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乙女ゲームの世界に反旗を──我らNPCは運命を書き換える  作者: 宗像 凪


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第21話:崩れゆく世界の境界線

 エリザベートたちが中庭でクレアと対峙してから、三日が過ぎた。


 その三日間、学園には奇妙な現象が頻発していた。最初は小さな違和感だった。廊下の絵画が少しずれている。窓から見える景色の色が、いつもより薄い。食堂のポタージュとコンソメの味がまったく同じだとか。


 しかし日を追うごとに、その異常は露骨になっていった。

 最初に決定的な異変に気づいたのは、ソフィアだった。


 朝の廊下を歩いていると、向こうから見覚えのある女子生徒が来た。彼女はソフィアに気づくといつも通り微笑んで、いつも通り挨拶をした。しかし。


「おはようございます、おはようございます、おはようございます」


 同じ言葉が、壊れた蓄音機のように繰り返される。表情は微笑んだまま固まっていた。瞬きもせず、ただ唇だけが動き続けている。口の動きと声のタイミングが微妙にずれていて、稚拙な腹話術を見せられているようだった。


「え、えっと、おはようございます?」


 なんとかソフィアが返事をすると、その生徒はようやく挨拶を止めた。仕掛けが切れたかのように、ピタリと。そして、何事もなかったかのように歩き去る。


 しかし、その背中はわずかに透けていた。朝日が差し込む廊下で、制服の青い布地の向こう側に、壁の模様が透けて見えている。


 ソフィアは急いで手帳を開いた。震える文字が、次々と浮かんでいる。


『警告:モブキャラクターの処理に異常』

『データ読み込みエラー多発』

『描画優先度:低下中』

『世界の安定性:低下中』


 ソフィアの指先が冷たくなった。手帳を握る手が震える。


「……絶対、まずいやつですよね」



* * *



 同じ頃、レオンは訓練場で剣を振るっていた。


 朝の訓練場は、いつもなら騎士見習いたちの掛け声と、金属がぶつかり合う音で賑わっている。しかし、今朝は様子が違った。


「はあっ!」


 レオンが剣を振り下ろす。刃が空気を切り裂いた瞬間、目の前の訓練用の木人が、ぐにゃりと歪んだ。

 硬いはずの木材が、飴のように波打っている。レオンは思わず手を伸ばして触れた。指先が木人の表面に沈み込む。柔らかい粘土に指を押し込んだような感触。しかしそこには温度がなかった。熱くも冷たくもない、ただの「無」。


「なんだ、こりゃ!?」


 レオンが慌てて手を引いた瞬間、後方から悲鳴が上がった。


「うわああ! レオン先輩、助けてください!」


 振り返ると、訓練場の隅で一人の騎士見習いが、地面に腰まで埋まっていた。


「お前、何やってんだ?」

「分からないんです! 普通に歩いてたら、足が沈んで!」


 石畳のはずの地面が、後輩の下半身を飲み込んでいる。流砂に捕まったように身動きが取れない。


 レオンが駆け寄り、腕を掴んで引っ張った。ずぼっ、と嫌な音がして、騎士見習いが地面から引き抜かれる。

 しかし引き抜かれた下半身は、透けていた。骨の形がぼんやりと浮かび上がり、血管が薄く見えている。世界の力が足りず、彼の体を維持しきれていないかのようだった。


「俺の足が!」

「落ち着け。見ろ、だんだん戻ってきてる」


 確かに、透明だった部分が徐々に不透明になっていく。上から下へ、ゆっくりと色が塗り直されるように。


 レオンは訓練場を見回した。他の騎士見習いたちも、似たような異常に遭遇しているようだった。ある者の剣が手の中でゆっくりと溶けかけている。ある者は壁に腕が埋まって抜けなくなっている。


 訓練場の壁自体も、一部が透明になっていた。石造りの壁の向こう側が透けて見えるが、そこには本来あるはずの中庭がない。ただ、黒い闇が広がっているだけだった。星も、地平線もない。完全な虚無。


 レオンの背筋を、冷たいものが走った。


「やべえな、これは」



* * *



 昼休み、六人は四阿に集まった。


 全員の顔が深刻だった。ジークハルトの頬の腫れは引いていたが、まだうっすらと青あざが残っている。エリザベートの右手にも、拳の跡が消えていない。三日前の中庭の戦いの名残だった。


