第73話 キーガンの過去 アスラのキーガン改造計画
アスラとキーガンが出会ったのは深夜の愛比売山奥深く。
いつもならシ~ンと静まり返っている森の中だが、この日は違った。
森の奥から聞こえる叫び声についてアスラとマミは話していた。
マミ「今日は、随分騒がしいね。自殺にしては叫び声が長いし、クマに襲われているにしては言葉はハッキリしてるし何なんだろうね」
アスラ「よく聞くと何か探し物をしているようだな。耳障りだし黙らせに行って来る」
マミ「行ってらっしゃい」
森の奥ではキーガンが死ぬか生きるか悩んでいて叫び声をあげていた。
キーガン「オー・ナイン!!私はどうすればいいんだ!!死にたくない!!でも生きていけない!!この中途半端な気持ちを誰か・・・誰か助けてくれぇぇぇ!!オー・ナイン!!!!オー・ナイン!!!!!!」
アスラ「黙れ、無い物は無いんだ。物探しは諦めろ。この森の中で落とした物など見つけられるはずがない」
キーガン「ワズッ!?が、ガイスト?」
アスラ「ガイスト?何だそれは?」
キーガン「オー・・・生きてる人でよかったデ~ス」
アスラ「オレは人じゃないぞ?」
キーガン「ワズッ!?やっぱりガイスト!?」
アスラ「それより何しに来たんだ?死ぬなら早く死んでくれ。怖いならオレが手伝ってやるぞ」
キーガン「き、聞いてくだサ~イ!!私、もう訳がわかりまセ~ン!!」
アスラ「オレはもっとわからん」
キーガン「私はキーガン・ハヴェルツ。ドイツの整形外科医で最新医療を日本に教えるためやって来まシタ。自分で言うのもアレですが私は神の腕と呼ばれるほどの実力でドイツ医学の奇跡と評されていまシタ。その実力を買われてドイツの病院に引っ張りだこ、病院を転々としていました」
アスラ「ほう・・・」
キーガン「私はドイツの医者を代表してこの日本へ来たんデス!!それが・・・私は不覚にも失敗してしまったのデス!!初歩中の初歩の手術を!!神の腕!!ドイツ医学の奇跡と評されたこの私がデス!!オー マイン ゴット!!」
地面を叩きながら泣き崩れるキーガンの肩をアスラがポンッと叩く。
アスラ「死ぬ動機としては十分だ。今楽にしてやる」
キーガン「ナ~イン!!ちょっと待ってくだサ~イ!!」
アスラ「どうした?」
キーガン「私、もう東京の病院に戻れまセ~ン。国にも合わせる顔がありまセ~ン。でも死にたくありまセ~ン。一体どうすれば?」
アスラ「そんなことオレが知る訳が無いだろ。死ぬ気が無いならさっさと帰れ」
キーガンが泣きながらアスラの足にすがりつく。
キーガン「お願いデ~ス!!何とかしてくだサ~イ!!あなた只者ではありまセ~ン!!私にはわかりマ~ス!!この危機的状況を打ち破ってくれたらあなたの手となり足となり働きマ~ス」
キーガンの言葉にアスラの目が光った。
アスラ「今の状況を打破すれば手となり足となり働く・・・だと?」
キーガン「イエス」
アスラ「嘘だとわかったらその瞬間死ぬことになるぞ?本当に手となり足となり働くんだな?」
キーガン「私、嘘つきまセ~ン!!こう見えて先祖は騎士団長を務めていまシタ!!忠誠心は本物デ~ス!!」
アスラ「先祖とお前が同じだという保証もないが、まぁいいだろう」
キーガン「あ、ありがとうございマス!!」
アスラ「では準備に移らねばならんから、そこで待っていろ」
アスラはキーガンをその場で待たせ森の奥へと消えて行った。
そして数十分で戻ってきたアスラが持ってきた物にキーガンは驚愕した。
アスラ「コイツを治してみろ」
アスラは体長2メートル半はあるであろう大きなクマを担いでやってきた。
目の前で起こった非現実的な出来事にキーガンは大声で叫んだ。
キーガン「ナァァァァァ~イン!!フェ、フェアリュクト!!フェアリュクトォォォォォォ!!」
