第16話 デート
一先ず勧められるままに買い物に行こうと考えたニーナだが、ニーナは帝都のことを知らない。
家畜のように、というより家畜として馬車に詰め込まれ、そのまま闘技場まで運ばれたのだ。
実際に帝都を歩いた経験はない。
加えてお金を使った経験すらなかった。
孤児院の大人たちは、決して子供にお金を触らせなかったのだ。
そういうわけで少し不安だったニーナは、グレイブとマルクスに付き添いで来てもらうことにした。
「ご迷惑を掛けてすみません」
「いや、気にするな」
「そうだぜ、嬢ちゃん。オレたちと嬢ちゃんの仲だ!」
三人は闘技場から出る。
背中から焼き印がチラチラと見えるボロボロの奴隷服に、首輪、足枷を付けた少女と、大柄な男二人という組み合わせは少々犯罪的だ。
「で、嬢ちゃん。何を買うつもりだ?」
「まずは防具を。お金に余裕があれば、魔導具としての効果がある装飾品や、性能が良さそうな武器も欲しいです」
二人は顔を見合わせた。
「どうしましたか?」
「いや、まずは服じゃないか?」
「嬢ちゃんも女の子なんだから、着飾ろうぜ」
そう言われてニーナは自分の服装を見下ろした。
改めて確認するまでもなく、女として、というより人としてどうなのかというレベルのみすぼらしい恰好だ。
「まあ、言いたいことは分かりますが……一応、武器や防具を買えと言われたので。それに、多分ファンの方から貰えますから」
奴隷の衣服は法律によって定められている。
五等、四等は家畜以下という扱いで、本来ならば犯罪者か、それとも人権のすべてを金に換えられた者だけがなる身分だ。
そのため相応に粗末な衣服を着ていなければならないとされている。
が、三等奴隷からは最下層とはいえ人間として認識されるようになる。
そのためある程度、衣服にも自由が効く。(もっとも服の材料となる布に関する規制はあるが)
三等奴隷になったことで、ニーナへの下着以外の衣服の贈与が解禁される。
どうせ貰えるならば、買う必要はないだろう。
そう考えていたニーナであったが、二人はこのみすぼらしい姿のニーナと一緒に街を歩きたくないらしい。
「そんなに嫌ですか、失礼ですね」
ニーナがそう言うと、グレイブは首を横に振った。
「いや、嫌というか……そうじゃなくてだな」
「嬢ちゃんがそのままの姿だと、オレたちが凄い悪いやつに見えちまうだろ」
確かにそういう考え方もある。
ニーナは少し反省した。
なお、もう一つの理由として目のやり場に困るというものがある。
ニーナは魅力A-の美少女である。
一般的には魅力Bに達していれば美女・美少女と言われるため、-がついているとはいえAに達しているニーナの容姿は破格だ。
加えてニーナは履いていない。
大事なことなので二度言うが、履いていない。
履いていない上に、ニーナの奴隷服は丈が短い。
つまり……割と見える。
ニーナは気にしなくても、男二人は気にするのだ。
「じゃあ、こうしよう。俺たち二人がニーナにプレゼントするというのは?」
「そいつは名案だ! 三等奴隷昇格のお祝いだ!!」
「……まあ買ってくれるというのであれば」
衣服は日用品だ。
日用品の贈与を受け取ることは認められている。
一先ず、一行は衣服を専門に扱っている店に赴いた。
「ニーナ、欲しいのはあるか?」
「服は全く分からないので、お任せします。無難なものを選んでください」
グレイブがニーナに服の好みを尋ねたが、ニーナは今までお洒落などしたことがないので、聞かれても困る。
そのためそう返したのだが……グレイブやマルクスたちも、女の子の服など選んだことがないので分からない。
最終的に店員に勧められた、中流市民の女性の間で流行っているデザインの衣服を一着購入した。
「ほぉ……暖かいし、悪くないです」
久しぶりに腋と腕、臍、背中、太ももを服で隠したニーナは呟いた。
スカートの丈も膝くらいまではあり、よほどの強風が吹かない限りは中が見えることもない。
