《8》
翌朝、ガレットに連れられてセラフィーが訪れると、小さな石造りの家の庭で白髪交じりの柔らかなウェーブの髪をした女性が男性と並んで穏やかに座っている。
「ローザさん、この前話した令嬢だ」
ガレットがぶっきらぼうに言うと、ローザはにこやかに微笑んだ。
「まあ、可愛らしいご令嬢ね」
「セラフィー・アシュレイと申します。ガレットさんから歩くのが怖いと聞きました」
「転んでしまいそうで、怖いのよ」
ローザが俯き、自分の足をゆっくりさすった。
セラフィーは早速、関節の動きや筋肉量、バランスなどを一通り調べた。
ガレットが早くに声をかけてくれたので、そこまで大きな機能低下はなさそうだ。
「夫と散歩したいのに、足が言うことを聞かなくて」
「最初は私が必ずそばにいます。少しずつ身体を動かして、歩く力を取り戻していきましょう」
セラフィーは安心させるように笑顔で言うと、ローザの表情は幾分和らいだ。
それからセラフィーは、彼女へもう1つ提案をした。
「それに、ガレットさんが歩くことを助ける“歩行器”を作ってくれますよ」
「歩行器?」
「えっ、俺!?」
突然セラフィーに言われたガレットは、自分を指さし驚いて声をあげた。
ローザは夫と顔を見合わせた。夫がにこりと笑って頷く。
「じゃあ、お願いしてみようかしら。2人とも、よろしくね」
「はい!よろしくお願いします」
「おっ、おう!任せてくれ、ローザさん」
ローザの言葉に、セラフィーは胸の中でほっとした。
ガレットは、何を作るのかも分からず、内心慌てていそうだ。
(ローザさんは大丈夫。早期に対応できた……まだ諦めることもないわ)
帰り際、ガレットが頭をガシガシかきながら照れくさそうに、ぼそりと呟いた。
「ローザさんを……よろしく頼む」
「任せてください!けど、ガレットもまた徹夜覚悟でお願いしますね」
「望むところだ」
セラフィーが目の下にクマを作りフラフラのガレットを想像しながら、悪戯っぽく言うと彼はそれを感じとったのかニヤリと笑みを浮かべ、胸を張った。
「工房に帰ったら、早速“歩行器”とやらの摩訶不思議な設計図を見せてもらおうじゃないか」
これ見よがしに「ははは!」と、笑い声を響かせ前を歩くガレットの背中を、セラフィーは口を尖らせ、くやしそうに睨みつけるのであった。
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──あの時から数日。
今、目の前にあるガレットの背中は、あの時と同じように誇らしげに胸を張っていた。
白い布の下から現れた歩行器は、ブレーキに高さ調節ができる持ち手、荷物入れなど細かな注文にも完璧に応えてくれている。
「今夜はもう遅いですね。明日早速、ローザさんの所へ持っていきましょう」
ガレットも出来栄えに満足しているのだろう。
腕を組みながら大きく頷いている。
彼の腕がなければ、これからの患者さんも助けることは難しいだろう。
セラフィーは一息つくと顔を引き締めて「ガレットさん」と、呼びかけた。
先ほどとは違う改まった様子に、ガレットの顔も真剣な面持ちになる。
「実は、もう1つ作ってほしいものがあります。今度は、足が不自由な人のための車輪の付いた椅子…『車椅子』です」
「車椅子?」
初めて聞く言葉に眉をひそめながら首を傾げる。
セラフィーはゆっくり頷くと設計図を広げた。それを見たガレットから深い溜息がこぼれる。
「はぁ~毎度毎度のこの流れにもいい加減慣れてきたな」
ガレットが苦笑いし、セラフィーが「もうっ!」と、小さく足を踏み鳴らすと、ピンと張りつめていた糸が緩むのが分かった。
「で、なんだこれは?椅子のようなものに、輪っかが付いているぞ?」
ガレットが指でトントン設計図を叩きながら尋ねると、セラフィーは目を輝かせながら言った。
「そう!これは車輪なんです!車輪の外側にはハンドルも付いていて、それを持って自分で回すと車輪が連動して回って車椅子が動く仕組みです。足の代わりになって好きに移動ができるんですよ!」
セラフィーが声を弾ませ熱を帯びた口調で話すとガレットは頭を抱え、天を仰ぐようにすると、彼は大きな声で吠えた。
