《3》
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リハビリ──もとい『機能回復法』の初日。
セラフィーはジークの左足の状態を確かめるため、シーツをめくった。
彼女はジークの太ももやふくらはぎの筋肉を手の平で確かめ、ふと顔を上げた。
「ジーク様。安静にと言われていたのに、隠れて筋肉強化訓練をしていましたね?」
「っ!? な、なんのことだ……!」
ジークの目が泳ぎ、明らかに動揺している。
騎士団復帰への焦りから、医師の目を盗んで体を動かしていたのだろう。
「誤魔化しても無駄です。筋肉がこれほど張っているもの。でも筋力低下を予防できたので結果良かったです。ですが……」
今度は彼の足首を動かした。
「動かさない間に、足首の関節が少し硬くなっています」
「……硬い?」
セラフィーが声をかけてから、ゆっくりと足首を反り返らし筋肉を伸ばすと、ジークは「痛たっ……!」と、顔をしかめた。
「足首が動く範囲を広げる運動を始めましょう。関節が硬いと、どんなに筋力があっても踏ん張ることなどできませんから」
(関節可動域訓練……これが『機能回復法』の第1歩ね)
「まずはここを解して、正しく動くように教え込む。それと……」
「まだあるのか!?」
真剣な眼差しで自分の脚と向き合うセラフィーに、ジークはタジタジになりながらも、どこか期待の混じった表情でその指示に従うのだった。
機能回復法を始めて数日。
ジークの表情には明るさが戻りつつあったが、セラフィーの表情は晴れなかった。
(動きは良くなっている。でも、まだ踏ん張りが足りない……)
「ジーク様、踏ん張れないのは筋力や関節の問題だけではないと思います。足首の安定性が落ちているんです」
「足首の安定性?」
「はい。ここを安定させることで、踏ん張る力がもどる可能性が……」
その時、脳裏に前世での記憶が鮮明に浮かび上がった。
足首の安定性を高める機能がある──『下肢装具』だ。
(この世界にある材料で、きっと作れるはず!)
「ジーク様、1つお願いがあります」
セラフィーが真剣な面持ちで切り出すと、ジークは怪訝そうに首を傾げた。
「なんだ?」
「足首を固定して、安定性を高めるための特別な道具を作りたいんです。革と金属を使うことになると思います。……どなたか、作れそうな腕のいい職人さんをご存知ありませんか?」
ジークが目を輝かせた。心当たりがありそうだ。
セラフィーが期待満ちた顔をすると、彼は白い歯を見せて力強く笑う。
「いるぞ!ガレットという職人だ。口は悪いが腕は本物。変わったものを作るのも好きなやつなんだ」
「ぜひ紹介してください!」
「それで俺は踏ん張れるようになるのか?」
「なれるように、一緒に頑張りましょう!」
不安そうに呟くジークに、セラフィーは胸の前で小さくガッツポーズをした。
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ガレットの工房は、アルメリアの職人街の一角にあった。
金属を叩く音が通りまで響いている。
ジークが工房の扉を開けると、訪問者をつげるベルが軽やかに鳴る。
すると、奥で作業していた男性が顔を上げ、茶褐色の瞳がセラフィーたちを捉えた。
深みのある黒髪を短く刈り上げ、精悍でワイルドな顔立ち。
がっしりとした筋肉質の体に革のエプロンを着けている。
「ジークじゃないか。足の具合はどうだ?女連れとは珍しいな」
彼の足の状態を知っていることから、普段から連絡を取り合う仲なのだろう。
ガレットは、明らかに平民とは違う身なりのセラフィーの登場に、ジークの彼女かと勘くぐっていた
「もう日常生活は何ともないぜ。ガレット、紹介する。セラフィー・アシュレイ嬢だ。俺の足首を固定する装具を作ってほしいそうだ」
「固定する装具?」
聞き覚えのない言葉に、ガレットが眉を上げた。
「初めまして、ガレットさん。ジーク様に伺って参りました」
セラフィーは、臆することなく、真っ直ぐに彼を見つめた。
ガレットは、この工房に不釣り合いな令嬢がどんな我儘をいうのか身構えているようだ。
「実は、彼の足を救うために、どうしても貴方の知恵と技術が必要なのです。……早速ですが、こちらを見ていただけますか?」
セラフィーは鞄から1枚の紙を取り出し、作業台の上に広げる。
ガレットは、それを覗き込むと、すぐさま眉をひそめ、鼻を鳴らした。
