犬飼颱の暴走Ⅱ
ただし――
それは食いしん坊が、元弟子を殺そうとしているからではなかった。
技のちがい――である。
チョークスリーパーではなく、スリーパーホールドを用いたということは、すくなくとも致死性は弱まるということだ。
スリーパーホールドが試合に勝つ技ならば。
チョークスリーパーは試合に負ける反則技である。
――とはいえ。
総合格闘技ではチョークスリーパーは使用可能だし、そしてなにより必殺技であるのだが。
必ず殺す技なのだが。
部僂是武舞は、あえてスリーパーホールドを選んだ。
良くも悪くも。
殺さずに――気絶させる方法を選んだのだった。
犬飼颱の顔が真っ赤に染まる。血管は浮き出て、空咳までしている。
目もうつろになってきた。
「このままだと、やられるな」
欲張り詐欺師は、不器用な恋愛感情を心配そうにみつめているが、しかしそんなことはお構いなしに、婀崇姆出嫗朱は眠ったままであった。
要は――憑依したまま。
能力を使ったまま。
「取り憑いたはずが、取り憑かれたのか? もしくは取り疲れた」
婀崇姆出嫗朱の能力は、乗っとるというよりは、乗っかる技。
相乗であり、累乗である。
かけて、かけて、無限大。
もしも掛けるものがなくなったら――
もしも賭けるものがなくなったら――
犬飼颱の父親がやったように。
だれかの生命を賭けるしかなくなるだろう。生命といっても、魂といっても、それは霊魂なのだが。
乗っ取った側――婀崇姆出嫗朱。
乗っ取られた側――犬飼颱。
どちらかの生命を賭けなければならなくなる。
だから不器用な恋愛感情は、なるべく早めに憑依をやめるべきなのだが。
そうはいかないのだろう。
「若さゆえに制御不能か。地縛霊も恋愛感情も……」
呟いて、後ろを振り返る。
グランドピアノを演奏している彼女をうかがう。
と、歌っていた。
歌を熱唱していたのだ。
その曲名は萬捫にはわからなかったが、ピアノの伴奏を主体とするバラード曲であることはたしかだった。
スタンドマイクを使用して、館内に響くように歌っているのだ。
「…………」
なにか企図があるのか?
それともただ単に気分が乗ってきただけか?
いやいや、余計なことを気にしている場合ではない。
このまま二人がバトり続けたら、彼が死ぬ。
「うっ……。ぐっ……」
果たして。
彼は倒れた。
いわゆる窒息状態だ。
呼吸が浅くなって、顔が青ざめている。




