おむすび屋、虎さん。 第19話 よろず屋の少年と、忘れられた味噌
「こっちの通りに、昔からあるよろず屋があるんだ。けどな……」
村の老人は、声を潜めて言った。
> 「あそこの坊主、ずっと笑わねえ。あれは、何かを忘れてる顔だ」
虎さんとルゥナはその“よろず屋”を訪れた。
がらがらと戸を開けると、埃っぽい空気の中に、くたびれた棚と不機嫌そうな少年がいた。
> 「……買うもんあるの? ないなら帰って」
> 「味噌は置いてあるか?」
> 「古いやつしかねぇけど……」
そのとき、ルゥナがつぶやいた。
> 「……なんか、懐かしい匂いがする……」
棚の奥にあった木樽。
中に残っていたのは、表面が乾ききった、古くて小さな“自家製味噌”。
> 「あれ、お前が作ったのか?」
> 「は? 俺じゃねぇよ。母さんが作ってた。もう……何年も前にいなくなったけど」
> 「じゃあ、これは母さんが残した“味”だな」
少年はふてくされていたが、虎さんは黙って味噌を少しだけもらい、屋台へ戻った。
◇
炭火の上で味噌を練り、香ばしく焼き、白米に混ぜて、むすびにする。
香ばしさと塩気が絶妙に合い、握っている間にも、手のひらから優しさが伝わるような感覚があった。
「――よし、持っていくか」
◇
翌朝、よろず屋の前で少年にむすびを手渡す。
> 「は? なんだよ、これ……」
> 「母ちゃんの味、忘れたって言ってたな。だったら思い出せ」
少年はむすびをじっと見つめ、黙って一口。
……次の瞬間、はっと目を見開いた。
> 「……あ……これ、俺が……まだ、小さかったころ……
母さんが、“手が汚れてもいいから食べなさい”ってくれてたやつだ……」
> 「味噌の焦げが、ちょっと苦くて、それでも……旨かった」
少年の目に、涙が浮かぶ。
> 「……思い出した……母さんが、“これでお腹がいっぱいになるのよ”って……」
虎さんは静かに言う。
> 「記憶は食べ物といっしょに刻まれる。味が心を呼び起こすってのは、本当のことだ」
◇
少年は、その日から少しだけ口数が増えた。
よろず屋の棚に、あの“味噌のむすび”が並ぶのも、そう遠くはないだろう。
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忘れていた母の味。
焦げた味噌の香りが、冷たかった心を少しだけ溶かす。
それは、過去を思い出す“鍵”のような、優しいむすびだった。




