《7》
セラフィーは午後から、レオナルド・シュタイナー医師に外来診察室に来るように言われていた。
通院患者を診てもらいたいという。
レオナルドはエルヴィラの夫であり、シュタイナー公爵家の3男にあたる。
「3男坊なんて、気楽なもんだよ」と、笑いながら言うが、公爵家の生まれでありながら医師を志した情熱あふれる男性だ。
また、思い立ったら猪突猛進の妻の勢いに全く動じず、ただ穏やかな微笑みを返すだけの度量を持つ。
機能回復法にも進んで耳を傾けてくれるよき理解者でもある。
セラフィーが少し緊張しながら診察室の扉をノックし、促され仲に入ると、そこにはレオナルドと若い女性が座っていた。
傍らには幼い子どもと夫らしき人が心配そうに彼女を見つめている。
「やあ、待っていたよ。セラフィー嬢」
レオナルドの柔らかな笑みに迎えられ、緊張が和らぐ。
彼は椅子に座る女性に手の平を向けると紹介した。
「紹介するよ、マリアさん。彼女が『機能回復法』の発案者アシュレイ侯爵家令嬢セラフィー嬢だ。君の生活に新しい風を吹かせてくれるかもしれない」
「マリアさん、はじめまして。セラフィーと申します。マリアさんのお手伝いをさせていただきたくて参りました」
マリアはセラフィーをチラリと見るが無言のままだった。
レオナルドから事前に渡されていたカルテには、事故により下半身の感覚が失われ歩行困難になったと記載されていた。
それまでは当たり前だった自由に動き回る生活は失われた。
かつては快活だったのだろうと思わせる顔立ちだが、今は表情が乏しい。
「……結構です」
「マリア──」
傍らの夫が困惑と切なさに眉をひそめながら、彼女の肩に手を下ろす。
「せっかく来てくださったんだから、話を……」
「いいの!!!」
マリアは夫の言葉を大きな声で遮ると、静かに横に首を振った。
「どうせ歩けないのよ……何をしても同じよ。自由には動けないの。家ではずっと椅子に座って、外に行くにはあなたに背負われるしかないのよ」
目に涙を浮かべ、ぐっと唇を噛み締めたマリアに、セラフィーは跪き、彼女に目線を合わせると穏やかな声で言った。
「私は、マリアさんが『何かをやりたい』と思える気持ちを、大切にしたいです。それを少しお手伝いできたらと思います」
するとマリアは大きく目を見開き、セラフィーを睨みつけるようにして叫んだ。
「……貴女に何が分かるのよ! 夫の背中で揺られながら、周りの人から『可哀想に』という目で見られる私の気持ちが!誰かの重荷になって、哀れみられるくらいなら、一生家に閉じこもっていた方がましよ。本当はここにだって来たくない。──私は2度と自分の力で進むことなんてできないのよ!!」
マリアの悲痛な叫びに、子どもの目にまで涙が浮かぶ。
彼女はその姿を目にすると「ごめんね」と、小さな身体を抱きしめた。
夫も妻にどう声をかけたら良いのか分からない様子だ。
「マリアさん……」
セラフィーが静かに話しかけると、彼女はセラフィーを横目で感情を削ぎ落とした視線を向けた。
「誰の重荷にもならず、自分の力で、旦那様やお子様と『同じ目の高さ』で並んで歩ける道具があったら……その時は、私の話を聞いていただけますか?」
「そんなもの、あったら見てみたいものだわ」
冷ややかに一瞥し、視線を外したマリアの態度に諸戸もせず、セラフィーは新たな決意をしたように力強く立ち上がった。
「具体的な話ができるようになってから方針をご説明しますね。今日はご挨拶だけで失礼します」
セラフィーは診察室を出ると足早に廊下を歩きだす。
彼女は、はやる気持ちが抑えられなかった。
(早く──早く!ガレットさんの工房に行かないと!!)
マリアは病院からの帰り道。夫に背負われながら、セラフィーとの会話を思い出していた。その背中からの小さな声が聞こえた。
「……行きたいところ、か」
「ママ、なあに?」
子どもの問いかけに「何でもないわ」と首を横に振ると静かに夕日を見つめた。
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セラフィーは病院を出ると、その足で夕暮れの職人街を訪れていた。
今日も変わらず金属を叩く音が通りまで響いている。
工房の扉を開けると、奥で作業していたガレットが顔を上げた。
その顔にはクマが出来ており、また不眠不休で作業をしていたことがうかがえる。
「おっ、セラフィー嬢。丁度良い時に来たな」
「わっ、ガレットさん。また徹夜ですか?エルヴィラ様に叱られちゃいますよ?」
「げっ!エルヴィラ様、おっかねえからな」
そう言いながら彼は身を震わせた。
ガレットは機能回復法を病院で開始するに当たり、杖や手すり、平行棒など訓練に必要な用具を製作依頼された。
職人魂に火が付いたガレットによって急ピッチで製作されたものは手抜きなど一切感じさせない完成度を誇っている。
予算のこともあり、エルヴィラも交えて話をすることも多かった。
不眠不休で作業をするガレットを見兼ねた彼女は、有無を言わさず強制的に眠らせたり食事をとらせたりと世話を焼いた。
ジークの件もあり職人としてエルヴィラのお気に入りになったガレットは、今や病院のお抱え職人にならないかと、熱心な勧誘を受けている。
あの彼女を、のらりくらりとかわすのは相当の労力を要する。
「それよりコレを見てくれ!」
ガレットが白い布を勢いよくはぎ取ると、セラフィーは歓声を上げた。
「すごい!もう出来たんですか!?ローザさん、きっと喜びますね」
話は少しさかのぼる。
機能訓練室準備中、セラフィーが平行棒の設計図を持ってガレットの工房を訪れていた。
作業中、ガレットが珍しく手を止めて言った。
「あのよ……1つ相談があるんだけどよ……」
「はい、何でしょう?」
いつも豪快なガレットが言いよどむなんて珍しい。
さらに頬をかきながら、耳を赤くしている。
普段とは違う彼の様子に、セラフィーは首を傾げた。
「工房の近所に住む婆さんがいる。最近、風邪を拗らせて数日寝込んでから足元がおぼつかなくてな。転びそうで怖いと外に出なくなって、旦那が心配しているんだ」
「……その方に何か作ってあげたいんですか?」
「俺が言い出したわけじゃない、旦那に相談されただけだ」
ガレットが視線を逸らした。
照れ隠しに、わざとぶっきらぼうに言う様子にクスクスと笑いがこぼれる。
「ガレットさんが心配しているんですよね」
「うるさい」
そう言い彼が顔を背けると、セラフィーは笑顔になった。
「会わせてもらえますか?寝込んでしまったことで筋力低下を起こしているかもしれません」
ガレットは安心したように頷くと「明日の朝来い」と、だけ告げた。




