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乙女ゲームの世界に反旗を──我らNPCは運命を書き換える  作者: 宗像 凪


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第3話:不協和音の祝宴

 始業式が終わり、学園の大食堂では祝宴が開かれていた。


 シャンデリアの光がグラスに反射し、テーブルには色とりどりの料理が並んでいる。香ばしいローストビーフの匂い、甘いフルーツタルトの香り、温かいスープから立ち上る湯気。生徒たちの華やかな笑い声が食堂全体を包み、ナイフとフォークが皿に触れる音が響く。


 エリザベートは会場の隅で、紅茶のカップを手で揺らしながら、静かに周囲を観察していた。


「さて、どこから手を打つべきかしら」


 彼女の視線の先には、それぞれ壁際で孤立している四人の青年たちがいた。

 王太子ジークハルト。神官のルカス。そして、エリザベートの幼馴染ともいえる近衛騎士団長の息子レオン。さらに、図書館で魔術の議論を交わす仲である宮廷魔導師の嫡男、カイル・オーウェン。


 彼らがこの祝宴の喧騒に馴染めていないのは明らかだった。カイルは眼鏡を押し上げながら、手にした魔術書に険しい視線を注いでいる。レオンは立派な体躯を壁に預け、何かに耐えるように腕を組み、近づく者を拒むような空気を纏っていた。


「エリザベート様」


 隣でソフィアが声を潜める。彼女の抱える手帳は、時折不気味な青白い微光を放っていた。


「もし、クレアに私たちの動きが察知されたら……」

「大丈夫よ。あの子は今、取り巻きの令息たちに囲まれて忙しいようですもの」


 エリザベートは、会場の中心で「うっかり果実水をドレスにこぼしてしまった」という騒ぎを起こしているクレアを一瞥した。

 周囲にはすっかり彼女に魅了されたらしい下級貴族の令息たちが群がり、あれこれと世話を焼いている。染み抜きの方法も知らない令息がクレアに侍っているよりも、誰かがメイドの一人でも連れてくる知恵はないのかと、エリザベートは冷めた感想を抱いていた。


「まずは、あの二人から始めましょう」


 クレアから視線を外すと、エリザベートは不機嫌を絵に描いたような顔をしているレオンとカイルの元へ歩き出した。



* * *



「相変わらず、可愛げのない顔をしていらっしゃること。レオン」

「……エリザベートか。お前、音もなく近づくのはやめろ。いや、その。お前が来ると、ろくなことにならない気がしてな」


 エリザベートの声に、赤髪の青年が肩をびくりと揺らした。


 レオンは幼馴染であるエリザベートに対し、苦手意識を隠せないようだった。

 八歳の頃、エリザベートは剣の訓練で「力任せに振り回すだけでは、真の騎士にはなれませんわよ」と彼に指摘し、十二歳の頃には戦術の議論で完膚なきまでに論破した。そしてエリザベートは優雅に扇子を開いて高笑いをしたものだ。やりすぎだという周囲の声もあったが、そのたびにレオンの能力は向上した。感謝されこそすれ、非難される理由はないはずだ。


「あら、ご挨拶ですわね。それよりレオン、あなたもお感じになっているのではないかしら? その拳が、自分の意志とは無関係に震えている理由を」


「……お前は、そういうところは目敏いよな。俺は、さっきの始業式で、あの女を『守るべき花』だなんて思って、体が勝手に一歩踏み出しそうになった。脳の中に直接誰かの声が響くような、あの吐き気のする感覚……」

