Ⅳ みんなと。
【まえがき】
リズ編戻ってまいりました。
物語はどんどんクライマックスへと近づいていきます。
どうぞ。
明日に本番を控えた今日、私はアカデミーの一年生に混ざって、リハーサルに勤しんでいたわけだけど。相変わらずの場違い感は否めないし、何故か部外者の私が主役だし、肝心のもう一人の主役は結局来ないしで、結構アレな感じだった。
とは言っても、劇の仕上がりはかなりのものだと思う。セリフとちったりするのは茶飯事みたいだけど、そのカバーがホントに上手。
セリフ覚えてる意識高い系の人が、上手く切り返して繋げるんだよ、すごくない?
ミドルでこんなことを企画しても、誰も真面目にやんなそうだし、やってもできなそう。そこを、面倒くさがりながらもやってのけちゃうんだから、アカデミーのお兄さんお姉さんってやっぱりすごい。
そんな中に、私はやっぱり主役として君臨しているわけだけれど、今更ながら、ホントにいいの? って感じで複雑だ。みんなは喜んで推薦してくれるけど、別に、私はそんなすごくない。言ったら、ただのミドル二年生。たかだか十三歳のうら若き乙女。
「セリフが飛ぶとは珍しいのう。どうかしたのかの、小娘」
「あ。ごめん。ちょっと考え事ー……っていうか桜さん。小娘って言うのそろそろやめてよー。リズって名前があるんだから」
知らぬ間に抜けた敬語も含めて、この人たちは全部許してくれる。桜さんとかいう謎のおばあちゃんは例外な気もするけど。
「よくあるよくある」「全然大丈夫!」「忘れてもわたしたちがカバーするよー!」「疲れちゃった? 休む?」
「やっぱり緊張するのかな」「馬鹿が、そんなわけねえだろ」「ずっと練習続きだったから、疲れてるのかも」
「えーと。ごめんなさい。ちょっとだけ休憩してもいいですか?」
こうして、主役の私が抜けることも快諾してくれるのだ。優しいのは私的に嬉しいけど、この期に及んででもだと、少し心配になる。なんだか、テスト前に勉強しない人を見ているみたい。ああ、まぁ、私もそうか。
いやでも、例外もあるもんだよ。
いつもテスト前にしっかり復習するタイプの人が、それをやらないなんてこともあるんだからさ。
「あ。君がルートくんの妹の?」
「えっとー……」
ステージから飛び降りた私に話しかけたのは、リハ中ずっと特等席で観覧していた、優しそうな雰囲気のお姉さん。
大人びた雰囲気を醸すつやつやの髪の毛と、それに見合った丸い声。誰もが感じそうな『お姉さん感』めいたものは、初対面なのに安心感さえある。それでいて高圧的な感じは一切無くて、逆に私的には、下手に出るかフレンドリーで行くか、そこの対処に困るところ。
「あ。自己紹介がまだだったね。ワタシはルリ。生徒会長だよ。お姫様役よろしくね、リズちゃん」
「よ、よろしくおねがいしますー」
生徒会長か。ルーが私のことをべらべら話すとは思えないけど、色々顔が広そうでなんとなくやりづらいな。美人だし、聞き出し上手そうだし。美人で聞き出し上手なのは、危険人物の証だからな。
……ん? あれ? 生徒会長?
