《番外編:ヴァレン&セラフィー》
病院での機能訓練が始動して、しばらく経ったある日。
業務時間が終わったにも関わらず、機能訓練室には人の気配があった。
「……先生が言う事も、一理あるよね」
ひとり残ったセラフィーは、机に広げた患者ごとの記録に目を通しながら、独り言のように呟いていた。
先日、医師から向けられた厳しい言葉が、まだ頭の片隅に残っている。
『こんな異端の医療の真似ごとが上手くいくはずない』
絶対安静が当たり前なこの世界で、身体を動かして治療するという方法は受け入れがたいだろう。
(どうしたら、機能回復法が新しい治療法として広がっていくかな……)
幸いにもヴァレンやエルヴィラが理解してくれたため、病院で機能訓練を始動させることができた。
しかし、機能訓練をしているのはごく一部の患者で、まだまだ理解は得られていないことの方が多い。
(でもやっぱり、実践して良くなる過程を見てもらうしかないよね!あっ、この患者さんも機能訓練の対象になりそう!)
一つ一つの記録を、いつもより丁寧に見直しだすと手が止まらない。
さらに新規の患者候補にまで目を通す。
気づけば、窓の外はすっかり暗くなっていた。
「──こんな時間まで、何をしている」
不意にかけられた声に、セラフィーは肩を跳ねさせた。
振り返ると、訓練室の出入り口に、険しい顔をしたヴァレンが立っている。
「ヴァレン様!?どうしてここに?」
「……訓練室の明かりが灯っていたから消し忘れかと思って寄ってみた」
ヴァレンはそう言い、セラフィーの方へ近づいてくると、手にしていた白い箱を無言で机の端に置いた。
「……開けても良いんですか」
「ああ」
恐る恐る包みを開けたセラフィーの目が、ぱっと輝く。
中には、彼女の好きそうな甘い焼き菓子が、いくつも並んでいた。
「これ……!」
「この前、甘いものが好きだと言っていただろう」
ヴァレンは、素っ気なく言うと、視線をわずかに逸らした。
お菓子に釘付けのセラフィーには分からなったが、彼の耳は少し赤い。
以前の何気ない会話を、彼がちゃんと覚えていてくれた。
そのことが、たまらなく嬉しい。
ヴァレンは、それ以上何も言わずに、近くにあった椅子を引き寄せ、腰を下ろすと長い足を組んだ。
「……ヴァレン様?」
「今日は俺が送っていこう」
「え……でも」
「遠慮するな。こんな時間一人で歩かせるつもりはない。少し食べて休憩しろ」
有無を言わせぬ口調に、セラフィーは大人しく頷いた。
表情を変えないヴァレンだが、そこには彼の気づかいや優しさが見え隠れしている。
「分かりました!糖分取って、頭フル回転させますね!」
「なんだそれは?」
ふっと笑うヴァレンを横目に焼き菓子を頬張ると、あまりの美味しさに顔がにやける。
「美味しい‼あっ、ヴァレン様も食べますか?」
「いらない」
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帰路を馬車に揺られながら、窓の外を流れる夜のアルメリアの街並みを、セラフィーはぼんやりと眺めていた。
一日の疲れと、規則正しい馬車の振動が、彼女の瞼をどんどん重くしていく。
それに気づいたヴァレンはセラフィーにそっと声をかけた。
「眠いのか?着いたら起こしてやるから少し寝ろ」
「いえっ!大丈夫です。最近はとても過ごしやすい夜になりましたね」
そう言ったものの、さすが公爵家の馬車。
座り心地の良い座席がより眠気を誘う。
(ふかふかで気持ち良いな……)
気づけば、意識がぷつりと途切れていた。
「──着いたぞ」
肩を軽く叩かれ、セラフィーは、はっと目を覚ました。
いつのまにか自分の肩には、ヴァレンの上着がかけられている。
「わ、私……眠ってました!?」
「ああ、随分と気持ちよさそうにな」
「す、すみません、はしたない姿を……」
「疲れているんだろう。今夜は早く休め」
からかうような声に、セラフィーの顔が一気に熱くなる。
ヴァレンは上着を受け取りながら、口元をわずかに緩めた。
「お前は頑張り過ぎだ──俺はお前を信頼している。だから自分が思うがままに突き進めばいい。何があっても俺が必ず助けてやる」
その一言に、セラフィーの胸の奥がじんと温かくなる。
彼の言葉は、自分が信じる道をこのまま進んでいいんだと、心から奮い立たされる。
こんなにも力強い味方がいるだろうか。
馬車を降りる足取りは、とても軽やかだった。
セラフィーがヴァレンに言われた通りいつもより早めにベッドに入ると、疲れが溜まっていたのかすぐさま猛烈な眠気に襲われる。
舟をこぎながら、彼女はふと思った。
(ヴァレン様、灯りの確認って言っていたけど、どうしてお菓子を持っていたんだろう……?)
それ以上考える余裕もなく、セラフィーは深い眠りに落ちていった。
その寝顔は、とても幸せそうだった。