「気に入ってくれたか、嬢ちゃん」
「はい。普段はこれを着ようと思います」
「じゃあ、その汚い服を捨てちまいなよ」
マルクスはニーナが大事に抱きかかえている奴隷服を指さして言った。
ニーナは奴隷服をしばらく見てから……首を横に振った。
「いえ、これはまだ着ますから」
「そりゃあ、どうしてだ?」
「汚しても良い服というのは便利なので」
マルクスの問いにニーナは答えた。
筋トレなどの鍛錬をすれば汗を掻くし、闘技場で試合をすれば泥と血まみれになる。
「でも、寒いんじゃないか? これからの季節を考えると」
グレイブが心配そうに言う。
「そうですね。でも、体を動かすと暑くなりますし……まあでも来年の夏は着れますからね。サイズ的に着れなくなるまでは着ます」
理由として口には出さなかったが、実はニーナはこの奴隷服に愛着を持っていた。
三等奴隷になるまでの間、半年間ほど苦楽を共にした衣服だ。
捨てるのは少し可哀想と感じてしまう。
「では早速防具を……」
と、そこで「くぅー」と可愛らしい音が鳴った。
ニーナの頬が朱を差す。
「今のは私じゃないです」
「いや、明らかにニー」
「そういうあなたでしょう。グレイブ」
ニーナは早口で述べた。
グレイブとマルクスは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「そうだな、多分俺だ。……腹が減った」
「仕方がないやつだぜ……嬢ちゃん、付き合ってくれ」
「……仕方が、ないですね」
三人は買い物の前に大衆食堂に向かうことにした。
身なりさえ良ければ、格式の低い大衆食堂なら三等奴隷でも入ることができる。
「三等昇格のお祝いだ。好きに食べてくれ」
「嬢ちゃんは食べ盛りだからな。好きなだけ食え」
「……仕方がないです。食べてあげましょう」
とはいえ、字の読み書きのできないニーナはメニュー表を読むことができない。
それに大衆食堂など来たこともないので、勝手が分からない。
そこでグレイブがお勧めしてくれたものを食べることにした。
「これは……なんですか?」
「ハンバーグだ。知らないか?」
「……いえ、知識では聞いたことがあります」
ニーナは前世の■■■■さんが似たようなものを食べていたことを思い出した。
ニーナは見様見真似でナイフとフォークを使い、ハンバーグを口に運ぶ。
「……美味しい」
あっという間にニーナはお腹に収めてしまった。
そんなニーナに対し、グレイブが尋ねる。
「まだ食べるか?」
「……食べます」
その後、ニーナは一人前の料理を三品、合計四品を食べ……
さらにパンやスープもお代わりし、デザートまで食べ切った。
「ふぅ……」
ニーナはパンパンに膨らんだ自分のお腹を撫でた。
少しの間くつろいでいると、女性三人と男性二人が近づいてきた。
「あ、あの……もしかして剣闘士のグレイブさんですか?」
「ああ、そうだよ」
「そちらの方はマルクスさん!?」
「ん? そうだが?」
「握手をしてください!」
女性三人はグレイブとマルクスのファンらしく、キャーキャーと騒ぎ始めた。
女性にモテて満更でもなさそうな様子で、グレイブとマルクスは握手をした。
「あの……もしかして、君はニーナちゃん?」
「……私は確かに、ニーナですけど」
男性三人が戸惑いがちに尋ねてきた。
ニーナが答えると、三人はニーナに寄ってきた。
「俺たち、ニーナちゃんのファンなんだ!」
「いつも凄い試合を見せてくれてありがとう!」
「やっぱり近くで見ると可愛いわ」
「そ、そうですか……」
ニーナは照れ臭そうに髪を弄った。
ファンが存在することは知っていたが、真正面から好意を向けられると照れる。
ニーナはファン三人と握手をかわした。
それから男女五人が去ってから、ニーナは少し誤魔化すように言った。
「そ、そろそろ武具を買いに行きませんか?」
「そうだな」
「そうしよう」
ニヤニヤしながら二人は立ち上がった。