「あ。休憩だったよね。呼び止めちゃってごめん。どうぞどうぞ」
「あの……」
「ん? なんだい?」
「ルリ生徒会長さんって――」
ここの生徒会長って、確か女体化哲学者だったよね。
逆だっけ。ま、どっちでもいいや。少し聞いてみよう。
「ルリでいいよ」
「はい。じゃあ、ルリお姉さんって――」
「うっ!? お、お姉さん!? ちょっとドキッとしたよっ!? でもなんかいい気分っ! リズちゃん、中々優秀だね……っ! リズちゃんのお願いなら、お姉さん、なんでも聞いちゃうから! 言ってごらんなさい!」
なんかちょろいぞ。カシミーヤの生徒会長。
アリスお姉ちゃんなんか、いくら言っても眉一つ動かさなかったのに。
まぁ、色々寛容そうなのは助かる。哲学者で性転換してるとか、その時点でかなり人生を達観してる気がしないでもないけど。
「ルリお姉さんって、本当は男の子なんですよね」
「えっ」
何もそんな、「嘘でしょ?」みたいな顔で固まらなくても。
ふふふっ。隠し事はいずればれるんですよ、ルリお姉さん。
ルリお姉さんの軽やかな性格から察するに、早くからカミングアウトしておけば、これからもっと楽だと思うんだよね。きっと。
「この前、学校探検してたら、偶然、生徒会室から声が聞こえて。悪気はなかったんですけど、ルーもいたみたいだったから少し立ち聞いちゃったんです。会長とルーの話」
そしたら、女だと思ってた会長が男だったし、なんか知らないけど哲学者だし、名前も確かレ、レ、レ……レール? レーラだっけ? ……とか、まぁ、そんなんだった。
色々カオスで混乱したけど、要するに『カシミーヤ校の生徒会長は変態』ってことでそんなに間違ってないはずなんだ。
さぁ、結局どうなのそこんところ。
「ルリお姉さん……?」
ルリお姉さん、固まっちゃった。
無理もないか。仕方ない。とりあえず今はこれで保留にしておいて、後でちゃんと謝ろう。
誰か他の人にルリ姉さんを託して、さっさと休憩に行かなければ。
演技してる時は気にならないけど、割とホントに疲れてるっぽいし。
周囲を見渡してみれば、ちょうどよさそうな優しげな男子生徒がパイプ椅子に座っていた。その人なら、ルリ姉さんでも許してくれそうだ。例によって、私はああいう顔は好きじゃないけど、世間一般で言う“イケメン”っぽい。
「あのー。すみませーん」
ステージに見入っているのか、私の方を向いてくれない。ま、そんな大きな声で呼んでもないから、普通に聞こえなかったのかも。
「すみませーんっ」
少し大きめの声で呼びかけてみる。
呼びかけていて気付いたけど、その人の手には劇の台本があって、座っている場所もルリ姉さんがリハ中座っていたあたりに近かった。
もしかして関係者?
「僕のことかな?」
やっとこっちを向いてくれたと思ったら、なよっちい一人称でげんなりだ。期待はしてなかったけど。
まぁ、そんなの別にどうでもいい。ただ、どっかの誰かを見てるみたいで、じわじわ腹が立ってくるのは確かだけども。
「そうですー」
「あれ? きみは主役の……。僕に何か用かな」
見るからに年少の私のために、わざわざ席を立って話しやすい距離まで来てくれるあたり、優しいのは見た目通りみたいだ。
近くに来て思うけど、ホントにどっかの誰かさんに面持ちが似てる気がする。優しいやつって、みんなこんな雰囲気になっちゃうのかね。
色々頼みやすいし、しかもいじりやすいからいいけどね。
「このお姉さんのこと、見ててくれないですか?」
「お姉さん? あ、ああ、ルリさんか。この状態になっているということは、また何か……」
「私が『ルリお姉さんってホントは男なんですよね?』って聞いたら、こうなっちゃいました。あ。当てずっぽうじゃないですよ。この前、生徒会室でルーと男が話をしてたんです」
「男? ルリさんは男じゃ……ん? 生徒会室? ルート? ああ。それって、もしかして僕のことなんじゃないかな」
「ん?」
なんだ。どういうことだ。幽体離脱的な話か?
首を傾げていると、別に聞いてもいないのに、「申し遅れました」とか言って自己紹介をしてきた。流行ってるのか、それ。なんか申し遅れるやつ。
「僕はレイル。今回の文化祭で、カシミーヤ校と合同でやらせてもらっている学校の生徒会長です」
「あーはいはいなるほ……えっ?」
ここへ来てのどんでん返しだとっ。いや、まぁ、どうでもいいことなんだけども、なんか敗北感があるのは気のせいじゃない。
要するに、この前ルートと哲学を語っていたのはこのレイルとかいう優男で、ルリ姉さんとは別人物。そんなの見りゃわかるけど、確かに言われてみれば、なんか聞いたことがある声なような気もしないでもない。
つまるところ、『カシミーヤ校の生徒会長は変態ではない』と。
じゃあ、変態は一体誰なんだ。
そもそも、あの空間に変態なんていたのか。
あー……、いたよ。
「あー……」
盗聴してたやつが約一名。
「うん? どうかしたかい?」
「いえ。何でもないです」
まあ、うん。
気を取り直して。
「じゃあ、レイルっていう人はあなたのことで、このルリっていう人と同一人物ではないわけですよね」
「そうだね。僕は僕だし、ルリさんはルリさんだ」
「よかったー。ここの生徒会長、性転換でもしたのかと思ったんだー」
「それは……。僕はどう反応すれば正解かな」
何だか笑いながら困っている様子だったけれど、やっぱりどこか余裕があって、なるほど生徒会長だと思わせる。そんなオーラみたいなものが、ある気がした。
それはさておき、さっさと休憩に行かないととうとう休めないぞ。休憩するついでにルーの様子も見に行く予定なんだから。
あ。そうだ。
「あのー。ルー見ませんでした? 生徒会室に行くって言ってたんですけど」
「ルー? ああ、ルートさんのことかな」
「うん、そう」
私は、別段そういうのを隠しはしない。恥をかくのはルーの方で、私は恥をかいて赤くなっているルーを見ているのが好きだから。
「ルートさんなら、さっき――」
「あ」
「え?」
しまった。ぬかった。
ルーと話をしていたのがこの男なら、話の内容も全部知ってるんだった。知ってるどころか、その言葉を口にした張本人なんだから、あの急展開の会話の意図も知ってるわけだ。
――主役を代わる。
その提案をしたのは、紛れもなくこの男。
そいつが今この場所にいて、ルーがこの場所にいないということは……。もしかしたら、そういうことなのかもしれない。この男は自分の出番を確認するために。ルーは自分の出番を忘れるために。
じゃあ、なに? ルーはやっぱり劇に出ないの? 私がお姫様だからダメなの? こんなどうでもいい男と私が結ばれてもいいって言うの? 違うの? そういうことだよね?
