おむすび屋、虎さん。 第11話 海辺の姉弟と、昆布の記憶
アサヤの港町は、海風と陽射しがまぶしい場所だった。
波止場にはカモメの声が響き、浜辺には干された網と魚の匂いが漂う。
そんな場所に、今日から屋台《おむすび屋、虎さん。》は店を構えることになった。
> 「ここ、魚も豊富だし……きっと、いい具材が手に入るよ」
ルゥナが収納袋を覗きながらそう言った。
その袋の中には、今日も不思議な品が入っていた。
――干し昆布。甘辛く炊いたもの。
――細切りにされた人参。
――小さな帆立の貝柱。
「よし、今日は“海のおむすび”でいくか」
◇ ◇ ◇
開店してすぐ、一組の姉弟が店先にやってきた。
姉は長い黒髪を後ろに束ね、痩せた体に大きなマフラーを巻いている。
弟は少しぶっきらぼうな目つきで、姉の手をずっと握っていた。
> 「……おむすび、ひとつ……ください」
姉がかすれた声でそう言った。
> 「姉ちゃん、ムリすんなよ……」
弟がそう言いかけたのを、彼女はやさしく止める。
> 「あたたかい匂いがして、食べたくなっちゃったの」
俺は黙って頷き、昆布と人参、そして貝柱を混ぜた“海の炊き込み”を握った。
ふわりとした塩の香りに、昆布の甘みが絡む。
それを受け取った姉は、目を閉じて一口――
> 「……あ……」
手が止まり、しばらく動けなくなった。
> 「この味……昔、よく作ってくれたの。父さんが」
弟の目が見開かれた。
> 「……覚えてるの? 姉ちゃん」
> 「うん……お父さん、港の番人でね。仕事帰りに、よく昆布を炊いてくれたの……」
彼女の目に、涙がにじむ。
> 「もう、あの頃の記憶は夢みたいに曖昧で……でも、この味だけは、体が覚えてたみたい」
弟は小さくうなずいた。
> 「……よかった。姉ちゃんが、思い出せて」
> 「……君が連れてきてくれたんだよ。ありがとう」
俺は、空を見上げながらそっと言った。
「味ってのは、体の奥に眠る“鍵”みたいなもんだな。開けるのは、いつも“誰かの手”さ」
姉弟は肩を寄せ合って、波の音の中に立っていた。
その姿は、風に揺れる小舟のようで――
だが確かに、同じ岸を目指していた。
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昆布の甘みは、やさしい記憶の味。
鍵となる味が心を開けば、忘れていた“家族”の風景が戻ってくる。
握られたむすびが、またひとつ、絆をつなぐ。




