史上最悪で最高のプロポーズ
「お嬢様、こちらの薔薇色のドレスにしましょう! 髪は編み込んで、耳元には真珠を――」
「待ってソフィ。面接に薔薇色で行く人がいる?」
面会の朝。私の私室は、開戦直後の戦場になっていた。
「紺よ、紺。一番地味なやつ。装飾は最小限、髪はきっちりまとめて、清潔感と実務能力だけを伝えるの。これが面接の正装よ」
「どこの国の正装ですか!? いいですかお嬢様、お相手は公爵さまです。お手紙に『惹かれました』って書いてあったんですよ!? あれは縁談! 求婚! プロポーズです!」
「ソフィ?『聡明な女性に惹かれた』は、履歴書で言う『貴社の経営理念に共感し』と同じ定型文よ。」
「令嬢の履歴書ってなんですか!?」
(持ち物よし。職務経歴書……は書けないから、代わりに自作の見本帳簿。それと羽根ペンの予備)
鞄に帳簿を詰める私と、櫛を握って震える侍女。三十分の攻防の末、ドレスはソフィの選んだ若菜色、髪型は私の希望で「きっちりまとめ」という痛み分けに終わった。
「うう……せめてお化粧はさせていただきますからね……!」
「はいはい。あ、頬紅は薄めに。面接官に媚びてると思われるから」
「面接官じゃありません、ジークハルト・ヴァルテンベルク公爵様です!」
◇
ヴァルテンベルク公爵邸は、王都の一等地にあって、装飾のほとんどない石造りのお屋敷だった。
(シンプルで清潔感のあるお屋敷ね。……好印象だわ)
玄関で出迎えてくれたのは、亜麻色の髪をひとつに結んだ、物腰の柔らかな男の人だった。
「補佐官のクロードと申します。本日は遠路ようこそ……その、オルコット嬢。ひとつだけ、先に申し上げておきたく」
クロードさんは、廊下を歩きながら、なぜか遠い目をした。
「主は、誠実な男です。誠実すぎて、その、言葉の順番をよく間違えます。本日はなにとぞ、広いお心で」
「? …ええ分かったわ」
(なるほど?人手不足で人員が欲しいけど、公爵様の発言でやめてしまう人が多いと言うことね。面接前にアドバイスを頂けるなんて親切だわ)
応接室。長いテーブルの向こうに、あの人がいた。
黒い上着。氷色の瞳。夜会で私の明細を一枚も飛ばさずに読んでいた、ヴァルテンベルク公爵――ジークハルト様。
公爵様は私が席に着くなり、すっと立ち上がり、手元の羊皮紙を広げて、宣言するように読み始めた。
「第一条。契約期間は本日より三年間とし、更新は合意の上で決定するものとする。第二条。期間中、貴女にはヴァルテンベルク公爵家の財務全般に関する一切の権限を委任する。第三条。報酬は月額金貨五十枚、成果に応じて加算する。第四条。社交への同伴は年に四回を上限とし、それ以外の夜会・茶会への出席は強制しない。第五条――」
(え、何この求人。待遇が良すぎる。財務の全権委任? 月五十枚? 社交ほぼ免除?)
思わず身を乗り出した。転職サイトなら星五つ、口コミ欄が祭りになる条件だ。超ホワイト企業!
公爵さまは羊皮紙をめくり、同じ調子のまま、最後の一枚を読み上げた。
「第十二条。本契約の名称は――婚姻とする」
「…………はい?」
沈黙。
壁際でクロードさんが、そっと目を覆うのが見えた。
「あの……確認ですが、これは、就職のお話では」
「…まぁ『妻』という役職だと思ってくれてもいい」
「やくしょく」
公爵さまは大真面目に頷いた。それから、初めて羊皮紙から目を上げて、私を見た。
「夜会で、貴女の明細を読んだ。七年分の記録が、抜け漏れなく美しく綴られていた。あんな帳簿を組む人間を、私は他に知らない。……貴方を手放したくないと思った。突然のことで驚かせてしまっただろう。…だから三年…ひとまず三年間、私と共に家の数字を直してほしい。それから、その」
氷色の瞳が、すこし泳いだ。
「……君の帳簿を、毎晩隣で見たい。以上だ」
(毎晩、隣で、帳簿を…!)
公爵様と自分を妄想してしまい思わず赤面する。いやいや、これは面接。でも仮にこれがプロポーズの言葉で「帳簿を隣で見たい」だとしても…。ふつうの令嬢なら、扇を投げて帰るかもしれない。
でも、まずい。私には、これが。
(――ものすごく、誠実なオファーに聞こえる)
肩書きは妻。実態は財務責任者。期間三年、待遇破格、裁量権あり。前世含めて二十九年の人生で、いちばん条件のいい内定通知だった。舞い上がる自分を制御し、交渉に入る。
「あの、公爵様。第三条の報酬に、ひとつ追加を。公爵家の帳簿改革に必要な購入品は、経費として別枠で認めて頂きたいのですが…」
「……! 承知した、他には!?」
正直これ以上ない契約内容だ。だけど、前のような失敗はしたくない。
「大変失礼ではございますが…”嘘”や”誤魔化し”をしないでいただきたいのです。もちろん私もそう致します。信頼できるパートナーとして話し合いのできる関係性でいたいのです。」
「もちろんだとも!約束しよう」
真っ直ぐ私を見つめる公爵様の瞳に嘘偽りはなさそうだ。
「では――その契約、お受けいたします」
私が右手を差し出すと、公爵さまは一瞬固まって、それから壊れ物に触るみたいに、握手を返してきた。
大きくて、あたたかい、ペンだこのある手だった。
「……閣下があんなに嬉しそうにしている姿を、私は初めて見ました」
帰り際、クロードさんが深々と頭を下げて、そう言った。どういう意味かは、その時の私にはまだ分からなかった。
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「婚約者に裏切られて、知らない花婿と結婚したら、なぜか幸せです」完結もよろしければご覧ください。