「ルートさんならさっき――」
「うるさいっ! わかってるよそんなのっ!!」
帰った、いなくなった、閉じこもった。どうせそんな言葉が続くんだったら、最初から聞かない。聞く価値なんかない。聞きたく……ない。
でも、わかってるんだ。私は、それを。
私は、王子様じゃなくて、ルーのことが好きだから。きっと、お姫様もルーのことが好きだから。だから、私は待っているんだ。多分、お姫様はそうするしかないから。
「えっと。ごめん。無神経だった」
王子様は、普通、お城に閉じ込められたお姫様を救いに行くものだ。
だとすれば、お姫様にできることと言えば、待つことぐらいなのだ。王子様が迎えに来てくれることを祈りながら、王子様が無事でいてくれることを願いながら。
「なんか怒ってるみたいよ」「何かあったのかしら……」「ルートさんがどうのって聞こえたけど……」「まさかルートさん……」
「マジか。天使も怒る時があるんだな」「可愛いけどなー」「あれ? でもさっき、ルーって言ってなかったか?」「何かあったのか?」「逃げちゃったとか?」
無神経なのは、私の方。本当に無神経なのは、兵を殺してでもお姫様を求める王子様じゃなくて、空を眺めて偽善を貫くだけのお姫様。
「ごめんなさい……。目上の人なのに、私……」
「いいよ、僕なら大丈夫。でも皆きっと、すぐに気付くと思うよ。隠すのは無理だ」
「わかってるけど……」
「それとも、僕が王子様というのは不服かな?」
「うん」
「ははは。そこは即答なんだね」
この人の言う通りなんだ。
主役が二人であるストーリー構成上、片方が欠けると物語は成立しない。私の好き好きで、この大きなステージをすべて無駄にすることも、もちろんできるわけがない。
あなたが嫌いなんじゃなくてルーとやりたいのだ、というのが一番の気持ちではある。だけど、今のこの悲惨な状況を見てそれを言おうものなら、それこそが『夢物語』に成り下がる。
大勢の人間が長い時間をかけてここまで作り上げてきたものは、劇じゃなくて信頼だ。
「これなら面白い」って脚本を信じて、「自分ならできる」って配役を信じて、「完成させるぞ」ってみんなを信じて。セットとか小道具一つとってみても、全部が信頼でできてるんだ。
そう思ったから、ルーだって代役を立てたんじゃないか。
だから、ここで「でも私は……」と私情を挟むのは、完全無欠の駄々っ子だ。合理性の欠片もない、感情論だけの子供のそれと一緒。
「けれど、万が一ルートさんが帰ってこなかったら、その時は僕が代わりをやるから。不服かもしれないけど、僕も生徒会長だから失敗するわけにはいかないんだ。悪いけどその時は、僕に合わせてくれると助かるよ」
「そんなのわかってる。それよりお兄さん、セリフは覚えたの」
「何度か台本を読んだから覚えているよ。とても面白くて、セリフも覚えやすかったよ」
「知ってる」
「そうだよね」
何度か読んだくらいで覚えられる文量じゃないんだけど、この男の言葉には何故か説得力があった。説得力なんかあっても無くても、信じる信じないは私次第なんだけど。
お兄さんを仰々しく睨みつけていると、お兄さんもまたわざとらしく小さく笑って言った。
「本当はどうするのが一番良いか。それも知ってそうなものだけど」
誰に言った言葉なのか知らないけど、風船みたいな心を割れない程度に針でツンツンされてるような感覚だ。
「…………」
全く。なんなんだこの男は。気持ちの悪いやつめ。
でもこれで、今、私にやるべきことが――できることがあるってのがわかった。
「私、休憩に行くとこだったんだけど」
「……ああ、それはごめん。悪かったよ」
こんなどうでもいい男に構っている場合じゃない。私にだってできることがあるんだから。