アスラ「さっきから何を言ってるかわからんが、安心しろ。コイツは動けん、死にかけだ」
ドスンと大型のクマを降ろすアスラ。
死にかけとわかっていても凄まじい迫力でキーガンは気圧されていた。
アスラ「さぁ始めろ」
キーガン「わ、ワズ?」
アスラ「言ったはずだ。コイツを治せとな」
キーガン「い、いや獣医は専門外で・・・」
アスラ「失敗してもいい。どうせ放っておいてもコイツは死ぬ」
キーガン「で、でも・・・だったらせめて獣医学の本を・・・」
アスラ「ダメだ。身体をいじくり回して自分で理解しろ。本に頼るな。獣医学の本は自分で作れ」
キーガン「お、オー マイン ゴット」
アスラは手術道具一式が入ったカバンをキーガンに渡す。
アスラ「オレの配下から貰って来た。それがあれば問題ないそうだ」
キーガン「は、配下って・・・あ、あなたは一体・・・」
突然出された難題にキーガンは分からないながらも慎重に手術を始める。
アスラが言ったように身体の中をいじくり回しながら構造を理解しようと奮闘するキーガン。
動物も人間も命は同じ。
キーガンは、このクマを助けるべく持てる力、知識をすべて使った。
そして・・・
キーガン「し、死んだ・・・し、失敗してしまいまシタ。命を救えな・・・かった・・・」
アスラ「当たり前だ。いきなりやって上手く行くわけがない。最初に言ったように失敗してもともとだ」
キーガン「わ、私は・・・」
アスラ「そう思うならこの失敗を次に繋げることだな。休んでる暇はないぞ?死にかけの動物はまだまだたくさんいる」
キーガン「え?」
ふと見ると死にかけたシカ、いのしし、猿、クマが山積みにされている。
アスラ「切り替えろ。いつまでもウジウジ悩んでいたらコイツらも殺すことになるぞ?」
キーガン「い、イエス」
その後、キーガンはガムシャラに手術をやり続けた。
やったことのない動物の手術。
当然、失敗した数は数え切れないほどだ。
しかし失敗を重ねるごとにキーガンは思う。
自分は心のどこかで慢心していたのではないか・・・その慢心が初歩的なミスに繋がったのではないか。
この手術は自分を初心に返らせるためにアスラがわざと行わせているものではないか。
キーガンは悟りを開いたような状態になる。
キーガン「ダンケ、アスラ。私、頑張りマス」
アスラ「目つきが変わった・・・現実と向き合える覚悟ができたのか。それともまた同じことの繰り返しなのか。どちらにしてもこれは見物だな」
神の腕を持つキーガン・ハヴェルツは、この日から整形外科医から獣医へと変貌を遂げる。
ともあれほとんど知識のない動物の手術などそう簡単に成功するわけもなく、成功するよりも失敗して命を落としてしまう動物の方が圧倒的に多い。
しかし、それでもキーガンは手術をする。
とにかく数をこなしていった。
数をこなすしか今のキーガンに出来ることはなかった。
キーガンは神の腕と呼ばれる前の自分の姿を思い出していた。
キーガンは始めから天才医師だったわけではなく、むしろ出来が悪い方だった。
しかし必死の努力で周りからの逆境を跳ね返して来た。
医大を受ける時も名門校を受ける時もキーガンは、たくさんの逆境に耐えながら難関を努力で突破してきたのだ。
そして月日が経ち・・・
キーガン「よし、これでこの子の治療は完了デス」
キーガンは動物の整形外科手術においては神の腕の領域まで来ていた。
アスラ「ほう・・・最初の時と比べて別人のような手さばきだな」
キーガン「フィーレン・ダンク、ヘル・アスラ」
アスラ「どういう意味だ?」
キーガン「心から感謝してマス、アスラさんって意味デ~ス」
アスラ「ほう・・・感謝か」
キーガン「私、東京の病院に戻って外科医としてもう一度やり直そうと思っていマ~ス。今ならやれる気がしマ~ス」
