《21》
セラフィーとヴァレンの想いが通じ合って数週間。
1度広まった根も葉もない噂は、なかなか消えはしなかったが、病院内では少しずつ機能回復訓練を再開する者も増えてきていた。
そんなある日の昼下がり、執務室の片隅から、何やら賑やかな言い合いが聞こえてくる。
「ヴァレン様……また屋敷にプレゼントが届きました」
「お前に似合うと思うと、つい──」
「嬉しいですけど、もう衣装部屋が贈り物であふれそうだから止めてくださいと言いましたよね?」
「だったら新しい衣装部屋を作るか?」
「もう!ヴァレン様!!」
ぷんぷんと怒りながらも、頬を赤く染めるセラフィーの胸には、美しく輝くあの氷青のネックレス。
ヴァレンは口元を穏やかに緩め、底なしの愛おしさがにじむ瞳でその姿を見つめている。
「……おいおい、なんだアレは?」
この後行われる会議のため、専属職人として呼ばれたガレットは、執務室に足を踏み入れるなり、目の前の甘すぎる光景に呆れ果てたように呟いた。
その視線の先を眺めながら、エルヴィラが紅茶のカップを片手に、誇らしげに口の端を上げる。
「いちゃついているのよ。わが弟ながら、ここまで変貌するとは予想外だわ。──それにしても大変だったのよ?セラフィーちゃんがなぜか、リリアーナ嬢をヴァレンの婚約者と勘違いしていたから、ヴァレンと一緒に必死で説き伏せたんだから!」
そう言いながら、エルヴィラは手元に広げられた冊子に、目を輝かせながら食い入るように見入っている。
ガレットが覗き込んだ冊子には、色とりどりの最先端のドレスが描かれている。
明らかに仕事とは関係なさそうな内容に、ガレットは堪えきれず口を挟んだ。
「──エルヴィラ様、何を見てるんだよ」
「えっ、これ?うちが贔屓にしている店のものなんだけど、セラフィーちゃんにはどれが似合うかしらと思って」
エルヴィラは、いちゃつく2人に聞こえないよう、ガレットの耳元でいたずらっぽく囁く。
彼は嫌々そうに耳を傾けた。
「だって、セラフィーちゃんが私の義妹になることは確定でしょ? 私、可愛い妹を着飾るのが夢だったの!」
目をらんらんと輝かせ冊子をめくる姉と、2人だけの世界を作っている恋人たち。
(あぁ……早く仕事して帰りてーーー!!!)
ガレットは心の中で叫ぶと、唯一共感してくれそうな側近のレイズに視線を向けた。
「レイズ……お前も大変だな」
「いえ、ヴァレン様がセラフィー様に会いたいがために猛烈な勢いで執務をこなしていただけるので、すこぶる仕事が捗り大変有難いです」
爽やかに笑う彼に、もはや味方はいないと悟ったガレットは、溜息をつきながら長椅子にドカッと腰を下ろすのだった。
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社交界にヴァレンとセラフィーが連れ立って現れるようになると、瞬く間に貴族たちの好奇の的となった。
それは2人の装いが必ずどこか色が揃っているからだ。
これは「私の心は今、この人の色に染まっている」という愛の証明であり、特別な関係を示唆する社交界における暗黙のルールとされている。
明らかに寄り添いあう2人の距離は近く、ヴァレンの手は常に彼女の肩や腰に置かれている。
さらに、彼がセラフィーの耳元で何やら囁くと、彼女はクスクスと楽しげに笑い、彼の耳元に囁き返すのだ。
今までヴァレンに群がっていた令嬢たちも2人の甘い雰囲気に近寄ることすら躊躇した。
それに、色を揃えて会場に現れた男女に対して、他の貴族が割って入ることは重大なマナー違反になる。
それはリリアーナにおいても同様だ。
公爵令嬢であるプライドが、よりそれを許さなかった。
「ドラヴェン家の嫡男とアシュレイ侯爵令嬢が」
「あのヴァレン様が、あんなに優しく微笑んでいらっしゃるわ」
「随分と仲睦まじいですわね」
あちらこちらから2人の仲を噂する声。
優雅に微笑んでみせているリリアーナの扇で隠された口元は、それが耳に入るたび歯が食いしばられ、唇は醜く歪んでいた。
「リリアーナ様も、ざまあないわね」
どこからともなく聞こえてきた若い女性の言葉に、激昂した瞳で振り返れば、クスクスと自分をあざ笑うような声が周囲に広がっていき、もう誰に侮辱されたか分からない。
(この私が笑われているの?──この私がっ!!)
公爵令嬢として生まれ、誰からも羨まれ、望むものは全て手に入った。
自分の思い通りにならないことなど一度もない。
それが当たり前で、これからもそうであると疑うこともしなかった。
しかし、どうだろうか。
目の前の恋焦がれる彼は手に入らず、公爵夫人の座も危うい。
今まで婚約者のように振る舞ってきた自分は、まるで滑稽な道化師のようだ。
(あの女さえ消えていれば……格下風情が、目障りなのよ)
リリアーナは怒りに震えながらセラフィーを睨みつけると、口元に不敵な笑みを浮かべた。
──そのアメジストの瞳には、これから始まる企みへの期待が妖しくきらめいていた。