「やはり、あなたもそうなのね」


 レオンの言葉に深く共感し、エリザベートは隣にいたカイルにも視線を向けた。


「カイル様。あなたほどの魔導師が、この不自然な祝宴に違和感を抱かないはずがありませんわよね?」


「……呼び捨てで構わないと言ったはずだが」

「まあ。それは、カイル様が『エリザベート嬢』などとお呼びになるからですわ」

「魔術を淑女の教養程度にしか扱わない不真面目な徒には、いまだ心を開きかねているのでね。君との距離感は、君の態度次第だ」


 カイルは冷たく言い放ち、眼鏡を光らせた。


 エリザベートは内心で苦笑した。この男は、魔術に対する姿勢で人を測るらしい。呼び捨ての関係となるには、もう少し信頼を積み重ねる必要がありそうだ。


「ご忠告、痛み入りますわ。では、カイル様。本題に入ってもよろしいかしら」

「認めたくはないが、指摘の通りだ。この世界の魔力の流れが異常だ。特定の場所で魔力が不自然に集中し、私たちの行動が何かに……『台本』によって捻じ曲げられている」


「詳しいお話は、別の場所で」


 エリザベートは二人に囁き、さらにジークハルトとルカスへ合図を送った。



* * *



 夜が深まった頃、一行は学園の奥にある薔薇園へと集まっていた。月明かりに照らされた薔薇は、風もないのに一定の周期で不自然に揺れている。


 六人が静かに円を作った。ジークハルト、ルカス、レオン、カイル、ソフィア、そしてエリザベート。

 あの卒業パーティーで、世界が崩壊した時。無言のうちに交わした視線。恐怖と困惑の中で、確かに伝わった想い。


 自分たちは、一体何なのか。

 その答えを求めて、六人はここに集まったのだ。


「よく集まってくださいましたわ。ジークハルト様、ルカス様」

「エリザベート。すまない、先ほどの式典では、醜態をさらした」


 ジークハルトが苦渋に満ちた顔で言った。

 壇上でのあの熱情的な演説、そして不自然なまでの感銘。彼自身の誇りがそれを汚点として刻んでいた。


「殿下だけではありません。私も、あの中庭で彼女……クレア・フランソワを聖女として称える言葉を吐かされました」


 ルカスが手を胸の前で組みながら、声を絞り出した。


「エリザベート様。あなたが中庭の陰から私たちを見ていたのは気づいていました。私の、あの魂の抜けたような賛辞を、さぞ冷ややかにご覧になったことでしょう」


 エリザベートは眉一つ動かさず、優雅に扇子を開いた。


「冷ややかに、ですか? なぜ、そのようにご自分を卑下されるのでしょう? ルカス様、わたくしは恐怖していましたのよ。あなた方ほどの方が操られるのを目の当たりにして」


 エリザベートの言葉に対し、ルカスは灰色の瞳をわずかに見開き、意外そうな顔をした。


「さて。単刀直入に申し上げますわ。皆様は、卒業パーティーの記憶をお持ちですか?」


 沈黙が流れた。やがて、ジークハルトが重い口を開いた。


「ある」


 その一言が、すべてを物語っていた。


「では、わたくしから話させていただきますわ。あの日、卒業パーティーでジークハルト様は、クレアという女生徒に対し非道な行いをしたとして、わたくしとの婚約破棄を宣言なさいました。その時、わたくしの口は勝手に動いて……『ぐぬぬぬぬ』などという奇妙な音を出しました。自分の意志とは関係なく」


「それ、俺も見た! いや、覚えてる!」


「そしてその後、世界が壊れ始めました。会場の壁が四角いブロック状に崩れ、シャンデリアが歪んだ形に変形して。貴族たちの顔が平面的になって、目が点のような単純な形になって」


 エリザベートの言葉にレオンが叫び、ジークハルトが苦々しく表情を歪める中、ルカスとカイルが続いた。


「そう、私も……鏡に映る顔が、見たこともない記号に変わっていました。自分では、何の痛みも感覚もないのに」


「私もだ。眼鏡が四角い板状に変形した。顔が変わったかどうかは不明だが」


「私もです。自分の意思とは関係なく手帳に変なことを書き始めて、それから口が勝手に『好感度マイナス15ポイント』とか読み上げて……」


 ソフィアが声を震わせながら言葉を継ぐと、エリザベートは空を見上げた。


「そして、空に浮かび上がった文字。『HAPPY END』『TRUE LOVE ACHIEVED』『悪役令嬢撃退成功』……加えて、巨大な目玉が空から覗いていました」


