嗟嘆の恐怖⑱
しかし。
それこそ狙いすましたように。
嗟嘆は『織田信長』を引きあいに出してしまった。
出すべきではなかったのに――。
出してしまった。
そうはいっても、フラグになってしまったのは純然たる偶然で、フラグを立てたから回収されたわけでもないのだが。
それでも。
口は災いの元だ。
「一番弟子――?」
嗟嘆の台詞を反復するまでもなく。
嗟嘆の台詞に反応するまでもなく。
わりと簡単に。
投てき選手にぶん投げられたみたいにあっけなく、
犬飼颱はぶん投げられた。
正確には、ぶん殴られた。
それだけで、
たったそれだけで、
彼の身体は体育館の中央から、隅っこの用具庫にある頑丈な、重さのある鉄扉に全身をぶつけることになった。
弾丸のように、勢いよく。
鉄扉を破壊するほどに、すさまじく。
「…………はあぁ?」
わけがわからなくなるほどの、衝撃だった。
わけがわからなくなるほど、衝撃的だった。
格がちがいすぎる……。
「ぐわぁ」
……その頃。
嗟嘆も攻撃をくらっていた。
犬飼颱の放ったカマイタチは、天井のライトに直撃していた。厳密にはライトの付け根部分ーー。
そのせいでライトが落ちてきて、嗟嘆に直撃したのである。
これは嬉しい誤算では――意外となく。
嗟嘆に狙いを定めなかったかわりに、犬飼颱はライトの付け根を狙っていたのだ。
…………。
そろそろ織田信長のフラグを回収するとしよう。
敵本――『敵は本能寺にあり』の略。
織田信長の家臣である明智光秀が、毛利元就の討伐には向かわずに主君である織田信長を弑逆した際に吐かれたという有名な台詞。
『いざ鎌倉』など、歴史上の名言が転化されて日本語となるケースは少なくない。
そして敵本とは――他に目的があるようにみせかけて、本当の目的を隠すことである。
それは見事に成功したわけだ。
織田信長という大事な伏線まで立てさせて。
「……こざかしいが、小さく賢いな」
嗟嘆はガラス片で腕や首筋などを痛めはしたものの、比較的軽傷ですんだ。
もしも真上から落下していたら、あるいは落命も……落命というか消滅もあり得ただろうが。
肩にぶつかるような感じで、照明が落ちてきたので、わずかな損傷ですんだ。
なかなか天晴れな手際。
それだけに。
嗟嘆の怒りを買った。