お兄さんはせいぜいステージ裏で見ているがいいわ。わははは。……なんかこれ、魔王みたいだな。
私は魔王よろしく威風堂々猛々しく壇上に登って、一声上げる。その声はきっと、悪政に支配される国で一人、決起して立ち上がるお姫様の一声と同じ。
「るーと、どうしてしまったんじゃろか」
小さくて、儚くて、でも輝いていて。真っ暗で見えなくなった民の未来を、わずかな希望の光で照らすみたいに。それこそが、いつも通りの役割なのだと、知らしめるみたいに。
「もしかして、ノアの演技、下手くそだから……」
確かに毎日祈るくらいしかできないかもしれないけど、王子様と早く出会う方法はあるんだから。非力な少女じゃなくて、誰もが憧れるお姫様なんだから。
「まさかここまで女々しいとはね。ま、仕方ないことなのかもしれないけど」
女々しくてごめんなさい、アリスお姉ちゃん。
でも、今日からは違うから。
「ねぇみんな! ちょっと聞いて欲しいの!」
ちょうどステージの真ん中、主役が観客へ呼びかけをする時に立つ場所に来て言い放つ。今は観客の方へ背を向けているけど、背中に突き刺さる視線を感じる。同じように、壇上にいた役者たちの視線も、全部私へと集まってくる。さっき怒声を上げたからか、何人かの人はもともと私のことを見ていたみたいだ。
けど、生憎、私は人目に慣れてるんだ。
「ここにルーがいないのは私のせいなの……。だから皆、ルーを攻めないで、お願いっ。怒るなら……私を怒って」
全員が衣装を身に纏っているということもあって、本当に物語の中に入ったみたいな錯覚に陥る。私は本物のお姫様で、不安に駆られた民衆に物申しているシーン。とか言ったら、割とそう見える。
「今言われてもなぁ」「うーん……」「リズちゃんのことを怒ったりできないし……」
「俺は怒ってないぞ」「おれも別に。だけど劇は難しそうかな……」「代役っつってもなぁ。セリフ長いからなー」
お姫様の一声なら士気を取り戻せるかと思ったけど、さすがにここまでくると民衆の反応は鈍い。あまり未来を期待されていないと言うのが妥当かも。
でもそんなの当たり前だ。
何の政策も計画も掲げない指導者に、誰がついていくと言うんだ。私だってそんな人についてくのは嫌だ。まぁ、顔が好みならちょっと考えるけど。……考えるんかい。要は、これでついてくるようでは私の体目当てだと言う事だから、逆に安心くらいの話だね。
さて。
ここから、私の演技力がどれだけのことを成し遂げてくれるのか、それに掛かっている。小さいものをいかに大きく見せて、つまらないものを面白く見せるか。果ては、無いモノをあるように演じたり、あるものを無いように演じたりできるか。
彼女より上手くできるか、正直ちょっと心配だけど。
まぁ、きっと大丈夫。
いつかこうなるような気はしてたから。ずっと。ずっと昔から。彼女が笑ってくれた“あの時”から。
だから“私”も笑うのだ。
『女優Rize=Q Ueer』の名に懸けて。
特に誰が保証してくれるとか、別にそんなの知んないけど。
「みんな! 一つ提案があるの!」
私は妹だから。
【あとがき】
ここまで来たら、リズの進学先は決まったも同然ですかね。
ルートが三年の時に入学してくることになると思いますので、またひと悶着ありそうですね。
それで気付いたのは、このルーモスの世界が途轍もなく温かいということです。
大学、社会、とこれからも続いていくルートたちの人生なわけですが、イメージしてみてください。
どうですか?
この何となくふわっとした感じ。親からすると心配かもですが、何でしょう、この、幸せな感じ。
ということで、目指しているところに近づけていて少し嬉しかった話でした。
次回はとうとう、クライマックス前哨戦です。