「私も君と同じものを見た。あと、女性のものらしき声を聞いた。確か、『バグってる?』『リセットしよ』……だったか」


「その後、世界が真っ白な光に包まれて……次に目が覚めたら、わたくしは始業式の朝でした」


 エリザベートの言葉に、一同は息を呑んだ。

 記憶を一つにすり合わせたカイルが、冷静に分析する。


「つまり、私たちは時間を巻き戻された。そして、その記憶を保持したまま、もう一度この日を迎えている」


「その通りですわ。そして、今日の始業式でも、異常なことが起こったはずです。ジークハルト様、ルカス様」


 水を向けられ、ジークハルトが重く口を開く。


「式典でのことは、皆も承知していると思う。その後、私は中庭でクレアと会った。いや、『会わされた』と言うべきか。体が勝手に動き、彼女の手に口づけをし、名を尋ねた。女衒のような台詞を、自分の意志とは関係なく口にした」


「私も、です。クレアは確かに癒しの魔力の持ち主ですが、あくまでも数多の『聖女候補』の一人に過ぎません。なのに、大聖女のように殿下に紹介し、彼女への賛辞を……神への祈りではなく、彼女個人への賛美を口にさせられました。私の信仰が、彼女のための舞台装置にされたのです」


「なあ、あの卒業パーティー。あれは、夢だったのか? でも、こんなにはっきりと覚えている」

 レオンが壁を拳で叩くと、エリザベートは静かに首を振った。


「夢ではありませんわ。わたくしとソフィアは、今日、中庭でジークハルト様とルカス様が操られているのを物陰から観察していました」

「観察? 趣味が悪いな」

「悪く思わないでくださいませ。必要なことでしたし、おかげで重要な知見が得られましたわ。クレアが視界から消えた瞬間、お二人は正気を取り戻されました。つまり、クレアがいると、わたくしたちは操られる」


「興味深い。距離や視界が、支配の強さに関係しているということか」

「そう考えていますわ」


 カイルの分析にエリザベートが応じると、ソフィアの手帳が青白い微光を放ち始めた。


「私の手帳には、これから起こることが予告として現れるみたいです。『イベント時間』と『空白時間』が表示されて……イベント時間は体が勝手に動きますが、空白時間は比較的自由に動けるようです」

「つまり、今は空白時間だから、こうして自由に話せるってことか」


 ソフィアの言葉にレオンが納得したように呟くと、カイルが眼鏡を光らせながら結論を口にした。


「整理しよう。私たちの意志を奪い、体を操り、世界の色彩すら変えてしまう力。ソフィアの手帳に予告を刻む力。そしてクレアを中心に発動するらしい力。これらは同一の仕組みが引き起こしていると考えるのが自然だ」


「仕組み、とおっしゃいますと?」


「名もなき力を論じるのは非効率だ。仮称をつけよう。私たちの行動を管理し、決められた筋書きを強制する、いわば世界そのものを統御する仕組み、体系、機構。つまり『システム』だ。以降、この力を『システム』と呼ぶことを提案する」


「システム、か。名前をつけるだけで、得体の知れない恐怖が幾分か薄れるものだな」

 ジークハルトが低く繰り返した。


「ええ。そして、すべての異常は、あの子、クレアを中心に起きています」

「クレアが、黒幕だと?」

「ええ。あの卒業パーティーは、『HAPPY END』なのだそうです。ですが、誰にとってのハッピーエンドなのでしょう?」

「それは、単に物語の結びの定型文だろう。だが、あの結末が我々にとって幸福なのかと問われると……」


 エリザベートの問いに、ジークハルトが顎に手をあてて考え込む。それを見据え、エリザベートは重ねて問いを投げかけた。


「婚約を一方的に破棄し、アルトマール公爵家の支持を失うであろうジークハルト様のその後は、幸福なものでしょうか? 公衆の面前で一人の令嬢を罵ったレオンの行為は、騎士として相応しいものに映ったでしょうか? わたくしを糾弾したカイル様の論理は、どう考えても破綻していました。それで貴方はずっと満足していらっしゃったのかしらね? 神への信仰よりも一人の少女への崇拝を選んだルカス様の御心は、果たして平穏でしたでしょうか?」


