第6話 筋力と筋肉
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「……まだ痛む」
ニーナは左ふくらはぎと、右腿と右ふくらはぎ、右腕に残る鈍痛に眉を潜めた。
無理をしてしまったせいで、筋痙攣を起こしてしまったのだ。
とはいえ、何とか勝利することができた。
そして……レベルとステータスも上昇している。
レベル:3
生命力:10
旋律力:18
筋力:6
魔力:17
耐久力:6
耐魔力:17
魔力質:A-
魅力:A-
直感:A
理性:B
幸運:A
称号・加護・技能
・格上殺し……レベル差分と同数の数値がステータスに加算される
・短剣使い……短剣装備時、筋力に+1の補正が掛かる
一般的にレベル×3あれば「悪くない」とされていることを考えると、ニーナのステータスはかなり良い。
元々成長率が良かった旋律力は特に良い。
まあ……筋力と耐久力は相変わらず低いのだが。
しかしレベルアップ以上にニーナにとって僥倖だったのは、新たな技術を身に付けたことだ。
それは魔力操作である。
極限状態だったため、特に考えずに行った最後の攻撃だが……
あれは魔力操作だったのだ。
魔力を右足に注ぎ込み、脚力を強化。
そして踏み込みと同時に魔力を後ろへ噴射し、勢いよく敵に突撃。
最後に右手も同様に魔力を注ぎ込み……敵の心臓に短剣を突き刺した。
もっともその後遺症で筋痙攣が発生してしまったのだが。
「これを使いこなせるようになれれば、私の低い筋力でも勝ち残れるようになる……かもしれない」
とはいえ、そう簡単なことではない。
というのも、再現しようとして左手に魔力を注いでみたところ、攣りかけたからだ。
腕の筋肉がブチブチピキピキプルプルとなってしまう。
加減ができていないのか、それともニーナの筋肉が脆いのか。
おそらく両方だろう。
さてある程度痛みが治まってからは、再び『鍛錬』の日々が始まった。
前回の戦いでは体力不足が大きな問題になったため、走り込みの量を増やしている。
旋律力の『鍛錬』では、吊るす石の量を増やした。
そして魔力のコントロールのために、効果があるのかはいまいち微妙だが、毎日瞑想を行っている。
また筋力が上昇してようやく成人男性並みになったこともあり、肉体労働の方もスムーズに熟せるようになってきた。
「ふぅ……」
長い労働の間、僅かにある休憩時間。
ニーナは井戸から汲んだ水を頭から被り、一息ついた。
体の熱が冷めていく様が心地よい。
汗と水でぼろ雑巾のような奴隷服が素肌に張り付いてしまっているが、今更恥辱はない。
闘技場に来てから一月以上が経過しており、その間に散々見られたし、揶揄われたし、多少の悪戯はされてきた。
奴隷とは、そういうものだ。
貞操を未だに守ることができているということ、それそのものを幸運に思わなければならないとニーナは思っていた。
(まあ、別に貞操に拘りはないけれど)
ニーナが貞操を守っているのは、別に「初めては好きな人に捧げたいの♡」という乙女チックなことを考えているからではない。
そういう願望は大昔にゴミ箱に捨ててきている。
ぶっちゃけ、ニーナは貞操など「ただの膜」だと思っているため、相手が「人」なら良いかとすらも思っている。
……この闘技場では「人」ではない相手に貞操を捧げる羽目になる可能性が十分にあるからだ。
ニーナが貞操を守り続けているのは、闘技場の観客やオーナーへの意趣返しに近い。
お前らの思い通りになってやらないぞ、というニーナなりの反抗みたいなものだ。
さらに井戸から水を汲みあげ、喉を潤していると……
同じ『仕事』に従事する奴隷仲間がこちらに向かってきた。
ニーナのように副業(?)で従事しているわけでもない、純粋に肉体を酷使するためだけの奴隷、労働奴隷たちである。
「お疲れ様です」
「お疲れ様……ニーナちゃん、今使ってる?」
「いえ、もう終わりました」
そう言ってニーナは井戸から退いた。
彼らも体を冷やし、そして喉を潤しに来たのだ。
「あの……」
「どうした、ニーナちゃん」
「俺たちに惚れた?」
「びしょ濡れなのはサービス?」
「いえ、そういうのはないです」
