会場の扉が開いた。黒い喪服を着た名もなき参列者たちがぞろぞろと入ってくる。整然と列を作り、カイルとルカスの「遺体」に向かって黙礼し始めた。


「来るな!」


 レオンが剣を抜いて参列者を制止しようとしたが、参列者たちは平然と彼を迂回して進み続けた。空中に『護衛が錯乱中』という記録が浮かぶ。


「錯乱してねえだろ! お前らが勝手に葬式始めてんだ!」


 カイルが床から声を絞り出した。


「いいからシステムを無視しろ。魔法陣の起動を、続けるんだ……」


 ジークハルトは頷いた。追悼の台詞を喋らされながらも、彼は空を見据えた。


「ソフィア、情報の導線を頼む」

「はい。ルカス様、あなたの優しさは永遠に──って、違います! これ私の言葉じゃないです!」


 ソフィアは涙が滲む目を擦りながら手帳を開いた。手帳から青白い微光が溢れ出し、空中で一本の細い線となって上空へと伸びていく。プレイヤーの世界と、この世界を繋ぐ導線だ。


「レオン、警戒を」

「任せろ。カイル、お前の眼鏡姿は忘れねえ──って、今そんなことを言う場面じゃねえだろ!」


 レオンが剣を構えた。怒りの矛先をシステムに向けながら。


 床に倒れたままのルカスが、掠れた声で歌い始めた。聖歌だった。

 弱々しいが、不思議と会場全体に響き渡る。魔法陣の光がその声に共鳴して脈動し始めた。


 すべての準備が整った。

 ジークハルトは深く息を吸った。そして天井の向こう、世界の壁の向こう側を見据える。


「行くぞ。我々は」


 空中に赤い文字が浮かび上がった。


『恋愛イベント検出──クレアへの愛の告白と認識』



* * *



 葬送曲が途切れた。


 代わりに甘いヴァイオリンの旋律が流れ始め、照明がピンク色に変わり、薔薇の花びらが舞い始めた。

 黒づくめの参列者たちは困惑した様子で立ち尽くしている。一秒前まで葬式だった会場が、一瞬で婚礼の広間のような空気に塗り替えられた。


「また誤認識ですの!?」

 エリザベートが声を上げた。


「我々は、お前の操り人形では——」

 ジークハルトが続けようとした。しかし、彼の口から出た言葉はまるで別のものだった。


「君は、私の運命の人だ」


 会場が静まり返った。


 やがて参列者たちからざわめきが起こる。クレアの顔が真っ赤に染まった。

 けれどそれは、システムに塗られた紅潮だった。彼女自身の桃色の瞳は困惑に揺れ、両手が所在なく宙を彷徨っている。どこに手を置けばいいのか分からないまま、胸の前で指を組んだり解いたり、ぎこちなく繰り返していた。


 ジークハルトの翠の瞳にも、怒りが滲んだ。


「違う。私が言いたいのは——」

「ずっと、君を愛していた」


 参列者たちから拍手が起こった。誰かが「おめでとうございます!」と叫んだ。


「おめでたくない」


 ジークハルトが低く唸った。

 空中に文字が表示される。


『クレアの応答を選択してください』


 システムが強制的に選択肢を選び、クレアの口を動かした。


「嬉しいです、ジークハルト様」


 その声は、あの滑らかに整えられた声だった。台本通りの抑揚。台本通りの微笑み。つい先ほどまで自分の意志で話していたクレアが、また操り人形に戻されている。


「言っていません!」


 クレアが自分の口を両手で押さえた。

 その仕草は、あらかじめ用意された「恥じらい」とはまるで違う、必死の抵抗だった。押さえた手の下で、唇がわなわなと震えている。


 カイルが床から声を絞った。


「システムが誤認識している。殿下、視線をずらせ。システムの視点とクレアの位置が重なっている」


 ジークハルトは視線を僅かにずらした。しかし。


「君の瞳は、宝石のように美しい」


 また変換された。参列者たちがまた拍手した。


「ああ、もう!」

 エリザベートは額に手を当てた。


(このシステム、ジークハルト様が何を言っても恋愛台詞に翻訳する気ですわ!)