「そんなん、この設計図じゃ分かんねーよ!!」
セラフィーは「なぜ?」と、言いたそうな顔で首を傾げ、不思議そうに彼に視線を送った。
「自分の手で回す……ってことは、軽くしないといけないな……。けど軽すぎると後ろにひっくり返っちまう。重心のバランスをどうする……それとも他の部品で──」
設計図を見ながら1人ブツブツと呟くガレットに、セラフィーは設計図を指さし真剣な顔で頷きながら早口で言った。
「足置きは跳ね上げ式にするのとブレーキは絶対に忘れないでくださいね!それから……」
「いるもん全部書け!」
ガレットは、うんざりした顔で紙とペンをセラフィーに渡した。
そんな顔をしながらも、彼はすぐにペンを握り直し、目を鋭く光らせた。
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夕焼けが消えかかり、あたりが急に暗くなり始めたころ。
ガレットの工房に一台の重厚な黒い馬車が止まった。
馬車にはドラヴェン公爵家の紋章が刻まれている。
中にはヴァレンが乗っていた。
公務が早くに終わり病院に立ち寄ったところ、エルヴィラに「暗くなってきて、セラフィーちゃんが心配だから迎えに行ってあげて?」と、馬車に強制的に押し込まれた。
馬車からは工房の中の様子がよく見えた。
そこには作業台を囲む2人の姿があり、何かをのぞき込みながらセラフィーが指を差して説明し、ガレットがそれを書き込んでいる。
2人とも作業に夢中で、周囲が見えていない様子だ。
セラフィーが笑うと、ガレットも口の端を上げた。
(何だ、これは)
胸の中に、妙なざわつきがあった。
エルヴィラから報告を受けており、ガレットが腕の立つ職人で病院にも大きく貢献してくれていることは知っている。
しかし、セラフィーと彼がこんなにも親しくしているとは思わなかった。
その時、彼女が不意に窓を見て、馬車に気付くと目を丸くした。
扉を開け、降りてきたヴァレンを見ると慌てて駆け寄ってくる。
「ヴァレン様、どうされたんですか?」
「エルヴィラに言われて、迎えにきた」
ヴァレンがぶっきらぼうに答えると、セラフィーは申しわけなさそうだが、どこか嬉しそうに礼を述べた。
ガレットの視線に気づくと、セラフィーは彼に身振り手振りで立つように促した。
「ヴァレン様、ご紹介いたします。機能訓練室で使う道具などの製作をお願いしているガレット・クラインさんです」
ガレットが緊張した面持ちで大きく腰を折るように挨拶すると、ヴァレンは静かに頷いた。
平民であるガレットが大貴族である彼に会う機会なんて滅多にないことだ。
「堅苦しくしなくてかまわない。友人であるジークが世話になったな」
そういわれると、ガレットは安堵したように肩の力が少し抜ける。
「エルヴィラから専属にならないかと言われているそうだな」
「いや、公爵家の病院の専属なんて、俺には荷が重いですよ」
ガレットが首の後ろをかきながら、居心地悪そうにしている。
そんな彼にセラフィーは、胸の前で小さく両手を握ると、目をらんらんと輝かせた。
「ガレットさんなら適任ですよ!私が保証します」
「お前に保証されてもな」
苦笑いするガレットに、彼女は熱い視線を送り続けている。
すぐ近くでそのやり取りを見つめていたヴァレンは、ますます心中穏やかでないものを感じた。
ただの仕事仲間だと分かっているのに、なぜ自分はこれほどまでに、彼女の視線が他の男に向くのが気になるのか……。
「セラフィー……」
気づけば、彼の口から自然と名がこぼれ落ちた。
静かな声だったが、そこには確かな熱がこもっていた。
「えっ?」
セラフィーは驚きヴァレンの方を向いたが、彼自身もなぜそう言ったのか分からず戸惑いを見せる。
しかし、それを悟られまいと冷静を装い告げた。
「もう大丈夫か?……そろそろ帰るぞ。ご家族が心配する」
「はっはい!ではガレットさん、よろしくお願いします」
セラフィーは頬を赤く染めると、ガレットに深く一礼し、ヴァレンに続き工房を後にした。
そんな2人の後姿をガレットは「ははーん」と意味深な笑みを浮かべるのであった。