「……俺は女を甚振って喜ぶほど落ちぶれちゃいねえぞ」

「君の皮肉を受け入れよう。記憶にある私の示した『証拠』は、どう考えても証拠とは呼べない代物だった。私の矜持が許さない」


 それぞれの痛烈な反応を見届け、エリザベートは冷ややかな声で告げた。


「そう、ここにいるどなたにとってもハッピーエンドではありません。あれは、クレアが主人公の物語のハッピーエンドなのです。わたくしたちは脇役、もっと言えば駒に過ぎない」


「……それでは、わたしたちの意志は? わたしたちの信仰は?」

 ルカスが振り絞るような声で問うが、それに対する優しい答えをエリザベートは持ってはいなかった。

 

「すべて、無視されますわ。わたくしたちには『役割』が与えられている。ジークハルト様は『クレアに恋をする王子』、ルカス様は『クレアを聖女として崇める神官』、レオンは『クレアを守る騎士』、カイル様は『クレアの魔法の師匠』、ソフィアは『クレアを助ける親友』、……そしてわたくしは『皆様の邪魔をする悪役令嬢』」


「つまり、俺たちは物語の中で役割を与えられた人形だってことか。ふざけるな。俺は、お前みたいに生意気な女にやり込められる日常の方が、あんな甘っちょろい操り人形になるより数倍マシだ!」

「あら、素敵な褒め言葉ですわ。おーほっほっほ!」


 怒りに染まるレオンをエリザベートは優雅に高笑いしてやり過ごすと、議論を核心へ進めた。


「わたくしたちは秘密同盟を結成します。目的は、わたくしたちの自由意志の完全な奪還。ですが、闇雲に動くのは危険ですわ。まずは、『システム』が次に何をさせようとしているのか。それを観察し、データを集める必要があります」


「エリザベート様、新しい文字が出ています。次回予告……『明日10時、廊下の曲がり角での衝突! 対象:レオン・バートリ』」


「曲がり角での衝突? ずいぶんと陳腐な展開だ。おそらく、レオンがクレアとぶつかり、彼女を抱きとめることでドラマチックな親密さを演出する、といったところだろう」

「うっ、やめてくれ! 考えただけでゾッとする」


 カイルの予想にレオンが腕の鳥肌をさすったのを見て、エリザベートは不敵に微笑んだ。


「面白いわ。まずはその『イベント』を観察し、わたくしたちが意識を保ったまま回避、あるいは干渉できるかを試しましょう。運命の筋書きを、演者が書き換えて差し上げるのです」


 ジークハルトがエリザベートの手を取った。その手は冷たい。これほど鮮やかに場を支配してみせる令嬢の手が、こんなにも冷え切っているとは、とジークハルトは思った。


「エリザベート。君のその強欲さと冷徹さが、今だけは頼もしく思える。この歪んだ物語の結末を、我々の手で握り潰そうではないか」


 言葉は協力的だが、その態度は冷ややかだった。優秀だが高慢。それがジークハルトの中のエリザベート像だった。ただ、先ほどの分析の切れ味には舌を巻いた。一人で全員の状況を整理し、仮説を組み立て、同盟の結成まで導いてみせる。この胆力は、高慢とは違う何かだ。いや、今はそんなことを考えている場合ではない。


 エリザベートはそれを理解していた。彼らは自分を好いているわけではない。ただ、共通の敵に対抗するために、手を組んだだけ。

 それでいい。


 薔薇園を渡る夜風が、規則正しく花びらを散らしていく。完璧すぎるその光景に、六人の意志という「ノイズ」が静かに、しかし確実に混じり始めていた。


 たとえ相手がどれほど強大な力を持っていようとも。

 今度こそ、自分たちの意志で生きてみせる。

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