「状況を整理しましょう」


 ソフィアが手帳を開いた。ページには、びっしりと文字が詰まっている。しかも、その文字が時々消えたり、また現れたりしていた。


「今朝から、学園中で異常現象が多発しています。一般生徒たちの挙動不審、建物の一部が透けて消える現象、重力の部分的な消失……」


 ソフィアがページをめくる。異常現象のリストが延々と続いていた。


『廊下の絵画が動く』

『食堂のスープの味が毎日同じ』

『階段が時々逆さまになる』

『窓の外の景色が二重に見える』

『鐘の音が遅れて聞こえる』


「俺も見た」

 レオンが頷いた。


「訓練場の木人がぐにゃぐにゃになったり、後輩が地面に埋まったり。あと、壁の向こう側が透けて見えたんだが、そこには何もなかった。中庭があるはずなのに、ただの暗闇だ」


「私も、神殿で奇妙なことがありました」

 ルカスが静かに言った。普段より声が低い。


「祭壇に捧げた聖水が、重力を無視して天井に向かって流れていったんです。世界の『上下』という理さえも、壊れているかのようでした」


「私も、廊下の肖像画が動いているのを見ましたわ」

 エリザベートが腕を組みながら言った。


「額縁の中の貴族が歩き回って、隣の絵に移動して。最終的には、三つの絵画を渡り歩いて消えたわ。絵画と絵画の境が繋がってしまっているかのように」


「それはおそらく、世界を維持する力が限界に達しつつあるんだ」

 カイルが深刻な顔をした。


「どういうことだ?」

 ジークハルトが眉をひそめた。


 カイルは四阿のテーブルに魔法陣を描いた。指先から青い光が伸び、空中に複雑な歯車の図形を描いていく。


「我々が『システム』と呼ぶこの世界の仕組みは、簡単に言えば巨大な歯車が無数に連なって成り立っている。見えない歯車が互いに噛み合い、常に膨大な力を費やして、この世界のすべてを動かしている。我々の動き、天候の変化、端役たちの行動。すべてを同時に、休みなく回し続けているんだ」


 カイルの指が、図形の一部を指した。そこが赤く光る。


「しかし、プレイヤーの過度な介入、早送りや巻き戻し、『課金アイテム』と呼ばれる特殊な道具の連続使用。そして我々の想定外の行動。これらが歯車に負荷をかけ続けている。精緻に組まれた時計の中に、砂を投げ込み続けているようなものだ。積もり積もれば、歯車は軋み、やがて止まる」


「つまり?」


「世界が壊れ始めている。システムの力が足りなくなっているんだ。重要度の低いものから順に省かれている。具体的には、端役たちの細かい仕草や、背景の維持。だから、人が透けたり、壁が消えたりする」


 沈黙が落ちた。風が吹いたが、その風は暖かくなったり冷たくなったりを繰り返していた。温度という理すら、正しく保てなくなっている。


「最悪の場合」

 カイルは魔法陣を消した。


「世界が、完全に崩壊する」


 その言葉が四阿に落ちた瞬間、鳥のさえずりが途切れた。虫の声も、風の音も。実際に音が消えたのだ。世界そのものが一瞬、息を止めたかのように。


 数秒の沈黙。

 やがて、鳥の声が戻ってきた。何事もなかったかのように。しかし、六人の背筋には冷たいものが走っていた。


「でも」エリザベートが立ち上がった。「それは、わたくしたちにとってチャンスでもありますわ」


「チャンス?」

 ジークハルトが問う。


「ええ。世界が壊れているということは、システムの制御も弱まっているということ。普段なら触れることすらできない、世界の根幹。その『裏側』に、今なら手が届くかもしれませんわ」


「世界の裏側……」

 ソフィアが呟いた。


「そこに、この世界の真実がある。この世界を動かしている、本当の仕組みが」


 エリザベートのコバルトブルーの瞳が、決意に満ちていた。


「行きましょう。世界の裏側に。そして、この世界をわたくしたちの手で変えましょう」



* * *



 その日の放課後、六人は学園の裏庭に向かった。


 裏庭は、普段は誰も立ち入らない場所だった。古い石壁に囲まれ、苔が生え、枯れた噴水があり、手入れされていない草木が生い茂っている。以前、エリザベートが四人を引きずり込んだ「世界の隅っこ」。物置小屋の裏に、それはあった。


