減価償却できない想い
大広間の真ん中で、ジークハルト様が私に跪いている。
差し出された小箱の中では、大きなダイアの指輪が、シャンデリアの光を集めて燃えていた。
「報告する。……私は、君に恋をしている」
ざわ、と会場が沸いた。私の心臓は、それどころではない音を立てていた。
「自覚したのは最近のことだ。……いつからかは、特定できていない。だが、最初の夜会から君に惹かれていたのは確かだ」
(……『恋をした』って、ジークハルト様には想い人が……)
「ジークハルト様、あの、想い人がいらっしゃるのでは」
「? 君の話をしているが」
「わ、私!?」
「先ほどからそう報告している」
壁際でクロードさんとソフィがハラハラしている姿が見える。
「それで、再契約の申し出だ」
ジークハルト様は箱を掲げたまま、まっすぐに私を見上げた。
「三年契約を、破棄させてほしい。――代わりに、期限のない契約を結び直したい」
「……っ」
「メリア。君は貴重な存在だ。君ほどの人を、私のようなつまらない男のために期限もなく縛ってはいけないと思った。それで君が三年後、自由な選択ができるよう期限を切った。物の価値は、時間が経てば目減りする。道具も、屋敷も、金貨でさえも。……私という男も、君の中でそうなるはずだった。三年も経てば償却が終わって、価値はゼロになる。無価値になった男のことなど、君は何の気兼ねもなく置いて、新しい人生へ行ける。――そのための、三年だった。……だが、計算が違った」
氷色の瞳は、逸らされなかった。
「気づいたんだ。君への想いだけは複利的に増え続けていく、この先の生涯をかけても、減る見込みがないことに。――減価償却が、できないんだ」
どく、どく、と心臓が鳴る。この動悸の正体を、私はもう知っている。
「……私の妻に、一生涯、私の妻に、なってくれないだろうか」
大広間は、水を打ったように静かだった。
私は、震える息を一つ吐いて――それから、精一杯まっすぐ立って、答えた。
「お受けする前に、私からも、ご報告があります」
誤魔化しはなし。嘘もなし。それが私たちの、最初の契約だから、きちんと伝えなきゃ。
「私、あなたに一つだけ、ずっと伝えていないことがありました。……就職のつもりでヴァルテンベルク家へ嫁いだつもりでしたが。あなたが笑った日から、私はずっと――あなたに、恋をしているのですよ。三年の契約を承諾したこと…どれほど後悔したか。報告を怠った結果、ですね」
ジークハルト様の目が、大きく見開かれた。
「ですから――ふふっ、私からも是非お願いしますわ。三年契約は特例で一括計上して再契約いたしましょう」
一拍おいて、大広間が、どっと沸いた。
ジークハルト様は、指輪を私の左手の薬指に通し、私をぎゅっと抱き寄せた。お互い目が合って、堪えきれずに声を立てて笑う。最高に幸せな時間だった。
拍手の中、ふと壇上を見ると、エドワード殿下と目が合った。殿下はやれやれといった表情をされていたけど…それでも王子様らしく優雅に、礼をしてくださった。
「ここまで見せつけられては、仕方ない。……だが夫人、王家は貴女の腕を諦めていないぞ。複式簿記を、国の制度にしたい。その時は貴女に城に来ていただいて手取り足取り教えを乞いたい」
「いいや、エドワード。メリアは忙しいんだ」
ジークハルト様がエドワード殿下と私の間に割って入る。
「その代わり、メリアの右腕である優秀な年長者ギルモアを行かせよう」
「…え…」
「殿下。それがいいですわ!ギルモアは経験も豊富で、多面的に物事を考えられる年長者です。国家の経理計算のお役に必ず立てるでしょう!!――後日お見積もりを、お送りいたしますわ」
「あ…いや…」
夜会であからさまな商売の話は駄目だったかしら?でも、口約束だけでは齟齬が生まれますもの、いくらジークハルト様とお友達とは言え、大切なことですから。それはそうとジークハルト様は何故してやったり顔なのでしょうか?
◇
後日談を、少しだけ。
ヘンリー元殿下は北の辺境で、鉱山の出納記録係をしているらしい。皮肉なことに、一番苦手なコツコツとする作業と向き合っているそうだ。ボードレール家は商会を畳んで、弁済のために働いている。
実家のお父様には「公爵夫人を継続、しかも本婚!?」と三度聞き返された。お母様は泣いた。ソフィも泣いた。そして、クロードさんが一番泣いていた。「うぅ…長かった……本当に良かったぁ……ジークハルト様ぁ奥様ぁおしあわせにぃぃぃ…」と。そんなキャラでしたっけ?と思ったけど、面白いので、なにも言わないであげた。
そして今夜も、公爵家の書斎には、ランプが灯っている。
「メリア。王立会計院の設立予算案、ここの人件費、無茶な予算だと思わないか?」
「あら、本当。人は資産ですから、しっかり計上しませんと」
「ああ。……人は、資産だからな」
机は、あの頃より少しだけ近い。ページをめくる合間に手が触れて、どちらからともなく、笑ってしまう。
引き出しの一番上には、結婚式で使った誓約書の写し。第一条には新しくこうある。
『契約期間は、生涯とする。更新の協議は、不要』
私の人生の帳簿は、今日もこの人の隣で、美しく釣り合っている。
――貸借、一致。
(完)
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明日から、スピンオフで侍女ソフィと補佐官クロードの裏方視点のお話をご用意しております。
是非お楽しみください。
「婚約者に裏切られて、知らない花婿と結婚したら、なぜか幸せです」完結もよろしければご覧ください。




