第20話 VSスライム
鼻につくのは甘ったるい臭い。
呼吸をするたびにぞわぞわと皮膚が粟立つような感覚がする。
間違いなく、媚薬だ。
(まずいなぁ……)
今更な話ではあるが、闘技場は魔力で作られた透明な壁により、戦場と観客席で二分されている。
この透明な壁は頭上まで伸びており、ドーム状の透明な天上を構築している。
つまり、だ。
このスライムが排出した媚薬成分を含むガスは、いずれ戦場全体に満たされることになる。
(幸いなことに、筋肉を弛緩させるような効果はないみたいだね)
もしオークの体液と同様の効果があれば、その時点でニーナは詰みだっただろう。
それほどまでに大量のガスをスライムが排出していた。
(できれば速攻で決めたいんだけど……)
耐久力:0
ニーナの聞き間違いでなければ、司会の男はそう言った。
単純に考えれば攻撃を与えれば一撃で体が吹き飛ぶ……ということになるのだろう。
だがそんな甘い相手ではないはず。
(でもゲームでは耐久力:0なんてこと、あったっけ? やっぱり前世の知識は参考までに止めて置いた方が良いのかも)
元々穴だらけの知識だ。
期待しない方が良い。
ニーナは槍を構える。
そして試合開始の合図が鳴った。
(先手必勝!!)
ニーナは槍をスライムに突き刺した。
すると見た目通り、スライムは非常に柔らかく……ずぶずぶと中に入った。
しかし……
「っち」
ニーナの予想通り、スライムは息絶えていなかった。
つまり……
(耐久力:0ってことは、耐久力:0でも戦えるってこと。つまりそもそもまともな物理攻撃は効かないってことね)
まあここまではニーナにとって予想通りである。
うねうねと粘液でできた腕を伸ばしてくるスライムに対し、ニーナは動かず、冷静に槍に魔力を注ぎ込んだ。
するとスライムが内側から爆発した。
ニーナの風の魔力により、内部から切断され、弾け飛んだのだ。
「どうよ」
ニーナは一度距離を取り、スライムの様子を観察する。
今の一撃で体の五分の一を吹き飛ばすことに成功し、スライムの体は少し小さくなっていた。
と言っても、ニーナも無傷とは言わない。
吹き飛ばした影響で体にスライムの粘液が掛かってしまったのだ。
元々不定形なので傷口も何もない、と言うべきか。
スライムはゆっくりと、その傷口を修復させていく。
そればかりか散らばった自分の体を回収し、元の大きさ……とまでは言わないが体を復元させていく。
「なるほど……物理攻撃は効かない。魔法攻撃は効くけど……それでも修復できるってことか」
普通ならば「不死身じゃないか!」と混乱してしまうところだが、ニーナは落ち着いていた。
ニーナは知っている。
この世に不死身の存在など、存在しないということを。
(確実に体は小さくなっている。生命力は500と高いけど、数値に出ている以上は不死身じゃない。このまま攻撃を続ければ、いつかは必ず息絶える)
とはいえ、先ほどの『風』では効きがイマイチだったのは確か。
そこでニーナはまず魔力で風を槍に纏わせた後、さらに炎を追加する。
「二重属性付与」
属性付与だけでも、非常に高度な技術。
それなのにも関わらず、ニーナは十二歳という若さで二重属性付与までをも成功させた。
天性の才能か、それとも環境か。
おそらくはその両方だろう。
「食らえ!!」
ニーナはスライムに向かって再び槍を振り下ろす。
今度は火炎を巻き上げながら、スライムの体が吹き飛んだ。
しかしスライムもニーナに対し、反撃を試みる。
粘液状の腕を伸ばし、ニーナを絡めとろうとする。
ニーナは粘液に捕まるよりも先に、その場を離脱した。
「どうよ」
ニーナはニヤリと笑みを浮かべる。
どうやら炎は弱点だったようで、先ほどよりも随分とスライムは小さくなっていた。
炎で一部が焼けて蒸発してしまったためか、体も元に戻らない。
「あと、二、三発ってところか」
攻略方法を見つけたニーナは、それを中心に攻めていこうとする。
だが……
「ひやぁ!」
突如、ニーナは素っ頓狂な悲鳴を上げた。
槍を纏っていた風と炎は、集中力が切れたことで霧散する。
「っく、スライムが……いつの間に……いや、さっきの粘液? 何で、今更になって、動き始めて……」
ニーナは顔を真っ赤にしながら、皮膚を這いずり回るスライムを叩き落とそうとする。
だが手で落とそうにも、その手に纏わりついてしまうためどうしようもない。
「こ、こいつら、だんだんと量が増えて……」
そこでニーナは気付く。
自分の魔力残量が、使った魔術の規模と比べて大きく減っていることに。
(吸われてる!?)