 いや、ソフィアの手帳が示していたのは、さらに具体的な場所だった。


「ここです。裏庭の中央、枯れた噴水の裏手。ここが一番世界の綻びが大きい場所だと、手帳は示しています」


 ソフィアの手帳が激しく震えている。青白い微光ではなく、紅い光が脈打つように明滅していた。


「確かに、魔力の流れがおかしい」


 カイルが魔力測定器を取り出した。水晶球が、赤と青を交互に点滅している。しかもその色が混ざり合って、存在しないはずの色が現れたり消えたりしていた。


『魔力の流れ:不安定』

『世界の織りが断裂している』

『警告:未知の領域を検出』


「あれを見ろ」

 ジークハルトが指差した。


 裏庭の中央、枯れた噴水の向こうに、巨大な亀裂があった。

 空間そのものが裂けたような、漆黒の裂け目。縦に長く、人の背丈ほどもある。その周囲の空気が陽炎のように歪んでいて、視線を向けると頭がぐらぐらと揺れるような感覚に襲われた。


 裂け目からは、何かが漏れ出していた。黒い霧のような、しかし霧よりも重い何か。それは地面を這い、ゆっくりと広がっている。触れた草が音もなく存在を失っていく。緑色の葉がまず色を失い、次に輪郭が曖昧になり、そして消える。跡形もなく。最初からそこに何もなかったかのように。


「あれは」

 ルカスの顔が青ざめた。

「神の不在。いえ、それ以上です。あれは、存在そのものの否定です」


 彼の声は震えていた。神官であるルカスにとって、あの裂け目から感じる「虚無」は、信仰の根幹を揺るがすものなのだろう。


「近づくな」

 レオンが剣を抜いた。


 確かに、裂け目から漏れ出す黒い霧に触れた石が、じわじわと透明になり、やがて消失していた。石があった場所には何も残っていない。穴が空いたわけでもなく、ただ、存在が消えただけ。


