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おむすび屋、虎さん。 第12話 マグロの切れ端と、もうひとつの約束



アサヤの港町。早朝の市場は、喧騒に満ちていた。


威勢のいい掛け声。魚の匂い。

そこに混じって、ひときわ静かな背中があった。


> 「……マグロ、切り身でいい」




無口な中年の漁師だった。

片袖をなくした古い漁師服、顔に刻まれた潮風の皺。


市場の誰もが、彼を“片腕の漁師”と呼ぶが、名を知る者はいなかった。



その男が、屋台の前に立ったのは午後。


無言のまま、しばらくむすびの並ぶ籠を見つめ、ポツリと呟いた。


> 「……マグロ、あるか」




「マグロか……切れ端で良ければあるぜ」


俺は、収納袋から“漬けマグロの切れ端”を取り出した。

つやのある赤身、特製の出汁醤油で軽く漬けてある。


「漁師のまかない飯って感じだな。シンプルに、白米で握ってやる」


すると、男は目を伏せて言った。


> 「……最後に、約束してたんだ。“漬けむすびを一緒に食べよう”って」




ルゥナがそっと目を見開いた。


> 「……亡くなった方、ですか?」




男は答えなかった。

だが、その手が震えていた。


> 「波が荒れた日だった。俺の判断で出漁して……それで、あいつは……」




> 「生きてたら、一緒に笑って食べてたんだろうな。漬けマグロのむすびを」




俺は黙って、米を握る。


海の香りと、漬けダレの味。

切れ端でも、しっかりとうま味はある。

粗塩をひとつまみ、そして――


「お待ち。これは、“もうひとつの約束”のためにな」


男は、そっと手に取った。

ひと口、噛む。


――そして、俯いて泣いた。


> 「……すまなかった。……すまなかった、航太……」




その名を、潮風がそっとさらっていった。



その夜。男は市場に残った切れ端を手に、こう言った。


> 「……あんたが握ったこの味、俺も誰かに渡してみるよ。

……漁師の約束ってのは、海にだけ向けりゃいいもんじゃねぇな」




そう言って、男はひとつ、海に向かってむすびを投げた。


波はそれを受け止めるように、優しく揺れた。



---


小さなむすびには、大きな想いが込められる。

たとえ切れ端でも、それが“想いを握る材料”なら――

残された者も、きっと“約束の続きを”歩き出せる。






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