セクハラだが、この闘技場でそんなことを気にしては生きていけない。
彼らのこれは揶揄い半分冗談半分であり、つまり悪意はない……とまでは言えないが、かなりマシな部類である。
体に触って来ない時点でかなり紳士的だ。
「皆さん、筋肉ありますよね。私よりも」
「うん? そりゃあ、労働奴隷として働いて長いし、それに男だからな」
男性の方が筋肉が付きやすい。
それは自明である。
「筋力のステータスって、どれくらいですか?」
「『12』だ」
「『11』」
「『11』だな」
三人の男性奴隷が答えた。
レベル上昇には魂の吸収以外にも、年齢を重ねることによる魂の成長によっても引き起こされる。
通常の成長率で二十歳までにレベル3。
成長率が高くてレベル4ほど。
そして二十代中盤以降はレベルが上がることはない。
言い方は悪いが、それ以降は基本的に魂が『劣化』するだけだからだ。
三人は二十歳を超えているので、つまり年齢経過によるレベル上昇で筋力を上げたわけである。
「私は『6』なんですけど……」
そう言ってニーナは自分のぷにぷに――少しは筋肉がついてきたが、まだ柔らかい――の二の腕と、ムキムキの奴隷たちの腕を見比べる。
見た目だと凄い差だが、筋力値だと『5』くらいしか変わらない。
実に不思議だ。
そして世の中には……スレンダーで全く筋肉がなさそうなのにも関わらず、『100』を超えている女性冒険者も存在するという。
そこでニーナは思ったのだ。
「筋肉って、何のためにあるんですかね?」
少なくともステータスとはあまり関係ないように見える。
ニーナの問いに、男たちは顔を見合わせた。
「飾りじゃねぇか?」
「ファッションだよな」
「俺は酷使したせいで起こる腫れだって、聞いたことがあるぞ」
そう……
この世界では筋肉など、ただの飾りでしかないのだ。
前世の記憶を思い出すまではニーナはこのことを全く疑問に思わなかった。
ニーナにとっては筋肉がただの飾りでしかないことは自明の事実だったのだ。
だが……前世を思い出すことで、ニーナは疑問を抱くようになった。
この世界では、石を掴み空中で離せば落下して地面に落ちる。
そしてニーナの前世の世界、惑星である地■でも、同様に落下する。
つまり同じ物理法則が働いているはずなのだ。
それを考えれば、筋肉がつく……つまり筋繊維の数が増えれば、その分筋力は上がるのだ。
だがステータスには反映されない。
「うーん、どういうことだろう……」
「ニーナちゃん、悩むのは良いけど……そろそろ君の休憩時間が終わるころじゃない?」
そう指摘されて、気付く。
与えられた十分の時間をとっくに超過している。
このままだと超過した分、鞭打ちだ。
「変なことを聞いてすみません! 私、戻ります」
ニーナは駆け出した。
それから案の定、鞭で打たれた後、ニーナは『仕事』に復帰した。
荷物を運びながら考える。
「筋力、筋力、筋力……そうか、正確には筋力じゃなくて筋力値だから、筋力や筋肉とは別物なのか……」
内心で自分は何を言っているんだろうと思いながら、ニーナは呟いた。
筋肉≠筋力≠筋力値。
これが結論である。
筋力値というのは、冷静に考えればかなり謎の数値だ。
そもそもどこの筋肉を、どのような基準で数値化しているのかすらも分からないのだから。
「でも全く関係ないということはないはず。おそらく、何らかの関係が……もしかして同じ筋力値だったら、筋肉が多い方が実際には力が強いとか?」
筋肉≠筋力値。
と同様に、筋力値≠膂力≠攻撃力である。
仮にニーナが魔力を使って攻撃力を上げたとしても、それは筋力値を上げたわけではないので、筋力値は上昇しない。
それと同じだ。
筋トレをして筋肉をつければ、多少なりとも膂力は上がるし、筋力も上がる。
だが筋力値は増えない。
要はそういうことなのだ。
バチン!!!
突然、背中を強く鞭で叩かれた。
思わず悲鳴を上げるニーナ。
「さっきから、筋肉筋肉筋肉、何を言っている!! うるさいぞ!!」
「す、すみません!」
どうやら口に出ていたようだ。
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