「……へたくそな設計図だな。何が何だかさっぱりだ」
「絵を描くのは得意じゃないんです! でも、構造はしっかり答えられます!」
セラフィーが顔を赤くして言い返すと、ガレットは呆れたように笑い、再び紙に目を落とした。
すると一瞬で職人の鋭いものに変わる。
「……なんだ、これは?こんな形のもの、見たことがないぞ。この接続部……みたいなものはどうなっているんだ?」
ガレットは設計図を食い入るように見つめた。
素人が、しかも若い令嬢が考案できるものだろうか。
「……これを、あんたが考えたのか」
彼の突きつけるような問いに、セラフィーは少し目を泳がせた。
「ええと……その……。以前、どこか遠い国の話を耳にしたことがあって。それをヒントに、今のジーク様に必要な形を必死に思い出したんです。なんとなくの構造や効果は説明できるのですが、それに適した材料や細かな仕組みについては、詳しく分からなくて。……だから、どうかガレットさんの知恵をお貸しください!」
勢いよく頭を下げるセラフィーに、ガレットは少し慌てる。
「ったく、侯爵家のご令嬢が職人に頭を下げるもんじゃねえよ」
そう吐き捨てながらも、ガレットの口元には不敵な笑みを浮かべる。
そして、彼は広げられた紙を指先でピシッと弾くと、からかうように言った。
「だがお嬢さん、まずは設計図の書き方から教えないといけないようだな」
「な……っ!うぅ、ぐうの音も出ないです。 けど絵を描くのは得意じゃないと言ったはずです! ……でも、機能さえ伝われば、あなたの腕なら形にできると思ったんです!」
抗議するセラフィーに、ガレットは「やれやれ」と、肩をすくめた。
「ご令嬢にそんな風に頼られちゃあ、職人の名が廃る。いいか、貸してみな。本物の設計図ってやつを、今ここで書き直してやる」
ガレットはペンを手に取ると、セラフィーの拙い図面の横に、迷いのない線をさらさらと引き始めると、彼女は目を輝かせながら設計図を見つめた。
「凄い!みるみるうちに形になっていくわ」
「当たり前だ、俺を誰だと思っている。足首の固定が大事なんだろ?……見てろよ。この角度で固定するならただの革じゃ頼りねえ。裏に薄く叩いた鋼を仕込んで、こう補強する……そうすれば、あんたの言うことが、実現できる」
「それです! まさに私が求めていた機能です!足首を固定させて、しっかり踏ん張れるようにしたいんです」
「だったら……」
一方で。
紹介者であるはずのジークは、すっかり会話の輪から弾き出されていた。
(……俺の脚の話だよな、これ?)
熱い議論を続ける2人を前に、ジークはただ1人寂しく紅茶をすするのであった。
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数日後、ガレットがジークの病室へ現れた。
「できたぞ。試してみろ」
セラフィーは期待に胸を躍らせながら、ガレットが袋から取り出す様子を食い入るように見守る。
そして、机の上に鎮座したのは、鈍い光を放つ金属と、強靭な革が組み合わさった下肢装具だった。
セラフィーが「わぁ!」と、歓喜の声をあげると同時に、ガレットの顔を見て気になった。
「ガレットさん、目の下にクマがくっきり出てますよ」
「いや、作りだしたら止まらなくなっちまって……」
そう言いながら彼は首を撫でた。
「……こんなもので、本当に踏ん張れるようになるのか?」
ジークが半信半疑でそれを手に取るとまじまじと見つめた。
こんなにも軽いものが自分の支えとなってくれるんだろうか。
そんな彼を尻目に、セラフィーは自信に満ちた瞳で頷く。
「まずは装着してみましょう。ジーク様、足を貸してくださいね」
セラフィーが手際よくベルトを締め、ジークの左足にしっかりと下肢装具を装着していく。そして、ジークがゆっくりと床に足を下ろすと、ぐっと足元を確かめるように体重をかけた。
「──悪くない」
小さく呟いた彼の眼には、確かな希望の光が差している。
「セラフィー嬢、今すぐ訓練場へ行くぞ! 早くこれを試したい!!」
「良いですね!試してみましょう!ガレットさんも行きましょう!」
セラフィーは声を弾ませながら、「少し眠りたい……」と、呟くガレットの背中を問答無用で力強く押し、病室の外へと誘うのであった。
「あら、あなたたち。そんなに急いでどこへ行くの?」
廊下で3人に鉢合わせたエルヴィラが驚いて目を丸くする。
