嗟嘆の恐怖⑮
旧体育館には、犬飼颱、嗟嘆。
それから部僂是武舞、萬捫がいた。
遮光カーテンは閉められているので、陽光によって目をつぶすことは考えにくく、ステージにはグランドピアノが設置してあるが、長く使用されていなかったため、ホコリをかぶっていた。
部僂是武舞と萬捫は、非戦を決め込むつもりなのか、ステージ上にいた。
そして。
屋内のちょうど中心で、『彼ら』は向かい合っていた。
犬飼颱と――嗟嘆である。
「よう、嗟嘆。こうなることは詐欺師の差し金か?」
「ああ、いかにも。ご丁寧に通学路まで教えてもらったぞ、雑魚め」
やはり――というべきか。
一朝一夕で恐怖を克服できるわけがない。だから犬飼颱は虚勢を張っているだけで、精一杯であった。
ため口をきいているだけで、冷や汗が流れた。
怖くないわけがない。
対面しているだけで、疲れるのだ。
犬飼颱は、相手の一挙手一投足に集中する。まるで攻撃を仕掛けようともしない、今は雑談タイムだとばかりに無警戒な嗟嘆を相手に、それでも警戒を怠らない。
それだけの大敗。
それだけの負けかた。
圧倒的な恐怖。
トラウマ。
それはそうだ。
なにもされていない、今現在でさえも。
気を抜いたら、心がやられる。
何度でもぶり返す恐怖。
根底に植えつけられたそれは、けっして除去することは出来ないのだ。
「一つだけ、疑問があるんだけどよ」
刑務所実験という学説がある。
この実験に参加する被験者は、囚人と刑務官のどちらかの役を担当し、囚人は刑務官に絶対服従をするというだけのゲームである。
数日間、実験を続けた、その結果――
囚人の大半は鬱になり、刑務官は高慢になってしまった。もちろん人体に悪影響を及ぼす可能性があるということで、実験は中止に終わったのだが。
これは――役職が人物の性格をねじ曲げるという、好例である。
今は、まさしく。
その状態になりつつある。
刑務官――嗟嘆。
囚人――犬飼颱。