自信に満ちた目をするキーガン。
そんなキーガンにアスラは目を細めて言った。
アスラ「喜ぶのはまだ早い。これから最終試験を行う。その試験の結果次第でお前は絶望のどん底に落ちることになる」
キーガンの背筋が凍る。
普通、最終試験で落ちたとしても絶望のどん底に落ちるなんてことはまず有り得ない。
だがそれなりにアスラと接しているとわかるものがある。
それは・・・アスラの言ったことは必ずといっていいほど実現するということだ。
アスラ「心の整理がつき次第始めるが、どうだ?」
キーガン「だ、大丈夫デス。さ、最終試験。よ、よろしくお願いしマス」
アスラ「よし、最終試験はこれだ」
最終試験がどんなものかキーガンも息をのむ。
しかし、最終試験に出されたお題はあまりにも意外なものであった。
それはキーガンが一番最初に対峙したクマとまったく同じ傷がついた死にかけのクマだった。
キーガン「こ、これは一体・・・」
アスラ「見ての通り、最初にお前が知識も技術もない中で対峙した最初のクマだ。今のお前なら簡単に治せるはずだ。実に基本的な手術だろう?」
キーガン「ははは、これぐらいならどうってことな・・・」
この時、キーガンに異変が起きた。
キーガン「(な、なんだ・・・て、手が震えマス・・・う、動かない・・・まったく動かないデス・・・何だこの寒気は・・・ど、どうなってるんデスカ)」
アスラ「どうした?緊張してるのか?今のお前だったら目を瞑っても出来る手術のはずだが?」
キーガン「だ、ダメ・・・デス・・・か、身体が・・・動きま・・・セン」
キーガンから物凄い量の冷や汗が出る。
アスラは膝をついたキーガンを見下ろした。
アスラ「これが初歩的な手術を失敗した原因だ。お前はプレッシャーという重圧に臆して失敗したのだ」
アスラに突き付けられた真実にキーガンは茫然とする。
キーガン「ぷ、プレッシャー?どういうことデスカ?」
アスラ「そのままの意味だ」
キーガンは、半ば激昂した形でアスラに詰め寄った。
キーガン「そんなことは絶対有り得まセン!!私は多くの逆境を跳ねのけて来まシタ!!プレッシャーに滅法強いデス!!」
アスラ「お前は『こんなことはお前にはできるわけがない』、『無理だ』という難題に対する逆境には強かったのだろうが『出来て当たり前』、『出来なければおかしい』、『初歩中の初歩』といったプレッシャーには圧倒的に弱いのだ」
キーガン「そ、そんな・・・」
アスラ「つまり、お前は難題の治療案件しか受けることができず、簡単な手術はできない」
アスラにそう言い切られたキーガンは愕然としてその場で膝をつく。
神の腕と呼ばれたキーガン・ハヴェルツが簡単な手術をすることができない。
今まで築き上げてきたプライドがボロボロと崩れ落ちる。
アスラの予言通り、キーガンは今絶望のどん底に叩き落されていた。
キーガン「じゃ、じゃあ・・・じゃあ私は何のために今まで動物の手術を」
アスラ「真実を思い出すためのきっかけを作るためだ。まぁ外科手術の時だけプレッシャーの重圧が発生したということも考えられたからついでに獣医の道を作ってやろうとも考えていたが無駄な時間を費やしてしまったようだな」
キーガンは、涙を流し地面を何度も叩いて悔しがった。
キーガン「フェアダムト(ちくしょう)!!フェアダムト(ちくしょう)!!こんなプレッシャーに弱くて簡単な手術ができないなんて!!何が神の腕だ!!何がドイツ医学の奇跡だ!!もう終わりデス!!」
アスラはキーガンの胸倉を掴んだ。
キーガン「ひっ!?」
アスラ「これだけ言ってもまだ完全に思い出すことが出来ていないようだな。仕方がない。オレが思い出させてやるお前の真実をな」
その時のキーガンを見るアスラの目は冷たかった。




