第70話 ドリームキラー
アスラの足元に散らばる河西の爪・・・金属片を見て、常盤孤児院側の人々は一目散に逃げだした。
アスラは河西を掴んでいた手を離す。
河西はそのままへたり込み大声を出して泣いた。
先程まで狂気の目をした殺人鬼と同じ人間とは思えない変貌ぶりに周りに居た人間は唖然とする。
そんな河西の前にアスラが立つ。
アスラ「約束は果たしてもらう。破った場合はどうなるかは、もうわかるだろ?」
河西は涙をすすりながら答える。
河西「わ、わかって・・・いますわ。約束通り・・・わ、私もその最強の野球選手を目指させていただきますわ。で、ですけど私はもう・・・」
アスラ「その問題点を取り除く手段はすでに考えてある。言うことはそれだけか?」
河西は真っ赤にした目を見開き、ものすごく驚く。
しかしすぐに暗い表情になる。
河西「で、ですけど、あなた様は・・・野球の現実を知らな過ぎます」
アスラ「野球の現実?」
マリー「そういえばそんなこと言ってたわね。でも言いたいことは想像つくわ。女はどう頑張っても男には勝てない。そう言いたいんでしょ?そんなことは百も承知よ。でもアタシたちは・・・」
河西「全然わかっていませんわ!!」
突然の大声にマリーは言葉を止める。
河西「私は知ってしまいましたわ。男性の圧倒的な壁の厚さを・・・決して越えられない現実を・・・それを女子プロ野球のスーパースター『城島唯選手』に教えられました」
その名前に風谷、森、中山、三崎、真野の5人が一斉に反応した。
城島唯・・・女子選手で初めて男子プロ野球に入った伝説の選手。女の子が野球をする大半の理由はこの城島唯に憧れて始めたのがほとんどだ。5人も例外ではない。さらに彼女は小学5年生から高校3年生までの間、無敗という脅威の記録も残している。
風谷「ど、どういうことだ!!なんでそこで城島選手が出て来るんだよ!!」
中山「城島選手に教えられたってどういうこと?あの人は女子選手で初めて男子プロ野球に入った人なんだよ。運悪くケガの影響でマウンドに立つことは叶わなかったけど十分通用するってテレビでも言ってたもん」
森「しかもあの人はウチらみたいな野球少女に夢と希望を与えてくれた人やで!!そんな人がそないなこと言うわけない!!」
真野「み、みなさん、落ち着きましょう。まずは河西さんの話を聞くべきです」
三崎「そうね。私も美沙に賛成よ」
風谷「わ、わかったよ」
全員が河西に注目する。
河西はふぅと息を吐き、話し始めた。
河西「私もこう見えてあなた達と同じで野球をやっていましたわ。これでも投手で昨年全国優勝を成し遂げていますのよ」
風谷「昨年の優勝チームだって?」
森「それやったら決勝でウチらと戦って・・・」
中山「え?」
風谷・森・中山「あぁっ!!」
うろ覚えの記憶が鮮明に蘇っていく。
風谷「嘘だろ!!あの埼玉県大宮リトルの稲森優希がお前だったのか!?」
森「でもおかしいで!!名字もちゃうし、あの子は左利きだったはずや!!」
中山「それにこんなキャラじゃなくて短髪でメチャクチャ活発な女の子だったよ!!」
河西の顔が暗くなる。
河西「私の名字はもともと河西でしたわ。ただ引き取ってくれた方の名字が稲森だっただけ・・・それに左利きから右利きになったのは・・・」
その先は何も言わなくても全員が察する。
河西「城島選手は私の隣に住んでいましたの。そのこともあって小さい時からよく野球を教えていただきましたわ。いつか城島選手のような野球選手になる。そう思って日々練習に明け暮れていました。その努力もあって私は史上最年少でリトルリーグ優勝投手になり城島選手の記録を破る金字塔を打ち立てました。城島選手も一緒に喜んでくれて本当にあの時は幸せでした」
その時の河西の顔は純粋な年相応な少女の顔だった。
これが本当の河西なのだろう。
河西「ですがそんな幸せは長くは続きませんでしたわ。あれは城島選手がケガをされたと報道があった時のことです。私も心配になって家に行きました。城島選手はご自宅に居られましたがその声には、まったく覇気が感じられませんでした。私は恐る恐るそのドアを開けました。そして・・・そこで私が見たのは、すっかり痩せこけてしまった見るに堪えない城島選手の無残なお姿でした。焦点が定まらない目で私にこう言いましたの」
城島「ははっ、あははは。優ちゃん・・・女はね、プロ野球で男に勝つことなんて出来ないの。私はそれを思い知ったよ。私の持っているすべてをぶつけても・・・打たれて、打たれて、打たれて、打たれて、打たれて、面白いくらい打たれたよ。しかも試合じゃなく練習試合でさ。努力と才能を併せ持っても性別の壁を超えることなんて絶対にできない。私の28年間は・・・男子プロ野球でMVPを取るという私の夢は・・・叶うことのない本当の夢だったの」
誰もが言葉を失った。
女子プロ野球の圧倒的なスター選手城島唯の言葉とは思えない発言。
報道とまったく異なる現実。
ケガにより男子プロ野球への挑戦を断たれた不運のエース城島唯。