スライムはニーナの魔力を吸い上げ、成長しているのだ。
エネルギーに変換された魔力を吸収することはできないが、エネルギーに変換される前の、純粋で無垢な魔力はスキル『魔力吸収』を持つスライムにとっては上質な餌でしかない。
魔力質:A-を誇るニーナの魔力は、スライムとして意思を持つには量が少なすぎるただの粘液を、魔物であるスライムに昇華させるには十分だった。
「どうせ、こんなことになるんじゃないかと、こんなに上手くいくはずないと思ってたけど、まさか、こんな、っく、あ、ん、ふぅー」
ニーナの頬は赤く紅潮していた。
体温が上がり、全身から上質な魔力を含んだ汗が噴き出る。
それをスライムが舐めるように吸い取っていく。
舌で全身を舐められ、時折敏感なところを吸われるような感覚に、ニーナはすっかり参ってしまった。
「ああ、ん、っく、ええい! 鬱陶しい、とっとと終わらせてやる!!」
とにかく、本体を吹き飛ばせばいい。
そのあと、炎で全身のスライムを焼き殺せばそれで試合は終わりだ。
ニーナは全身のスライムを必死に意識の端に追いやり、魔力を練り上げる。
そして再びスライムに突撃した。
ニーナの槍はスライムの体に深々と突き刺さり、内側から風で吹き飛ばし、そして炎でそれを燃やし尽くす。
だが……
「んぐ!」
突如、ニーナは喉に違和感を感じた。
それは息苦しさと熱と吐き気と快感を混ぜ込んだような、酷く不快な感覚だった。
予想外の刺激にニーナの集中が途切れてしまう。
「あ!」
気付くとニーナの足にスライムの伸ばした腕が絡みついていた。
ニーナは慌てて腕を引き抜こうとするが……
「くそ、うわぁああああ!!」
筋力値300(当初よりも一回り小さくなっているので実質は200以下だろうが)を誇るスライムの力には抗えず、ニーナは宙吊りになった。
重力に従い、腰巻が捲れ上がりそうになり、ニーナはそれを必死に手で押さえる。
観客が大歓声を上げているのが、非常に腹立たしい。
(息が、苦しい……気持ち悪い……何、これ……あ、まさか……いや、嘘でしょ……)
ニーナはスライムが吹き上げたガスの直撃を受けて、気付く。
これはガスではない。
気体状になったスライムなのだ。
ニーナは冷や汗が噴き出るのを感じた。
(わ、私は……知らず知らずのうちにスライムを吸い込んでたのか!)
つまり今、ニーナの呼吸を妨げているのは……
今までの蓄積と、そしてニーナの魔力を吸い上げて成長したスライムである。
もはや動きを隠すつもりはないのか、ついにスライムはニーナの口内を喉から撫で上げた。
喉からスライムに逆ディープキスされるなんて、非常に貴重な体験だ。
などと、現実逃避気味にアホなことを考える。
が、次の瞬間、そんなアホな考えは吹き飛んだ。
というのもスライムがまるで口を開けるかのように、自分の体に大きな穴を開けたからだ。
それはすっぽりと、ニーナが入りそうな大きさだった。
「んっぐ、ひゃふぇろ、ん、っちゅ、っく、ひゃふぇふぇ」
口と喉で暴れるスライムに苦しめられながら、ニーナは顔を真っ赤にさせて叫ぶ。
だが無情にもスライムはゆっくりとニーナをその穴に入れていく。
ニーナは完全に全身をスライムに取り込まれてしまった。
「んぐ、っぐ、んんんんん!!!」
口と鼻からスライムが入り込んでくる。
吐き出そうにも後から後から、スライムが入り込んでくるので吐き出すことも敵わない。
気絶することができれば幸せだったかもしれないが……
スライムの粘液にはわずかな酸素が含まれており、ニーナの意識はギリギリ保たれていた。
ギリギリ意識が保たれている中、全身を高濃度の媚薬成分を含む粘液に弄られ、魔力を吸い上げられるのだから堪ったものではない。
(まずい、こ、このままだと……)
ニーナはスライムが自分の下腹部を撫で上げていることに気付いた。
このままでは穴という穴から、スライムがニーナの体に侵入するのは時間の問題だろう。
(こう、なったら……)
一か八かの賭けに出るしかない。
自分はいつもこんなんだなと、ニーナは自虐的に思いながら……
残った全魔力を体内で練り上げる。
それはニーナがこの世界で初めて生み出した、新たな魔術。
(くらええええええええ!!!)
ニーナは全魔力を電気エネルギーに変え、全身から放電した。
自分の体内と、そして体表に纏わりつくスライムを電撃で一気に焼き殺す。
「げほ、げほ……はぁ……」
口からスライムの粘液を吐き出す。
気付くとニーナは真ん中で倒れていた。
ニーナの周りには血溜まりならぬ、粘液溜まりができていた。
電撃によるスライムが息絶え、ただの粘液に変わったのだ。
ゆっくりと、ニーナは震える足で立ち上がる。
そして司会兼審判を見た。
彼は叫んだ。
「勝者、ニーナ!!!!!」
解説
スライム
よくスライムには核とかがあったりするが、このスライムにはそんな露骨な弱点は存在しない。
一応単細胞生物なので、微小な一つ一つの細胞で一つのスライム。
これが何万、何億と集まって一つの個体を形成している。
集まれば集まるほど力は強くなり、魔力も膨れ上がる。そして頭も良くなる。
このスライムはおそらく、チンパンジーくらいの知性はある。
体から噴き出す霧は、無数のスライム。
呼吸に紛れて動物の体内に侵入し、寄生し、魔力を奪い、増殖する。
息を止めない限り、これを防ぐことはできない。無論、さすがのニーナちゃんでも息をしなければ戦えない。つまりどう頑張っても体内に侵入される。
ちなみにもしニーナの幸運値がAよりも下だったら、スライムの体内に取り込まれた段階で、すぐに口以外の穴からも侵入され、アヘアヘにされていたので勝てなかった。




