《13》
「レイズ、病院の視察に行く。馬車の手配を頼む」
「かしこまりました。──ちなみに、今回で今月3度目でございますね」
さらりと告げられた事実に、ヴァレンの手が止まった。
「……それが、何だ」
「いえ、何も。ただ、単純に興味深いなと思っただけです」
レイズは涼しい顔で、手元の予定表をめくっている。
その様子に、ヴァレンは眉をひそめた。
「病院の事業が拡大している。視察の頻度が上がるのは当然のことだ」
「そうですね。ヴァレン様のおっしゃる通りです」
レイズは深く頷いたが、その口の端は、明らかに笑いを堪えている形をしていた。
その彼の姿をヴァレンは恨めしそうにみつめた。
「……何か言いたいことがあるのか」
「いいえ、なにもありませんよ」
そう言いながらも、レイズは机の上の報告書を、そっとヴァレンの方へ差し出した。
不備はないはずだ。
ヴァレンは報告書にチラリと視線を落とすと、すぐさま彼に向き直った。
「ただ、こちらの視察報告書、セラフィー様のことに対する内容が多いようです。ガレットさんについては微々たるもの……もっと他にも目を向けられてはいかがでしょうか?」
ぐ、と喉の奥で言葉が詰まる。
反論しようにも、言葉が出てこない。
「──馬車を出せと言っている」
「かしこまりました」
レイズは恭しく一礼すると、扉に向かいながら、独り言のように呟いた。
「セラフィー様も、お喜びになるでしょうね」
「誰が、セラフィーのために行くと言った」
「申し訳ございません、私の勘違いでした」
まったく悪びれる様子のない謝罪に、ヴァレンは眉間の皺を深くしたまま、足早に部屋を後にした。
残されたレイズは、その背中が見えなくなってから、ようやく声を殺して笑った。
「──本当はヴァレン様がお会いしたいんですよね」
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その日、ドラヴェン公爵家の馬車が病院の門をくぐった。今月に入って3回目である。
エルヴィラは紅茶のカップを持ったまま、執務室の窓からそれとなく外の様子をうかがうと、ヴァレンがセラフィーに何か話しかけている最中だった。
セラフィーが嬉しそうな表情をすると、ヴァレンが視線を逸らしている。
(わが弟ながら可愛らしいこと)
耳を赤くする弟に、エルヴィラは口の端を上げた。
しばらくすると、ヴァレンがエルヴィラの執務室に顔を出した。
「病院の運営状況を確認しに来た」
「そう」
エルヴィラは書類から目を上げずに答えた。
にやける顔を隠しきれる自信がないからだ。
「今月何回目かしら」
「……視察は定期的に行うものだ」
「そうよね──以前は半年に1度来れば良い方だったのに」
「病院の事業が拡大しているからな」
「ふうん」
姉のからかいを含んだ言い方に気付いたヴァレンは、それまでの穏やかな顔を消し、あからさまに眉をひそめた。
彼の機嫌がどんどん悪くなっていくのが分かる。
2人の激しい温度差のなか対面していると、廊下から賑やかな声が聞こえてきた。
すると、すぐに執務室に強めのノックが響いた。
エルヴィラが入室を促すと、そこにはジークとガレットが立っていた。
「おっ、ヴァレン様」
「よっ、ヴァレン!久しぶりだな」
「……なぜお前がここにいる」
「ガレットの所に装具のメンテナンスに来たんだ」
眉間に皺を寄せるヴァレンに対し、ジークはそんな彼の圧をものともせず、あっけらかんと答えた。
ガレットも以前とは違い、ヴァレンに無駄に緊張することなく、その口元に笑みを浮かべている。
きっかけに、こんなことがあった。
ヴァレンは、ガレットとセラフィーの仲を密かに気にしていた。
しかし、その疑念はジークとエルヴィラの手によって打ち砕かれている。
「ガレット、お前セラフィー嬢と妙に仲良しだけど、特別な感情はないのかよ?」
「バカ言え!あれでも侯爵家のご令嬢だぞ?そうでなくても、10歳も離れたお子さまに興味なんてねえよ!」
「貴方はうちのセクシー看護師と良い感じだもんね」
「エルヴィラ様、なんで知ってるんだよ!?」
と、身に覚えのない場所から恋路を暴露され、盛大に狼狽える出来事があったのだ。
エルヴィラに完璧に振り回されるガレットの姿を、幼いころからの自分に重ねたヴァレンは、彼を心から気の毒に思った。
そうして、日ごろのうっ憤を晴らすためジークを含めた3人で酒を飲み交わすうちに、彼らは身分を越えた友情を育んでいたのである。
「セラフィー嬢のネックレス、見たぜ。『ヴァレン様からいただきました』って頬を染めちゃってさ」
ジークがセラフィーの真似をして言うものだから、ヴァレンの苛立ちがどんどん積もっていく。
「しかしヴァレン様も、毎回セラフィー嬢が帰る時間に合わせて来るよな」
ガレットが笑いをこらえているのが丸わかりだった。
「偶然にしては出来すぎじゃないかしら?」
「偶然だ」
「3回連続で?」
ヴァレンは何も答えないが、窓の外に視線を向けた彼の耳が赤かった。
エルヴィラとジーク、ガレットが目を合わせ、3人同時に口の端が上がった。
「偶然、ね」
「偶然だな」
「そうか、偶然か」
「うるさい」
ヴァレンはふんと、静かに鼻を鳴らし、彼にしては珍しくドサッと長椅子に腰を掛けた。
(偶然ではない。それくらい分かっている)
自然と足が向いてしまうのだ。
(困ったな)
少しして、執務室に業務を終えたセラフィーが現れた。
その顔を見るとヴァレンの顔も穏やかになっていくのであった。




