《26》
「でかい、でか過ぎる……ジーク、貴族の婚約指輪はこういうものなのか?」
「いや、でか過ぎるぜ。さすがドラヴェン公爵家というか、ヴァレンというか」
ガレットとジークはセラフィーの左手薬指に眩い光を放つ婚約指輪を穴が開くほど見つめていた。
ドラヴェン公爵家に代々伝わる大粒のエメラルドの周囲を埋め尽くすようにブルーサファイアが飾られている。
「みなさん、今日はお越しくださりありがとうございます」
今日はヴァレンとセラフィーの婚約晩餐会が、ドラヴェン公爵家にて盛大に開催されていた。
幸せそうに微笑むセラフィーの隣には、やや不機嫌なヴァレンが佇んでいる。
「なんでヴァレン様は、浮かない顔してるんだよ?」
ガレットの問いかけに、セラフィーは苦笑いを浮かべ、ヴァレンの顔をそっと覗き込んだ。
ジークが悪戯っぽく歯を見せてニヤニヤした顔を見せると、ヴァレンの機嫌はさらに悪くなった。
「ヴァレンは今すぐにでも結婚したかったけど、『女性にはドレスとか準備することが山ほどあるのよ!』ってエルヴィラ様に言い切られて、結局1年後になったのが気に入らないんだよな」
エルヴィラの性格を散々知っているガレットは、不憫そうにヴァレンへと目を向けた。
自分も彼女の言いだしたことに勝てたことなどない。
「なに、私の話?」
レオナルドと共に意気揚々と現れたエルヴィラは、セラフィーのドレス姿を見るなり歓声をあげた。
「キャーッ!セラフィーちゃん、とても可愛いわ!とうとう私の妹になるのね」
「本当だよね。君が僕の妹になるなんて、感慨深いよ」
隣でそう言って優しく微笑むレオナルドの横で、エルヴィラは早くも感極まったように涙ぐんでいる。
そんなエルヴィラを、ヴァレンは恨めしそうな眼差しで見つめた。
「なに?まだ拗ねてるの?あぁ嫌だ嫌だ。器の小さい夫なんて、妻から早々に見限られるわよ」
相変わらず猪突猛進なエルヴィラを、レオナルドは余裕の笑みで受け止めている。
エルヴィラの容赦ない言葉に、この世の終わりのような絶望の表情で硬直してしまったヴァレンを見て、セラフィーは慌てたように言った。
「そんな──私はずっと、ヴァレン様のことが大好きですよ」
その言葉を聞いた瞬間、ヴァレンはさっきまでの絶望が嘘のように表情を輝かせる。
その2人の姿に「これは将来、セラフィーがドラヴェン公爵家を裏から完全に牛耳るな」と、一同は確信するのだった。
「セラフィー」
ヴァレンに名を呼ばれ、彼の見る方へ視線を向けると、そこにはにこやかに微笑むエレオノーラの姿があった。
「エレオノーラ様!」
セラフィーが瞳を輝かせて言うと、エレオノーラは力強く言葉を発した。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
エレオノーラは短い言葉なら、もう淀みなく言えるほど回復していた。
これも彼女の努力の賜物にほかならない。
親しい友人たちと久しぶりにお茶会も開き、以前より活発に動いているようだ。
エルヴィラは楽しそうに悪戯っぽい笑みを湛えるとセラフィーの耳元で囁いた。
「お祖母様ったら、貴女とヴァレンの子どもと一緒に遊ぶって、最近ますます張り切って機能回復訓練をしているのよ」
「こ、子ども!?」
瞬時に顔を赤く染めるセラフィーを、エルヴィラとエレオノーラは悪戯っぽく楽しそうに笑みを浮かべ見つめた。
(……やっぱり、エルヴィラのあの性格は、エレオノーラ様譲りなんだわ)
以前にエルヴィラから聞いた話を思い出し、セラフィーは内心で深く納得する。
エルヴィラの猪突猛進の性格は元を辿ればエレオノーラ譲りであり、実はドラヴェン公爵もそうらしい。
一方でヴァレンのあの堅物な気質は、亡くなった先代公爵の血を色濃く引いているという。
「──お祖母様、エルヴィラ。セラフィーをからかうのもほどほどに」
彼女の赤面した顔を目にしたヴァレンは小さく息を吐くと、2人にやんわりと釘を刺した。彼もまた幼少期より、あの賑やかな女性陣たちに振り回されてきたに違いない。
やや諦め気味なその表情は、そのせいだろう。
セラフィーはそっと思う。
(──私は、セラフィー・アシュレイ。今は、こんなにも幸せだわ)
前世の記憶が蘇った時は、胸をかき乱された。
しかし、その記憶があったからこそ、今ここにいる大切な人たちに出会わせてくれている。
そして、これからこの機能回復法が広がり、多くの人々の助けになることを心から願う。
広間で演奏が華やかに始まり、ダンスの開始を告げる。
婚約晩餐会でのファーストダンスは、ヴァレンとセラフィーが2人だけで踊る特別なものだ。
「行こうか、セラフィー」
ヴァレンの大きな手がセラフィーに向けてスッと差し出される。
彼の氷青の瞳は、優しく真っすぐ彼女だけを見ている。
「──はい!」
セラフィーは彼の手に自分の手を重ねると、軽やかに歩み出した。
これから人生を彼と共にするのだ。
長い道のりの中、時には険しい岐路に立つこともあるかもしれない。
けれど、必ず彼が隣にいてくれる。
ともに歩んでくれる大切な仲間たちがいる。
だからきっと、何があっても──私たちは、大丈夫。
これから、この世界にはない医療福祉の扉も、たくさん開きたいしね!
《終》
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!