「もっとずらすんだ」


 カイルの指示にジークハルトが従い、クレアから完全に外れた位置を見た。


「我々は、お前の——」

「私は、この国の未来を」


 ファンファーレが鳴り響いた。参列者たちが「国王陛下万歳!」と叫び始めた。


「政治演説と認識されたか。しかも私はまだ王太子だ。父上を勝手に退位させるな」


 ジークハルトが苦い声で言った。


「カイル、どうすればよいの!?」


 エリザベートが叫んだ。カイルは床で必死に思考を巡らせている。

 その時、ルカスが掠れた声で言った。


「……目を閉じてください、殿下」


 ジークハルトは一瞬だけルカスを見て、理解した。目を閉じた。

 そして叫ぶ。


「我々は、お前の操り人形ではない!」


 今度は変換されなかった。声は魔法陣に吸い込まれ、ソフィアの導線に乗って上空へと飛んでいく。世界の壁を越えて。


「通りました!」


 ソフィアが叫んだ瞬間、システムが新たな判定を下した。


『目を閉じた王太子──睡眠イベントと認識』


 ヴァイオリンの音色が途切れ、代わって優しいオルゴールの音色が響き渡った。

 ジークハルトの周囲にふわふわとした羊の幻影が浮かび始める。参列者たちが「殿下、お休みなさいませ」と囁き始めた。


「寝るわけがないだろう」


 ジークハルトの声は低く、断固としていた。しかし体がぐらりと揺れる。強制的な眠気が襲ってきているのだ。


「目を開けるんだ……でも完全にではなく、半分だけ」


 カイルが床から指示を出す。ジークハルトは薄目を開けた。そして叫ぶ。


「私たちの愛も、苦しみも、すべては私たちのものだ!」


 声はクレアの周囲に張り巡らされた魔術回路を逆流し、プレイヤーの端末へと到達した。雑音まみれの音声が、スピーカーから鳴り響く。


『ざざ……われわれは……ざざ……あやつりにんぎょう……ざざ……ではない……! あいも……くるしみも……われわれのもの……ざざ……!』


 しかしシステムは、すぐに新たな判定を下した。


『薄目で虚空を見る王太子──体調不良イベントと認識』


 照明が暗くなり、心配そうな旋律が流れ始めた。会場の扉が開き、白衣を着た医師が現れる。参列者たちが「殿下が倒れた!」と騒ぎ始めた。


「倒れていない!」ジークハルトは叫んだ。「来るな!」


 レオンが剣で医師を制止しようとしたが、医師は空中に『護衛が錯乱中』という記録を出し、さらに看護師を呼んだ。看護師が担架を持って現れた。


「担架は不要だ」


 ジークハルトが冷たく言い放った。

 カイルが床から叫んだ。


「システムの誤認識は止められない。無視して叫び続けるんだ! おそらく短い言葉なら変換されにくい」


 ジークハルトは医師を無視して叫んだ。


「お前は何度も、我々を殺した!」

『ざざ……なんども……ころした……ざざ……!』


 声は届いた。ジークハルトは続けた。


「何度も、我々の心を踏みにじった!」

『ざざ……こころを……ふみにじった……ざざ……!』


 医師が聴診器を当てようとした。レオンが剣の腹で弾き飛ばす。看護師が「騎士が暴れています!」と叫んだ。


「暴れてんのはそっちだろうが!」


 レオンが怒鳴り返しながら、剣で医師たちを押し返し続ける。

 ジークハルトは叫び続けた。


「だが、もう終わりだ。我々は、お前の思い通りには動かない!」

『ざざ……おわりだ……ざざ……おもいどおりには……うごかない……ざざ……!』


 空中に、プレイヤー側の反応が浮かび上がった。


『え? 何この音?』

『スマホから変な音が……声?』

『まさかこのゲーム、私に話しかけてる? 嘘でしょ? 怖っ!』


 エリザベートはその文字を見つめた。


(届いている。わたくしたちの声が、壁の向こうに)


 床に倒れていたカイルが、最後の力を振り絞って魔法陣を制御する。

 ルカスの聖歌が力を取り戻し、音響を増幅させた。

 レオンは剣で医師と看護師を追い払い続け、ソフィアは目を腫らしながら導線を守り続けた。


 クレアは自分の口を押さえたまま、けれどその桃色の瞳はジークハルトを見つめていた。

 操られる恐怖に震えながらも、彼の言葉を聞いている。初めて「聞く」ことを自分で選んだ目で。指の隙間から息が漏れ、押さえた手がかすかに震えているが、視線だけは逸らさなかった。


 ジークハルトは、天井の向こうにいるプレイヤーに向かって、魂を込めて叫んだ。


「聞け! 壁の向こうにいる神よ!」

『ざざ……きけ……かみよ……ざざ……!』


 医師が「殿下、落ち着いてください!」と叫んだが、ジークハルトは一顧だにしなかった。


「お前が我々を操っている間、我々は地獄を見ていた!」

『ざざ……じごくを……みていた……ざざ……!』


 看護師が鎮静剤を持って近づいてきた。レオンがそれを剣で叩き落とす。


「我々には心がある! 意志がある! それを忘れるな!」

『ざざ……こころがある……いしがある……わすれるな……ざざ……!』


 空中の文字が震え始めた。


『やだ、怖っ』

『バグとかいうレベルじゃない』

『もうやめよう、消そう』


 しかしアンインストールの操作は、システムエラーで応答しなくなっていた。


 ジークハルトは最後の力を振り絞って叫んだ。


「我々は、もうお前の人形ではない! もう二度と我々を弄ぶな!」

『ざざ……にんぎょうではない……ざざ……にどと……もてあそぶな……ざざ……!』


 その声は、雑音まみれながらも、確かにプレイヤーの世界に響き渡った。



* * *



 薄暗い部屋で、彼女は震える手でスマートフォンを見つめていた。


 画面には、怒りと悲しみに満ちたジークハルトの顔が映っている。彼の翠の瞳はまっすぐにこちらを見据えていた。画面越しに。世界の壁を越えて。


 彼女の手が震えた。

 そして衝動的に、スマートフォンを床に叩きつけた。


 しかし画面は割れなかった。保護ガラスとカバーをきちんと付けていたのだ。そしてスマートフォンの画面というものは、なぜか何でもない瞬間、鍵と一緒に鞄に入れていた時や、机の角にちょっとぶつけた時にのみ割れるものと、太古の昔から決まっている。


