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婚約破棄されたので、慰謝料と経費精算願います ~大手会計事務所内定(だった)転生令嬢は、簿記のわかる公爵さまと複式簿記で恋に落ちる~  作者: pinecone


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8/10

夫婦共同監査


ジークハルト様には、想い人がいる。

そして、契約の破棄を考えている。


あの晩からずっと、頭の中でその二つがぐるぐる回っている。


(つまり、3年未満で退職の可能性……ちゃんと引き継ぎ資料を作らないと。後任の方が読んでも分かるように、仕訳の手引きも……)


「お嬢様。昨夜から死んだ魚の目して…何を書いてるんですか」

「引き継ぎ資料よ」

「誰へ何を引き継ぐんですか?破りますよ」


そう言ってソフィは資料を取り上げた。なぜ怒られるのかは、分からなかった。



心が晴れないまま数日たった。そして落ち込んでいる暇は、なくなった。

王宮から、荷馬車三台分の帳簿が届いたのだ。差出人はエドワード殿下。添えられた手紙には一言、『膿を出す。力を貸してほしい』。


こうして公爵邸の大書斎は、臨時の監査室になった。

中央の長机に、王宮の帳簿と受領書の山。ジークハルト様と私が両端に、クロードさんが記録係に、時々エドワード殿下が王宮から通ってくる。


気まずさは――帳簿を開いて三分で、消えた。


「メリア、三年前の第四四半期、離宮の改修費。同じ工事の請求が」

「二回来てますね。しかも二回目は一割増し。……あ、待ってください。この署名」

「ああ。献上金の受領書と、同じ筆跡だ」

「つまり書いた人が同じ。承認印は――」

「――ヘンリーの側近、ダレル子爵」


言葉が、途中から勝手に噛み合っていく。お互いに探している頁が自然と分かる。私の前にジークハルト様が必要な個所を開きそっと置く、確認し、関連する個所をまとめジークハルト様へ。動悸は相変わらずしている。ジークハルト様の想い人の事を考えるとこんな気持ち早くなくしてしまわなければいけないのだけど…。


(……この時間。終わってほしくないって、思ってしまう)


部屋の隅で、エドワード殿下が小さく笑うのが見えた。


「……なるほど。これは、チャンス到来と考えてもよいか…?」

「? 何かおっしゃいましたか、殿下」

「いいや。監査の見事さに感心しただけだ」

「エドワード、向かいの部屋に君の場所を用意している。そっちに行けよ」

「ジークハルト様、殿下にそのような言葉遣いは…」

「そーだそーだ~」


エドワード殿下にからかわれて「ぐぬぬっ」となってるジークハルト様は少し可愛くて…。新たな発見は沈んだ心を和らげてくれるのを感じた。



半月後。全貌が、卓上に揃った。


「手口は三つ。一つ、諸侯からの献上金の受領額を少なく記帳し、差額を抜く。二つ、王宮の工事や調度の請求を水増しし、差額を業者から還流させる。三つ、抜いた金は――ボードレール男爵家の商会を経由して、殿下の『個人的な支出』に化ける」

「ボードレール男爵家……シャロン様のご実家、ですね」

「ああ。七年間の総額、確認できただけで――金貨四万三千枚」


ジークハルト様が読み上げた数字に、書斎が静まり返った。国庫のお金だ。民の税だ。それが私腹を肥やすことに使われた。宝石と夜会と離宮に化けて、帳簿が単式だったばかりに、七年間、巧妙に隠され続けていた。


「決め手は、これです」


私は、商会から押収された裏帳簿を開いた。表の帳簿と、裏の帳簿。二冊を複式に転記し直して突き合わせれば、抜いた金額と流れた先が、一枚の表になって浮かび上がる。


「単式の帳簿は、嘘をついても黙っています。でも複式に書き直せば、嘘は必ず、数字の不一致になって現れる。――これが、証拠の全てです」

「……見事だ」


エドワード殿下は、まとめ上げた監査報告書を、大切に受け取り。何か言いたげでしたが…横でジークハルト様が睨みを利かせていたので言葉を飲んだようでした。


「それで、エドワード、今後どのように動けば?」

「舞台は私が整える。来月の建国祭――王家主催の夜会だ。兄上は、その場でボードレール男爵令嬢との婚約を披露するつもりらしい」

「まあ。……つまり、関係者が全員、一つの会場に」

「そういうことだ。真実は、夜会で」



その夜。荷造りされた帳簿の山を眺めながら、私とジークハルト様は、大書斎に二人で残っていた。

半月間、帳簿で埋め尽くされた部屋が、急に殺風景になる。


「メリア」

「はい」

「……この半月、その、なんだ。ご苦労だった。いや、違う。正確に言い直す。……良かった。君と帳簿を見る日々は、私には、その…」


ジークハルト様は言葉を探して、探して…結局こう言った。


「……この調査が、永遠に続けばいいと思った」


(私も、同じことを思っていた…)


「あの、ジークハルト様、私…」

「メリア。建国祭が終わったら――話がある」


氷色の瞳が、まっすぐに私を見ていた。

契約破棄の話だ、と頭の隅で誰かが言う。想い人の話かもしれない。それでも。


「……はい。私も、お話があります」


お互いに約束を交わし、その日をどうにかやり過ごした。

卓上には、建国祭の招待状が一通、月明かりを受けて白く光っていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。よろしければ評価★&ブックマークをしていただけると、大変励みになります。


「婚約者に裏切られて、知らない花婿と結婚したら、なぜか幸せです」完結もよろしければご覧ください。


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