そのイメージが一気に崩れ落ちた。
河西は話を続ける。
河西「でも私は諦めませんでした。城島選手が出来なかったことを私が変わって成し遂げてやろうと。その日から私は練習量を3倍に増やしました。でもそれが祟って・・・左肩を壊しましたの」
予想通りの展開にそれぞれ顔を見合わせる。
河西「その左肩を壊した数日後、引き取ってくれた義両親は車の整備不良で交通事故を起こして亡くなりました。私もその車に乗っていましたけど奇跡的に無傷で生還しましたの。そして身寄りのない私は矢場井出兄弟に見初められ孤児院に引き取られました。ただ・・・そこからの孤児院での生活は地獄でした]
河西の手が怒りで震え、歯を食いしばりながら声を絞り出す。
「その身体能力と容姿を買われ特殊訓練を受けさせられ、口調を変えられ、ホステスの何たるかを徹底的に叩き込まれましたわ。それと・・・夜の営みについても懇切丁寧に教えられましたの」
河西の目が狂気に変わる。
9歳の子供にはあまりにおぞましい生活。
今時、こんな都市伝説のようなことをしているところがあるのかと耳を疑った。
こんな生活を強いられては人格が狂うのも無理はない。
河西「幸い、呑み込みが早いおかげで今ではある程度の自由は許されていますの。その代わり数年後にはたっぷりと働いてもらうという契約のもとで・・・ですけど」
絶望の未来が約束された河西にどう声をかけたらよいか分からず、全員黙ったまま下を向く。
河西「もし最強の野球選手・・・男性の方に勝とうと思うのであれば、あの天才といわれた城島選手をはるかに凌駕する実力を身に付けなくてはいけませんわ。その上でケガのリスクが少なく、かつ効率が良すぎる練習も要求されます。そんな絶望的な条件下の中でも最強の野球選手になれると本気でお思いで?」
城島唯を引き合いに出され、最強の野球選手に慣れるのかと問われると誰も何も言えない。
確かに無理かも・・・と思う者しかいなかった。
それほど城島唯という存在は遥か雲の上の存在だ。
しかし、アスラは即答した。
アスラ「なれる。最強の野球選手には絶対になれる」
全員「即答!?」
アスラ「そもそも最強の野球選手を目指す基準で、どうしてあんな程度のヤツが出て来るのかがわからん。出すのであれば『明神あずさ』をあげるべきだろ」
全員「(いや・・・明神あずさって誰?)」
突如アスラの口から出た明神あずさという名前に困惑する。
アスラ「城島唯が伝説の選手というのであれば、明神あずさは、伝説を超えた怪物だ」
森「だから誰やねん!!明神あずさって!!そんな人、聞いたことないで!!」
風谷「まさかアスラ兄ちゃんの世界の住人とか言わないよな?」
アスラ「いや、オレたちの種族ではない。アイツはオレの配下の中で最も配下になる時間が少なかったヤツだ」
三崎「どういうこと?」
アスラ「死んだのだ。アイツが配下になったのは余命宣告を受けてしばらく経った時だからな」
明神あずさ・・・恵まれた身体能力を持ちながら病気によりその才能を生かせず死んだ野球選手。
誰もがそう思った。
しかし、アスラの次の言葉で状況が一変する。
アスラ「明神あずさ・・・アイツは、お前たちが崇め称える城島唯によって狂わされ、そして病気になり死んだのだ」
全員「え?」
心の整理が付かなかった。
何かの冗談かと思えるほどの内容だ。
そんな心理状況などお構いなしにアスラは続ける。
アスラ「河西、この際ハッキリ言うがお前が肩を壊して一番喜んでいたのは他でもない城島唯だぞ?」
もはや何が何だかわからない急展開に河西は混乱する。
アスラ「お前は、まんまとヤツの掌で踊らされていたんだ」
河西の思考が・・・周りの思考が全然追いつかない。
次々にアスラから出る言葉は今までのすべてがひっくり返ることばかり。
黒崎が慌てて割って入った。
黒崎「ちょ、ちょっと待って。いきなり過ぎて訳が分からないわ。まず、聞きたいんだけど何で優希の肩が壊れて喜ばなきゃならないの?だって優希の肩が壊れたってなんのメリットもないじゃない」
風谷「そうだぞ!!それに城島選手は1人でも多くの女子野球選手が出ることを望んでいた人なんだ!!そんな人が喜ぶわけがない!!」
アスラ「アイツは自分の記録を抜かれることを極端に恐れていたからだ。そのためなら決して手段など選ばない。河西は城島の持つ最年少記録を破った。ヤツにとってこの上なく危険な存在だろう。だからこれ以上自分の記録が破られる前に消しておく必要があると考えたのだ」
河西「そ、それ・・・直接本人にお聞きしましたの?」
震える声で河西はそう尋ねた。
アスラ「死ぬ間際に勝手にアイツが一人で喋ったんだ。精神的に相当追い詰められていたみたいだったしな」
死ぬ・・・その言葉に全員が凍り付く。
それは城島唯がすでにこの世からいないことを意味する。
河西「そ、それでは・・・城島選手は自殺を?」
アスラがニヤリと笑う。
アスラ「いや、オレが殺したんだ。明神との約束どおりにな」
その場にいる全員の頭が真っ白になった。