「エルヴィラ様! 装具ができたんで、今から訓練場で試してくるぜ! 俺、これがあれば騎士団に戻れるかもしれないんだ!」
「えっ! ちょっと、どういうこと!? ちゃんと説明しなさい……っ」
エルヴィラの制止も聞かず、ジークを先頭に3人は嵐のように去っていった。
静まり返った廊下で、エルヴィラは呆然としていたが、すぐに瞳に強い光を宿した。
「……こうしちゃいられないわ!」
エルヴィラはドレスの裾を翻し、ぐんぐん廊下を進むと、執務室の扉をバァン!と勢いよく開け放った。
室内では、定例報告を聞くために訪れていたヴァレンが、何事かと驚き目を見開いている。
「ヴァレン、今すぐ訓練場へ行くわよ!」
「……エルヴィラ。公務がまだ残っている」
「そんなの後回しよ!今、ジークの正念場なの!」
「分かった。行こう」
エルヴィラのただならぬ気迫に、ヴァレンは静かに、けれど迷いなく頷いた。
ヴァレンは手元にあった報告書を置き、姉とともに3人の後を追った。
3人が訓練場につくと、1人の逞しい男性が声をかけてきた。
「ジーク!ジークじゃないか!足の調子はどうだ?」
「はい、ガイル副団長。今日は足の調子を確かめたくて来ました」
そういうとジークは左足に装着している下肢装具を見せた。
「なんだ、それは?」
ガイルが見慣れないものに、首をかしげながらのぞき込む。
「これのおかげで、騎士団に復帰できるかもしれません。剣を試させてください!」
ジークの顔に自信が見える。
そして、騎士として気迫を強く感じる。
ガイルは深く頷くと叫んだ。
「ジークに剣を!それと打ち込み相手を1人連れてこい!」
ヴァレンとエルヴィラが訓練場へ駆けつけたのは、まさにジークが剣を振るおうとしていた、その時だった。
騎士団の仲間が、剣を構えるジークを、息をのんで見つめている。
静寂に包まれた中、ジークは一呼吸おくと叫んだ。
「よし!来い!!!」
「行きます!」
後輩騎士が鋭く踏み込んでくる。
するとキィン、と耳を突き刺すような金属音が辺りに響く。
セラフィーたちは息を飲み、その様子を見守った。
──下肢装具をつけた左足で、しっかりと大地を踏みしめたジークの身体は微動だにしない。
「……効く」
ジークは驚きが隠せず、その声は震えていた。
彼は確信したように剣を再び握りしめると、叫ぶ。
「もう1本!」
「行きます!」
先ほどよりさらに強い衝撃を受け止めるがやはり崩れない。
久しぶりに剣を受ける腕に鈍い反動が伝わってくる。
「踏ん張りが、効く……!剣を受けられるぞ!」
そう叫ぶと天を仰いで大きく息を吐いた。
その目は赤く潤んでいる。
静かに見守っていた、騎士団の仲間たちが歓声をあげながら一斉に駆け寄った。
「やったな、ジーク!」
「また一緒に戦えるな!」
「ジーク先輩の指導を早く受けたいです!」
もみくちゃにされているジークを見つめるセラフィーの目には、涙がたまっていた。
これまでの彼の努力をする姿が、自然と蘇ってくる。
(良かった……本当に良かった。みんなジーク様を待っていたんだ)
「やったな、セラフィー嬢」
「ガレットさん、本当にありがとうございます。貴方がいなければ無理でした」
「その……なんだ──また作って欲しい物があれば工房に来い。下手な設計図から見てやるよ」
「もうっ!」
ガレットが満足そうに笑顔を浮かべる横でセラフィーが顔を赤くした時、ジークが足早に駆け寄ってきた。
彼の顔には満面の笑みがあった。
「セラフィー嬢。俺は、騎士団に戻る。ありがとう。ガレットも、ありがとうな」
そう言い深々と頭を下げる彼に、セラフィーは慌てて胸の前で両手を横に振った。
「やめてください、ジーク様!ジーク様が諦めずに頑張った結果です。私はそれをお手伝いしただけです」
セラフィーはにこりと微笑み、人差し指を立てると続けて言った。
「それに機能回復法は続きますよ。引き続き関節が硬くならないように自主練習は続けてくださいね」
ジークは「相変わらず厳しいな!」と豪快に笑った。
入り口で見守っていたヴァレンは、静かに、深く息を吐いた。
隣に立つエルヴィラも安堵したように息をつく。
「すごいわね……あの子、本当にやってのけたわ」
彼女がどちらに向けて言ったかは分からない。
ヴァレンは何も答えなかった。
彼の瞳は、誰でもなく笑顔で涙を拭うセラフィーの姿に釘付けになっていた。
その横顔は、これまで彼が目にしてきたどんなものより美しく見える。
ヴァレンの瞳は静かに、強く彼女を射抜いていた。




