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婚約破棄されたので、慰謝料と経費精算願います ~大手会計事務所内定(だった)転生令嬢は、簿記のわかる公爵さまと複式簿記で恋に落ちる~  作者: pinecone


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9/10

建国祭の監査報告


建国祭の夜。支度を終えた私を見て、ソフィが両手で口を覆った。


「お嬢様……! ああ、やっぱりこの色、最高です……!」


姿見の中には、氷色のドレスをまとった私がいた。三日前、ジークハルト様から届いたものだ。


「あのですね、お嬢様。殿方が奥方に、ご自分の瞳の色を贈る意味、ご存じですか?」

「?配色を3色に納めるためじゃないかしら?それに、ジークハルト様の色だもの在庫があったのかも」

「公爵家にドレスの在庫などはありません!!」

「たしかに…それもそうね…」


(淡い青灰色…。鏡の中の自分が、いつもより少し、好きに見える)


この色を選んでくれた気持ちの分だけ、価値が上乗せされている。付加価値というものは、原価では測れないのよね。



王宮の大広間は、建国祭の熱気で満ちていた。

その熱がいちばん高まった頃、壇上でヘンリー殿下が杯を掲げた。


「諸君! 今宵はもう一つ、めでたい発表がある! 私と、シャロン・ボードレール男爵令嬢との婚約を――」

「その前に!」


凛とした声が、大広間を貫いた。

エドワード殿下だった。会場が静まり返ると、ゆっくりと壇上にいるヘンリー殿下の前へ立った。


「王家より、諸侯の皆様へご報告がある。――この七年間、国庫より消えた金貨、四万三千枚の行方について」


ざわり、と会場が揺れた。

合図とともに、文官たちが分厚い報告書を諸侯へ配っていく。あの日の夜会と同じ光景。ただし今夜のそれは、羊皮紙三十八枚ではきかない。


「監査の指揮は財務卿ヴァルテンベルク公爵。実務は――公爵夫人メリアが担った」


ジークハルト様が壇の前へ進み出て、いつもの事務連絡の声で、淡々と読み上げ始めた。献上金の過少記帳。工事費の水増しと還流。ボードレール商会を経由した資金の洗浄。実行役、ダレル子爵の署名と承認印。そして最後に、表と裏、二冊の帳簿を突き合わせた一覧表。


「以上、資金洗浄された金は最終的にダレル子爵家を経て、もう一つの財布に流れ込んでいる。――ヘンリー王太子殿下。貴殿の私費だ」

「な……っ、で、でたらめだ! 捏造だ!」


殿下は真っ赤になって、それから私を指さした。


「そうだ、その女だ! 婚約破棄を逆恨みして、その女が数字を偽造したに決まっている! 皆、騙されるな、そいつは金の話しかできない、可愛げのない女で――」


――バシッ!!


大広間に乾いた音が響く。ジークハルト様が手に持っていた報告書をヘンリー殿下に叩きつけたのだ。

空気が、変わった。

そして、ヘンリー殿下に詰め寄った。


「……七年だ」

「な、なんだと」

「この方は七年間、貴殿の隣で、貴殿を次期王として支えるため、守るために。貴殿の浪費と不正を諫めるために、嫌われ役を引き受けて、金の話をし続けた。国家経営はお遊びではない。――人生の大半を捧げたメリアのその七年を、貴様は…」


氷色の瞳が、静かに燃えていた。


「――可愛げのない女としか、思っていなかったのか」


しん、と会場が静まり返る。

誰も、何も言えなかった。当のヘンリー殿下すら、口を開けたまま固まっていた。


(……ジークハルト様が、私の七年のために、怒って下さっている)


ずっと、誰かに言ってほしかった言葉だった。私の思いや努力を見てくれた人がいた。目の奥が熱くなるのを感じる。


「わ、わたくしは、何も存じませんわ……!」

「シャ、シャロン⁉」


沈黙を破ったのは、シャロン様の涙声だった。シャロン様は、騙された、私は利用されていたのです、私は被害者…流暢な演説が終わるとその場で泣き崩れておられました。ヘンリー殿下がもの言いたげだったけど…。

そして、エドワード殿下が続ける。



「ボードレール嬢。商会の裏帳簿の宛名書きは、貴女の筆跡と一致している。宝飾店グランドールの領収書も、な」


エドワード殿下の静かな一言で、泣き落としは終わった。ちなみにその領収書の写しなら、私も持っている。七年分、印付きで。


その時、国王陛下が、玉座から立ち上がった。


「見てられんな。――ヘンリーを廃嫡とする。ダレル子爵は爵位剥奪の上、投獄。ボードレール男爵家は爵位返上、横領額は全額弁済とする。……エドワード」

「はい、父上」

「王太子として、この国の膿を出し切れ」


引きずられていく元王太子の喚き声が遠ざかって、大広間に、少しずつ音が戻ってくる。


(終わった……本当に、終わったのね)


七年間の監査記録が、ようやく決算を迎えた。膝から力が抜けそうになった、その時。


「メリア」


目の前に、ジークハルト様が立っていた。

そして、大勢の諸侯が見ている真ん中で、迷いのない動きで――床に、片膝をついた。


「え……だ、ジークハルト様!?」


会場中の視線が集まり、再び静かになる。

ジークハルト様は懐から小さな箱を取り出して、私を見上げた。


「君に、報告と――再契約の提案がある」


最後までお読みいただき、ありがとうございます。よろしければ評価★&ブックマークをしていただけると、大変励みになります。


「婚約者に裏切られて、知らない花婿と結婚したら、なぜか幸せです」完結もよろしければご覧ください。


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