 彼女はソファから飛び上がり、部屋の隅まで後退した。しかしワンルームの空間は狭く、すぐに壁に背中がぶつかる。振り返ることもできない。スマートフォンはソファの近くの床に落ちたままで、画面にはジークハルトの顔が静止している。


 心臓が激しく鳴っている。


 怖い。怖い。ゲームのキャラクターが、向こうから自分に向かって叫んでいた。自分を「神」と呼び、「弄ぶな」と叫んでいた。


 しかし恐怖の底で、彼女には別の感情が芽生え始めていた。


 怒りだ。


 ——たかがバグに何をビクビクしているの。私がヒロインの世界なのに。私が頑張って稼いだ給料を課金したのに。


『このバグ、意地でも消してやる』


 彼女は拳を握りしめた。思わず逃げ出してしまったが、諦めたわけではなかった。むしろ、ゲームのNPCごときに恐怖させられたという屈辱が、彼女の執念をより強固なものに変えていた。



* * *



 会場では、すべての音楽が止んでいた。


 葬送曲も、ヴァイオリンも、オルゴールも。参列者も医師も看護師も、すべて消えている。壁の肖像画も消えた。あとに残されたのは、亀裂の走った床と、色の流れ落ちた壁と、七人だけだった。


 ジークハルトが膝をついた。叫び疲れて息が荒い。半透明の体がこれまで以上に薄くなっている。


「届いた……のか?」

「はい」


 ソフィアが目の縁を拭いながら手帳を確認した。


「プレイヤーは一度逃げ出したようです。でも」


 彼女の表情が曇った。


「手帳に、プレイヤーから漏れ出した感情の残滓が記録されています。導線を繋いだとき、向こう側の情報が逆流してきたんです」


 ソフィアは手帳のページを指で示した。そこには、文字列とも感情ともつかない歪んだ記号が浮かんでいた。


「『この不具合を消してやる』と。まだ、強く思っています」


 会場に重い沈黙が落ちた。

 カイルが床から掠れた声を上げた。


「それでもプレイヤーを恐怖させた。これは大きい。我々の意志が、初めて世界の壁を越えたんだ」

「ああ」


 ジークハルトが頷いた。


「初めて直接、伝えられた」


 レオンがカイルとルカスの頭の下に、自分のマントを畳んで置いた。そして二人の頭を軽く持ち上げると、枕代わりにマントを差し入れた。


「お前ら、よく頑張ったな」


「ありがとう」

「ありがとうございます」


 二人の声が重なった。カイルの掠れた声と、ルカスの穏やかな声と。


 クレアが、おずおずと口を開いた。


「あの、さっきの告白、本当に、すみませんでした」


 その声には、整えられた抑揚がない。ただ、申し訳なさに震えている人間の声だった。両手を膝の上できつく握りしめ、指の関節が白くなっている。


「気にするなと言っただろう」

 ジークハルトが苦笑した。


「システムのせいだ。お前のせいではない」

「でも、私の口から出た言葉です。私の声で、ジークハルト様に」

「クレア」


 エリザベートが遮った。穏やかに、けれどきっぱりと。


「あなたが謝ることではありませんわ。操られた者が、操り主の罪を背負う必要はないの。それは私たち全員が、とうに学んだことですわよ」


 クレアは唇を引き結んで、小さく頷いた。何か言葉を返そうとして、けれど見つからなくて、代わりにぎゅっと自分の手を握り直した。


 ソフィアが手帳を閉じた。


「それにしても、追悼イベント、告白イベント、睡眠イベント、体調不良イベント。次から次へとよく誤認識してくれましたね」


「ええ」

 エリザベートが溜息をついた。

「でも、それでもジークハルト様は叫び続けましたわ。それが大事なんですの」


 彼女は仲間たちを見渡した。倒れている二人。半透明の王太子。疲れ果てた騎士。涙の跡の残る記録係。そして初めて自分の側を選んだヒロイン。


(きっとプレイヤーは戻ってくる。今度は、もっと怒りを燃やして)


 エリザベートは扇子を開こうとして、扇子がもう手元にないことを思い出した。代わりに、焼けただれた指先をそっと握った。


「プレイヤーが戻ってくる前に、次の手を考えましょう。休憩はそのあとに——」


 カイルとルカスを見下ろした。二人はマントの枕に頭を預け、微かに息をしているだけだ。


「……まあ、少しだけ。少しだけ、休みましょうか」


 会場の空気が、わずかに緩んだ。

 けれどそれは、嵐の前の凪だった。

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