犬飼颱の暴走Ⅰ
霊体が有機物で、幽体は無機物。
たしかそのように嗟嘆は表現していたが、消滅すると有機物、無機物など関係なく――実体そのものがなくなる。
身体がなくなる――ただの空気になる。
視認も確認も出来なくなり、気がついたら消えていたという、そんな感じ。
「物足りねえなー!」
犬飼颱は咆哮する。
「まっるで、サンドバッグにもなりゃしねー。まだまだ試してみたい『新技』もあるのによ」
新技。
バトルマンガっぽくいえば――必殺技。
必殺技――とはいっても、さいきんのバトルマンガでは必殺技もただの攻撃手段に成り下がり、必ずしも殺せる技とは限らないのだが。
もしも必ず殺せる技、必殺技があるのであれば、それはポケットモンスターの『いちげきひっさつ』あたりに限定されてしまうのだろう。いや、あれは『ひんし』になるだけで死ぬわけではなかったか。瀕死と死はちがう。
ならばドラゴンクエストの呪文『ザキ』か? ――いや、強いていえばそれもダメだ。あの呪文はボス戦では効果が発揮されないのだ。『ザキ』ならぬ『サギ』である。
煎じ詰めれば、『必殺技』など存在しないのかもしれない。
犬飼颱の新技も――きっとその例にもれないだろう。
だったら。
「だったらその新技――甘んじて受けてやろう。うまい話だろう?」
親心であり――老婆心。
その技の美点よりも汚点、利点よりも欠点を指摘するつもりで。
食いしん坊――部僂是武舞は、ステージから下りる。
「よお、部僂是武舞。お前ほどのやつが、手ずから実験台になってくれるのかよ? それは光栄だな」
「うまい話をいう――だがな」
部僂是武舞は、床に転がっている、バスケットボールを一つ拾って。
天井に向けて投げた。
どごんと音をたてて、バスケットボールはライトを揺らした。すると上空から、雨のように羽虫の死骸が降ってきた。それが円形にまとまる。
「どんな攻撃であれ、どんな新技であれ、どんな必殺技であれ、『当たらなければ』意味がない」
ミスった。
犬飼颱がそう思ったときには。
もう遅かった。
「…………!」
肘打ちを――
なんの捻りもない、ただの肘打ちを。
部僂是武舞は、犬飼颱のアゴに炸裂させた。それはちょうどボールを真上に投げたときの出来事である。
よろめいて後ずさる彼を――
バランスを崩して、のげぞる状態になった彼を。
両肩を押すことで転倒させて。
起き上がろうとしたところを目掛けて、自分の腕を相手の首に回して、裸絞を仕掛ける。
これは羽虫の死骸が落ちてくるときの出来事であった。
「…………っ!」
犬飼颱は首に巻かれた太い腕を、身体をばたつかせながらなんとかほどこうとしたが、うまくいかなかった。