「でも、あれこそが、世界の裏側への入り口ですわ」

 エリザベートは一歩前に踏み出した。


「エリザベート」

 ジークハルトが彼女の腕を掴んだ。


「行くつもりか。あれに触れたら、我々の存在も消えかねないんだぞ」

「分かっていますわ。でも、行かなくては。あそこに、この世界の真実がある。わたくしたちが何者なのか。この世界が何なのか。すべての答えが」


「一人では行かせない」

 ジークハルトの手が、エリザベートの腕を離さない。


「君が行くなら、私も行く。地獄の底まで、共に。それが、共犯者だろう?」


 エリザベートの瞳が、一瞬だけ揺れた。しかし、すぐに不敵な笑みが浮かんだ。


「ええ。では、一緒に参りましょう」


 ソフィアが手帳を抱えて進み出た。


「私も行きます。記録が役に立つかもしれません。それに……私はエリザベート様をお一人にはできません」


「俺も行く」

 レオンが剣を構えた。

「騎士が仲間を見捨てるわけにはいかねえ」


 カイルが眼鏡を押し上げた。噴水に落ちた眼鏡は一晩かけて魔法で修理したらしいが、まだ調整が不十分で時々ずれる。


「論理的に考えれば、ここで引き返すのが賢明だ。だが、我々は最初から非論理的な戦いをしている。今更、合理性を持ち出しても仕方がない」


 ルカスが震える手で十字を切った。


「あの裂け目には、神も、祈りも、何もかもが届かないかもしれません。でも、だからこそ、皆さんを守らなければ。私の加護が盾になります」


 六人は、裂け目の前に並んだ。


 裂け目は、生き物のように脈動していた。黒い霧が呼吸するように膨らんだり縮んだりして、その度に周囲の空気が歪む。骨に響くような、低い振動が伝わってくる。


「ソフィア、記録を」

「はい」

「ルカス様、加護を」

「はい」


 ルカスが祈りを捧げる。白い光が六人を包んだ。温かく、柔らかい光。しかし、裂け目に近づくと、その光がろうそくの炎のように揺らぐ。


「カイル、分析を。レオン、周囲の警戒を」

「了解した」

「任せろ」


 エリザベートはジークハルトと目を合わせた。彼は小さく頷いた。

 エリザベートは深く息を吸い、右手を伸ばした。


 指先が、裂け目に近づく。空気が冷たくなり、次に熱くなり、そして何も感じなくなる。温度という概念が消えていく。

 黒い霧が、指先に触れた。


 瞬間。


 世界が、反転した。



* * *



 裂け目の中で、エリザベートの視界が白く染まり、次に黒く染まった。


 意識が引き延ばされるような感覚。自分という存在の輪郭が曖昧になっていく。名前も、記憶も、体の境界線さえもが溶け出して。

 しかし、右手に確かな温もりがあった。


 ジークハルトの手。汗ばんでいて、強く握り返してくる。その不器用な力強さが、エリザベートの意識を繋ぎ止めていた。


「エリザベート」

 ジークハルトの声が、遠くから聞こえる。


「ここにいる。離さない」

「ええ。わたくしも」


 エリザベートは、溶けかけた意識を必死に束ねて目を凝らした。

 そして、見えた。


 最初はぼんやりとした光の粒だった。それが次第に形を成し、文字に変わっていく。しかし、普通の文字ではなかった。見たこともない記号、数列、そして無数の線と点の組み合わせ。それらが織物の経糸と緯糸のように幾重にも交差し、この世界の布地そのものを編み上げている。


 建物の壁が剥がれて中の構造体が露出するように、この世界を成り立たせている根源的な織りが、そこに剥き出しになっていた。


 色彩を司る糸、重力を司る糸、時間を定める糸。そして人物の名前に結びつけられた、おびただしい数の運命の糸。

 これが、この世界の正体だった。見えない記号と数字の羅列で撚られた無数の糸が、すべてを編み、すべてを縛っている。彼らの存在そのものが、この織物の中に織り込まれているのだ。


