嗟嘆の恐怖⑭
ハレンチなシーンは、なにもなく。
――六日目を迎えた。
舞子はそそくさと布団をたたんで、やはりあのことを熟考する。
嗟嘆のことを。
【嗟嘆はいわゆる精神的な怪物で、】
【死んだ人(霊体)じゃないとみえないってことなのかな?】
【トラウマを負って、死んだ人】
【……でも、いまいち解せない】
【ゴールさんは、なんでそれを知っていたのか】
【推測で導きだしたにしても、やっぱりおかしい】
【彼らには物体として認識されているのだ】
【戦わなくても勝てない、なんて】
【まるで戦ったことがあるような言いぐさじゃない……】
【「今のあなたでは、戦わなくても勝てませんよ」】
【『今の』あなたでは……】
【戦うことさえ出来ない】
【では――戦うことが出来たら?】
【同じ土俵に立てたなら、どうなる?】
【今の状態で戦うことにでもなったら……】
【戦えるとしたら……】
【どうなるの?】
【それとも、もう勝ったのかな?】
【それにしては、なんかあっけないけど】
【どっちだろう?】
「おい、さっさと学校に行くぞ!」
思考中断。
「う……うん。ちょっと待ってて」
教科書とノートは置き勉してるから、スクバに入れる物は、筆記用具くらいであった。
置き勉――学校に教科書とかノートを置いていくこと。優等生とかでもよくやる行為である。念のため。
彼女は学校指定の制服に着替えて。
「ごめん、お待たせ」
彼に声をかけた。
「コンビニ弁当でいいか?俺はいつもそのパターンなんだけど」
颱は両ポケットに手を突っ込んで、待っていた。
いつもならば、彼女はもっと早く家を出ている。
ただ、昨日はいろいろあって、眠るに眠れなかったのだ。
ちなみに弁当も早起きして、自分で作っている。
だから今日はただの例外なのだった。
「うん、コンビニでいい」
二人、並んで歩いていると、
「コンビニって、便利だよなー」
彼は舞子をみていった。
昨日の裸の一件は、どうやら水に流してくれたらしい。
それはそうと――久しぶりの同語反復だった。頭痛が痛いみたいな、あれである。
「コンビニエンスって、どういう意味か知ってる?」
「コンビニエンス? そりゃあコンビニエンスストアの略称だろ?」
「やっぱ知らないの? たしかその単語って、テスト範囲じゃなかった?」
「残念だったな。その頃には、俺はもうここにいないぜ」
「そうだった。ちなみに意味は、便利なという形容詞だったはずだけど……。ちがったらゴメン。いちおう辞書で調べてみて」
「辞書って……」
颱は苦笑しながら、
「ユビキタス社会なんだから、ネットでよくねーか?」
「そうだよ? そうだけど、颱にはジェネレーションギャップとかってないの?」
「ねーよ」
「やっぱり」
なぜか平成を知ってる彼。
昭和に死んだのに。
「おう、コンビニだ。さくっと買って、学校で寝よーぜ」
「睡眠学習!?」
驚く舞子をよそに、颱は手早く買い物を済ませた。急いで彼女もそれにならう。
「よう、雑魚。ちったあ強くなったかよ」
通せんぼをするように。
嗟嘆は立っていた。
目はつり上がっていて、口からは犬歯がのぞいている。不愉快そうに腕を組んで、いかにもおっくうそうな表情をしている。
「よう、嗟嘆。よくみるとテメーは親父に似てすらいねーな」
「ほう、俺の能力を破ったか。そうこなくては面白くならない」
「…………っ!」
戦慄。
舞子は戦慄してしまった。
【視認は出来た――。出来たけど、なにこれ?】
【恐怖を具現化して、なお具体化している!】
これが――嗟嘆。
強いとか弱いとかではない。
これが――怖さ。
ただ向かい合っているだけで、今にも崩れ落ちそう。
たとえるなら、もろい吊り橋の上にいる感覚。
不安で、不安定で。
「歌ってろ」
彼は。
犬飼颱は、一瞥もくれることなく。
命令を下す。
「飲まれるぞ」
「ほう……」
感心したとばかりに、嗟嘆はうなずく。
「精神感応か。雑魚は雑魚なりに、ザコいことを考えるものだ」
場所を変えよう。
旧体育館へ来い。
家政婦。
そして嫉妬の女と同じ目にあわせてやる。
そういって嗟嘆は――姿をくらませた。
「んじゃ、行ってくるわ。このままじゃお前も被害こうむるかもしれねーし」
「私も行く」
「わりーな。さきに行くわ」
颱も。
嗟嘆と同じように。
すぐに姿を消した。
「…………もうっ!」
死なないでよね。
舞子はそのまましばらくの間、ぼうぜんと突っ立っていた。




