おむすび屋、虎さん。 第20話 思い出のむすびと、ありがとうの味
「今日は、風が気持ちいいなあ……」
草原の丘に、ぽつんと屋台がひとつ。
虎さんとルゥナは、青空の下でおむすびの準備をしていた。
ふと、老夫婦が通りかかる。
腰を曲げた男と、背中に編み籠を背負った小柄な女。
> 「よかったら、ひと休みしてってくださいな」
ルゥナの声に、老夫婦は驚いたように笑った。
> 「まあまあ、おむすび屋さんなんて、珍しいこと」
◇
ふたりは長旅の途中だった。
昔、一度だけ訪れた草原を“もう一度見に来た”のだという。
> 「若いころ、わたしが夫に作った“初めてのお弁当”が、ちょうどこの丘だったのよ」
> 「中身は何だったかって? ふふふ、梅干しと高菜のおむすびだけ。でもな、それがいちばん旨かったんだ」
> 「今でもあの味が忘れられなくてねぇ」
虎さんは小さく笑った。
「……じゃあ、再現してみましょうかね。
今日は“記憶のむすび”じゃなく、“ありがとうのむすび”を握らせてもらいますよ」
◇
梅干しは塩気を和らげるように少しだけ焼き、
高菜は刻んで、ごま油で軽く炒めてから混ぜご飯に。
ご飯は少し硬めに炊き、冷めても崩れぬようしっかりと結ぶ。
老夫婦の目の前で、虎さんはふたつのむすびを、丁寧に包んだ。
> 「さあ、どうぞ。
あの頃と、変わらない味になっているかどうか……お確かめください」
◇
一口、二口。
老夫婦は無言でむすびを噛みしめ、
やがて笑った。涙を浮かべながら、穏やかに。
> 「……まるであの日に戻ったみたい。
あなた、きっと“時間”までむすんでくれたのね」
> 「ありがとう、虎さん……ありがとう」
◇
風が吹いた。草原が波のように揺れる。
ルゥナはその背中を見送りながら、ぽつりと呟いた。
> 「“ありがとう”の味って、あるんだね……」
虎さんは答えた。
> 「あるさ。心から出た“ありがとう”は、ちゃんと味になる」
記憶だけでなく、感謝もむすぶ。
それが、おむすびの不思議な力。