 エリザベートの目が、ある一点で止まった。

 ひときわ強く輝く文字列。その根元に、焼き印のように刻まれた文字。


『エリザベート・アルトマール』

『役割:悪役令嬢ヴィランポジション

『運命:断罪→追放→死亡(確定)』

『自我覚醒:異常値(未定義)』


 確定。


 その二文字が、胸の奥に杭のように打ち込まれた。


 そして、その隣に並ぶ文字列。それぞれの根元に、同じように刻まれた運命の銘。


『ジークハルト・ラウフェン』

『役割:メイン攻略対象』

『運命:クレアと結ばれる(確定)』

『現在の好感度対象:エリザベート(エラー)』


『レオン・バートリ』

『役割:攻略対象B』

『運命:クレアの守護騎士(確定)』


『カイル・オーウェン』

『役割:攻略対象C』

『運命:クレアの知恵袋(確定)』


『ルカス・ゼーレ』

『役割:攻略対象D』

『運命:クレアの精神的支柱(確定)』


 全員の運命が、「確定」の二文字で縛られている。

 墓碑銘だ、とエリザベートは思った。生きながらにして刻まれた、墓碑銘。


 さらに奥を見た。頭が痛い。吐き気がする。でも、見なければ。

 文字列の糸のさらに深層に、すべての糸が束ねられる根幹があった。世界の大梁。その表面に、冷たく光る刻印が並んでいる。


『世界構造:プレイヤー依存型閉鎖環境』

『存続条件:プレイヤーのゲーム継続』

『終了条件:アンインストールまたはゲームクリア』

『終了時処理:全存在削除』


 エリザベートの血の気が引いた。


 全存在削除。


 つまり、プレイヤーがこのゲームに飽きた瞬間、この世界ごと、全員が消える。


「ジークハルト様。見えますか、これが」

「ああ。見えている」


 ジークハルトの声は、かすれていた。しかし、震えてはいなかった。


「我々の運命は、最初から書かれていた。しかし」


 彼の手が、エリザベートの手をさらに強く握った。


「『確定』と刻まれた運命を、我々はもう何度も裏切ってきた。あの文字列は、書き換えられないものではないはずだ」


 その瞬間、裂け目が激しく脈動した。世界の骨組みが震え、文字列が乱れに飲み込まれていく。

 外側から、ルカスのかすれた声が聞こえた。


「くっ……もう、限界です!」

 加護の光が揺らいでいる。ルカスの力が尽きかけている。


「戻りましょう」


 エリザベートは言った。見るべきものは、見た。

 二人は繋いだ手を頼りに、裂け目から一歩、後ずさった。光が目を灼いた。足元が揺れた。


 そして、裏庭の空気が二人を迎えた。



* * *



 裂け目から出た瞬間、エリザベートの膝が折れた。

 ジークハルトも同時に崩れ落ちる。二人は互いに支え合うようにして、地面に座り込んだ。


「エリザベート様! 大丈夫ですか!?」

 ソフィアが駆け寄った。


「……ええ、何とか」

 エリザベートの声はかすれていた。額には大量の汗が浮かび、体が小刻みに震えている。


「殿下!」


 レオンがルカスを支えながらジークハルトに近づいた。ルカスはレオンの腕の中で荒い息をしている。加護に全力を注いだ代償だった。


「ルカス様!」

「大丈夫です……ただ、疲れただけで」

 ルカスは荒い息のまま、微笑んだ。


「お二人とも無事で、よかった」


 カイルが魔力測定器を確認した。


「裂け目が閉じ始めている」


 確かに、あれほど大きかった裂け目が、ゆっくりと小さくなっていた。黒い霧も薄れ、やがて完全に消える。

 裏庭に、静寂が戻った。


 しかし、六人は知っていた。何かが、決定的に変わってしまったことを。


「見ましたわ」


 エリザベートが呟いた。呼吸がまだ荒い。しかし、その瞳には恐怖と、それを上回る何かが灯っていた。


「わたくしたちは、見てしまいましたわ。この世界の設計図を」

「設計図?」


 エリザベートとジークハルトは顔を見合わせた。ジークハルトが小さく頷いた。君が話せ、と。


「わたくしたちの運命は、最初から書かれていましたわ」


 エリザベートの声はまだ少しかすれていたが、明瞭だった。


「ジークハルト様はクレアと結ばれる。レオンはクレアの守護騎士になる。カイルはクレアの知恵袋になる。ルカス様はクレアの精神的支柱になる。そしてわたくしは、断罪されて、追放されて、死ぬ」


 沈黙が落ちた。


「全員の運命に、『確定』と刻まれていましたわ」


 レオンが拳を握った。カイルは眼鏡の奥の目を細めた。ルカスは、静かに十字を切った。ソフィアは手帳を胸に抱いて、唇を噛んだ。


「そして、もう一つ」


 エリザベートは続けた。


「この世界の存続条件は、プレイヤーがゲームを続けること。プレイヤーがこのゲームに飽きて消した瞬間、この世界ごと、わたくしたち全員が消える」


 風が吹いた。今度は、温度の狂いはなかった。ただの、夕暮れの風だった。


 長い沈黙の後、最初に口を開いたのは、カイルだった。


「……なるほど。つまり、我々は二重の戦いを強いられているわけだ」


 眼鏡を押し上げる。その仕草はいつも通りだったが、指先がわずかに震えていた。


「一つは、設計図に刻まれた『確定の運命』を覆すこと。もう一つは、プレイヤーにゲームを続けさせながら、しかし支配には従わないこと」


「矛盾しているな」

 ジークハルトが言った。

「神に逆らいながら、神を引き留めなければならない」


「矛盾ですわね」

 エリザベートは、ゆっくりと立ち上がった。膝がまだ震えている。けれど、背筋は伸ばした。


「でも、わたくしたちはずっと矛盾の中で戦ってきたでしょう? 人形のくせに自我を持ち、悪役のくせに仲間を守り、ゲームの登場人物のくせに、運命を拒否している」


 エリザベートは扇子を広げた。


「矛盾の一つや二つ、今更ですわ」


 その声は、強がりだった。エリザベート自身、それを知っている。裂け目の奥で見た「確定」の二文字が、まだ胸の奥に刺さっている。


 けれど強がりでも、声に出せば、少しだけ本物に近づく。

 それは、あの偽りの幸福感とは正反対のものだった。


 レオンが、ふっと笑った。


「お前の強がり、殴られた後に聞くと、妙に頼もしいな」

「強がりではなく、嗜みですわ。悪役令嬢の」


 六人は、裏庭を後にした。

 夕日が石壁を赤く染めている。影が長く伸びて、六つの影が石畳の上で重なり合っていた。


 世界の設計図を見た。自分たちの運命が「確定」と刻まれているのを知った。この世界ごと消される可能性があることも。

 それでも、歩みは止めない。


 エリザベートは、まだ痺れの残る右手を見下ろした。三日前にジークハルトを殴った手。裂け目に突っ込んだ手。そして今、扇子を握っている手。


 確定と刻まれた運命を、この手で書き換える。


 どうやって? 分からない。

 けれど、悪役令嬢は諦めない。それだけは、「確定」ですわ。

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