《5》
ドラヴェン公爵家訪問より数日後。
病院に訪れたセラフィーは、エルヴィラに連れられ病院の一室に入った。
部屋には6名の男女が椅子に座って待っていた。年齢は20代から30代だろうか。
全員が緊張した様子でセラフィーに視線を送っている。
「紹介するわ。アシュレイ侯爵家令嬢セラフィー嬢よ。これから皆にしてもらう機能回復法を指導してもらうわ。セラフィーさん、みんなここの看護師よ。将来的には機能回復士として業務にあたってもらいたいと思っているの」
エルヴィラから、にこやかに紹介されるとセラフィーは“機能回復士”と胸に刻みながら深呼吸して前に出た。
「はじめまして。セラフィーと申します。今日からみなさんと一緒に、この病院で機能回復法を広めていきたいと思っています」
看護師たちが不安そうに顔を見合わせた。
「あのっ……発言をお許しいただけますでしょうか?」
1人の看護師の問いかけにセラフィーが微笑みながら「どうぞ」と、促す。
「病院では、今まで絶対安静が基本でした。身体を動かして悪化したら……責任が取れません」
そう言い、眉をひそめた女性看護師に他の看護師たちも頷いている。
この世界になかったことが始まるのだから、無理もないことだ。
「最初は不安ですよね。だから最初は私が必ずそばにいます。一緒に少しずつ覚えていきましょう」
また看護師たちが不安そうに顔を見合わせる。
前世の記憶は曖昧だが、初めて患者さんに接する時は自分もそうだったことは覚えている。上手くいかず、陰で泣いたこともある。
「みなさんに1つだけお伝えしたいことがあります」
セラフィーは看護師たちを安心させるため、笑顔で続けた。
「機能回復法で必要なのは、技術だけではありません。患者さんの心に寄り添い安心して取り組める環境を作ること。できたことを一緒に喜ぶこと。患者さんの可能性を信じること……それがとても大切です」
部屋が静まり返った。
同じ医療職。患者を良くしたいという気持ちは変わらない。
しばらくして、一番若い看護師が恐る恐る手を挙げた。
「……やってみたいです」
その声にセラフィーは、安心したように笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。一緒に頑張りましょう!お名前を伺っても?」
「ミラともうします、……セラフィー様、あの」
ミラは少し俯くと、膝の上で手をぎゅっと握りしめた。
セラフィーはじっと彼女の言葉を待った。
その声は小さく震えていた。
「実は、私の亡くなった祖母も、足を悪くしてから、ずっと寝たきりでした。お医者様には『もう歳だから、無理に動かさない方がいい』と言われて……祖母自身も家族も、それを信じて、諦めていました。
もし、あの頃にセラフィー様の機能回復法があったら。祖母は、自分の足で歩けていたんじゃないかって、ずっと考えていて……。だから私、今度こそ誰かの『諦めなくていい』を、自分の手で作りたいんです」
室内が、しんと静まり返った。
セラフィーはミラの手に、自分の両手をそっと重ねた。
「教えてくれて、ありがとうございます。ミラさんのお祖母様の分まで、一緒に頑張りましょう」
「……はい!」
ミラは目に涙を滲ませながら、大きく頷いた。
その様子を見ていた他の看護師たちの表情にも、わずかな迷いが晴れていくのが見て取れた。
「みなさん、改めてよろしくお願いします!あと、質問があれば気軽に言ってくださいね」
セラフィーは満面の笑みで胸の前で、力強く両こぶしを握った。
その令嬢らしからぬ、けれど真っ直ぐで愛らしい姿に、後ろで見ていたエルヴィラは思わず「ふふっ」と、吹き出した。
それからは忙しい日々が始まった。
セラフィーはエレオノーラの元に定期的に通いながら、病院には毎日通った。
看護師たちをいきなり患者の前に立たせるわけにもいかず、かといって現状から養成学校のように時間をかけられるわけでもないので、1か月後の始動に向け実戦経験を積んでもらうことにしたのだ。
「では、まずペアになってください。そして相手の方を立ち上がらせようとしてください」
看護師たちは腕を引っ張ったり、力ずくで持ち上げようとしている。
「セラフィー様~、重くて無理です」
ここ数日でセラフィーと看護師たちは打ち解け始め、敬語の中にふっと素顔が混じる。
「見ててください」と、いうとセラフィーは椅子に座った。
「私たちは立つとき、こういう風にお辞儀をするようにして立ち上がります」
看護師たちが真剣な眼差しで頷いている。
セラフィーは男性看護師を座らせると続けた。
「力ずくで持ち上げようとするのではなく、重心を意識して……」
そうすると簡単に男性は立ち上がった。
「わぁ!すごい!!」
看護師たちから歓声があがる。
セラフィーは、みんなの前に向き直ると優しい笑顔で言った。
「私たちはこれから、患者さんのできること、できないことを判断していかなければなりません。できることは維持し、さらに伸ばす。できないことは補い、可能性を広げる。大切なのは、その人の生活が再び色づくように寄り添って手助けすることです」
看護師たちの顔が一層引き締まったのが分かった。
それからは関節や筋肉へのアプローチ方法、起き上がる、立つといった基本動作から始まり、歩く、着替える、トイレ動作など日常生活にかかわる身の回りの動作訓練などを指導していく。
看護師たちの動きもだんだんと様になってきている。
それに加え、アドバイスを積極的に求められるようになり、看護師同士で自主的に教えあう姿が増えていった。
そのなかでも、ミラは、誰よりも熱心だった。
セラフィーが教える歩行訓練の手順や、他の訓練方法を、休憩時間まで削って復習する。
最初は震えていた手も、日を追うごとに、迷いなく頼もしいものになっている。
「ミラさんの努力はすごいですね。もう私が教えることなんて、あまりなさそうです」
「そんな、セラフィー様、褒めすぎです。まだまだ教えてもらいたいことが、たくさんあります……でも」
ミラは、少し照れくさそうにはにかんだ。
それから、窓から空を見つめた。
「祖母に、今の私を見せてあげたいです。今度は祖母の手助けをできると思うから……」
セラフィーは、その言葉に目を細めた。
(ミラさんはきっと、これから先も、誰かの『諦めない』を支え続けていくんだろうな)
機能回復士が、生まれていく
その光景をどこか懐かしく見つめながら、セラフィーは胸の中で確かな手応えを感じた。




