おむすび屋、虎さん。 第10話 おむすび屋、旅に出る
その朝、屋台の前に、ひとつの封筒が落ちていた。
差出人の名はない。
だが、封を切った瞬間、ほのかに“海苔”の香りがした。
中には短い手紙と、古びた地図。
> 「東の町“アサヤ”にて、記憶を求める者がひとり。
おむすびの記憶が、きっと道を開くでしょう――」
「……おれ宛て、ってことか?」
ルゥナが覗き込み、くすりと笑った。
> 「とうとう、屋台が旅に出るときが来たみたいだね」
「移動式屋台だけど、いざ動かすとなると、けっこう大ごとだな……」
薪や炊飯具、調味料の詰め替えに、道中の荷造り。
それでも不思議と、心は軽かった。
“握る”ために旅に出る。
それは、かつて失った何かを“探す旅”でもある気がした。
◇ ◇ ◇
出発の日、朝靄のなかを歩き出す。
屋台を引く車輪が、ゴトリゴトリと静かに音を立てる。
道は緩やかに登っていく。
木々の間から、光が差し込む。
> 「あ……花、咲いてる」
ルゥナが道端の一輪を指さす。
その花は、小さな紫色の花。
「ユカリ草」と呼ばれる、記憶を呼び覚ます薬草の一種だった。
> 「持っていこうよ。きっと、誰かの“具”になるかもしれない」
「そうだな。どこで誰が、どんな記憶と出会うかは……行ってみなきゃわからないしな」
道はまだ続く。
屋台は、街を離れ、世界へ向かって進んでいく。
◇ ◇ ◇
アサヤの町が見えた頃、風の匂いが変わった。
少し湿った、けれどどこか懐かしい“潮の香り”。
「海……か?」
> 「うん。港町だって、地図に書いてあった」
そのとき、収納袋が“ポン”と鳴った。
中を覗くと――ひと切れの干物、昆布、そして白ごま。
「……なるほど。“海のおむすび”か」
俺は空を見上げて、そっと言った。
「さて。旅先でも、握らせてもらうか」
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記憶を握る手が、いま、新たな町へ向かう。
届けるのは、おむすびという名の“記憶の種”。
旅のはじまりは、いつもあたたかい。




