《14》
ある日、セラフィーのもとに1通の招待状が届いた。
差出人はリリアーナ・ローゼン公爵令嬢。この国の5大公爵家のひとつだ。
ローゼン公爵は国の内政の重鎮であり、娘を溺愛していることで有名だ。
招待状にはこう書かれていた。
『機能回復法のご活躍、社交界でも大変な評判でございます。ぜひ一度お話を伺いたく、お茶会にご招待申し上げます』
(機能回復法の噂が広まっているんだ)
セラフィーは素直に嬉しかった。
興味を持ってくれる人が増えているなら、それだけ手助けできる人が増えるかもしれない。
セラフィーは意気揚々とペンを走らせた。
お茶会の日。
セラフィーが案内されたのは、ローゼン公爵家邸宅の花が咲き誇る美しい庭園であった。
豪華絢爛を体現したようなその敷地は、ドラヴェン公爵家の佇まいとはあまりに違う。
その光景に、彼女はいたたまれないほどの居心地の悪さを覚えた。
セラフィーが侍女に案内され東屋へ入ると、令嬢たちの視線が一斉に集まる。
ローズピンクの髪を結い上げた美しい女性、リリアーナが立ち上がって迎えた。
「セラフィー様、ようこそいらっしゃいました」
「お招きいただきありがとうございます、リリアーナ様」
「どうぞ、こちらへ」
案内された席に着くと、紅茶が運ばれてきた。
リリアーナをはじめ、そこに座る令嬢たちは華やかな面々ばかりだ。
顔を知っている程度で、こうして面と向かって言葉を交わすのは初めてだった。
最初は流行りの菓子やドレスの話題で、和やかな雰囲気でお茶会は進んだ。
セラフィーの緊張がほぐれてきた頃。
リリアーナが隣に座る令嬢に目配せすると、その令嬢が扇で口元を隠し、セラフィーに向けて冷ややかな微笑を浮かべ、目を細めながら話を切り出した。
「セラフィー様、最近ヴァレン・ドラヴェン様とよくご一緒されているとか」
「はい、お仕事でお世話になっています」
セラフィーは屈託のない笑顔で答えると、問いかけた令嬢はあざ笑うように、くすりと笑った。
その場にいる他の令嬢たちも一斉にセラフィーに目を向けると、扇の陰で嘲笑を交えてひそひそ囁き合う。
「病院でお働きになっているんですって?令嬢がそんなことするかしら?」
「患者さんのお役に立てることが嬉しいので」
「まあ、奇特な方」
トゲのある言葉に、セラフィーは一瞬だけ瞳を揺らしたが、すぐに微笑みを浮かべた。
すると、別の令嬢が口を開く。
「でも不思議ですわね。どうやってヴァレン様に取り入ったのかしら」
「いえ、そんな……エレオノーラ様の機能回復訓練をお手伝いさせていただいたご縁で──」
「エレオノーラ様の機能回復訓練?」
令嬢が怪訝そうに眉を上げた。
他の令嬢たちも顔を見合わせ扇の後ろで驚きを隠せない。
「つまりドラヴェン公爵家に出入りしているということ?」
「……はい」
「まあ」
セラフィーが控えめな声で答えると、令嬢たちが大げさに声を上げ騒めいた。
理不尽な悪意を前にセラフィーの顔に暗い影が落ちる。
「婚姻前の令嬢が公爵家に出入りするなんて、ずいぶん大胆ですこと」
別の令嬢はにこりと微笑みながらも、蔑むような眼差しでセラフィーに容赦のない言葉を重ねた。
「セラフィー様はご存知ないのかしら?リリアーナ様はヴァレン様の婚約者、最有力なのよ」
セラフィーのエメラルドグリーンの瞳が大きく見開かれ、激しく揺らいだ。
(婚約者……?)
「で、でも……ヴァレン様にはそういう方はいらっしゃらないって──」
「そんなの建前ですわ。リリアーナ様とヴァレン様は幼いころからご縁がありますの。誰もがリリアーナ様がドラヴェン公爵家に嫁がれると思っていましてよ」
セラフィーがリリアーナの方を窺うと、扇をゆっくり揺らし、自信に満ちた笑みを見せていた。
「まあ、そのような話は……私からは何とも申し上げられませんわ」
リリアーナは否定せず、セラフィーの動揺をどこか楽しむように見返した。
周りの令嬢からは黄色い歓声が上がっている。
セラフィーの胸の中に、どんどん冷たいものが広がっていく。
(知らなかった。ヴァレン様には、もうお相手が……)
「あら、セラフィー様、お顔の色が優れませんわね」
「そんなことはありません……少し疲れているだけです」
力なく引きつった顔で、セラフィーが小さな声で答えると、「そう」と、令嬢がにっこりと笑った。
「なら良かった。ヴァレン様には、リリアーナ様のような美しい方がお似合いですもの。公爵令嬢で、社交界でも評判が高くて……侯爵令嬢とは、やはり格が違いますわね」
「その通りですわ。未来の公爵夫人が決まっている邸宅に、身の程知らずな女が出入りしているなんて、考えただけでもゾッとしますわ──リリアーナ様のお心に影を落とされるのは、どうかと思いましてよ」
容赦なく突き刺される現実に目を背けるように、セラフィーの脳裏にヴァレンと過ごした温かい日々が蘇ってくる。
令嬢たちが賛同し頷く中、リリアーナが「ふふふ」と、口元に慈しむような微笑を浮かべながら、その瞳の奥でセラフィーを冷徹に見下ろした。
「まぁ、みな様。そのあたりになさいませ。私のことを心配される方たちばかりで嬉しいわ。令嬢がヴァレン様に憧れを抱くのは当然のこと。あんなに素敵な方ですもの。セラフィー様も素敵な殿方と出会われることを切に願いますわ」
──どのようにして、その場を辞したのかは覚えていない。
馬車の扉が閉まり、座席に崩れ落ちるように座った瞬間、涙が溢れ出た。
(分かっていたじゃない……私には一生関係ない人だって──)
ネックレスにそっと触ると、氷青の石が指先を冷たくする。
胸の中に、ずっと蓋をしていたものが、じわりと滲み出てきた。
──私、あの人のことが好きなんだ
あの優しい瞳に見つめられることが嬉しかった。
時折見せてくれる笑顔が心を温かくして、もっと一緒にいたかった。
叶うはずのない恋だと突きつけられて初めて、自分の想いに気づくなんて、あまりにも悲しすぎる。
(この気持ちには固く蓋をしよう。もう二度と開かないように……)
セラフィーの想いを乗せた馬車は静かに走り続けた。




