嗟嘆の恐怖⑲
「その往生際の悪さで、こうも立ち往生させられては業腹だ。いくら寛大な俺でも、いい加減、業を煮やすぞ」
嗟嘆は軽々と――それでも洗濯機並みに大きなライトを持ち上げて。
そしてぶん投げる。狙いはもちろん、犬飼颱だ。
「…………」
ライトは犬飼颱の背もたれになっている跳び箱付近ではなくて、バスケットボールが収納されているカゴに当たって砕けた。
まさに鎧袖一触。
大気を震わせるような振動の後には、ぐしゃぐしゃに丸まったライトだけが残った。
「はは……。死ぬな、こりゃ」
部僂是武舞も。
ましてや萬捫も。
助けてはくれないのだろうし……。
なかなかの強敵だったなあ。
しっかし、二番弟子とはなんだったんだ?
風来坊の師匠はほかにも門下生を育成していたのだろうか?
いったいだれを?
「風来坊の一番弟子――畄嗣覇阿には、それでも遠く及ばなかったな」
と。
嗟嘆はあっさり答えを述べた。
訊いてもいないのに。
「…………」
今は相手はどこら辺にいるんだろう?
そろそろ用具庫に着く頃か?
太くて短い人生だったけど――もう終わりか。
「いかなる臆病太郎といえども、お前は強いぞと励まされると、卑怯な真似はしないものなんだそうだ」
唐突に桜乃舞子の声がした。
張り上げるような力強さがあった。
「臆病風に吹かれたくらいで、縮みあがってんじゃねーよ」
その台詞は。
犬飼颱が、彼女と出会ったとき。
踏み切りで、二回目に出会ったとき。
彼が呟いた台詞である。
「く……来るなっていわなかったっけ?」
全身の打撲傷に耐えながら。
犬飼颱は、にやりと笑ってみせる。
だれにともなく、強がってみせる。
「馬鹿なお兄ちゃん、僕もついてきたよ」
ぴかぴかにして、かぴかぴの一年生。
不器用な恋愛感情――婀崇姆出嫗朱。
彼も途中から同行していたらしい。
だからなんで街中――じゃなくても、人通りのあるところをさも当たり前のように。
当たり前のようではなくても、歩いていやがるんだ?
たしか対人恐怖症だったよな。
だったらどうやって舞子に接触しやがった?
ていうか――お前。
モブキャラじゃねーのかよ?
再登場するとは奇遇だな。
という疑問や不満はさておいて。
「さあ。反撃ののろしを上げるとしようよ、馬鹿なお兄ちゃん。お姉ちゃんはあつらえ向きに用意されているピアノでも弾いて、待っていてよ」
「なんだ、婀崇姆出嫗朱。お前も戦うのか?」
桜乃舞子と婀崇姆出嫗朱。
この二人の来訪に気がついて足を止めていた嗟嘆は、しかし相手取ることもせずにまっすぐ犬飼颱にとどめを刺しに行く。
「僕……? 僕はまだ戦えないよ」
だから袖手傍観しているのさ。
ぴかぴかの一年生は。
子どもらしくない、四字熟語を使って――。
おそらく詐欺師から教わったであろう語句を口にして。
タタタ……とステージに上がって、部僂是武舞と萬捫同様に、非戦及び観戦を決め込んだ。
「それで良い」
食いしん坊はどこか安心したような柔らかな表情で、不器用な恋愛感情に視線を向けた。
「嗟嘆はお前の能力を知らないのだからな」




