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婚約破棄されたので、慰謝料と経費精算願います ~大手会計事務所内定(だった)転生令嬢は、簿記のわかる公爵さまと複式簿記で恋に落ちる~  作者: pinecone


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満額回答と王子様と手紙


夜会から三日後。私は王宮の一室で、宰相グレアム侯爵と向かい合っていた。

黒檀のテーブルの上には、あの夜の羊皮紙三十八枚と、王家の紋章入りの書類が一式。


「単刀直入に申し上げる。王家は貴女の請求を――全額、お支払いする」


(満額回答。……勝訴…グッ)


扇の陰で、私はこっそり拳を握った。


「あの明細を突き返せる者が、財務府にひとりもおらなくてな。数字の根拠、換算の基準、七年分の領収書の写しまで、すべて揃っておった」

「経理の基本ですわ。証憑なき請求は、ただのおねだりですもの」


それとは別に、と侯爵が差し出したもう一枚の書類には、請求額のさらに三割増しの金額。殿下の「用途不明金」の件を口外しないように、という口止め料だった。


「そちらは辞退いたします」

「……なんと?」

「正当な精算は一枚残らずいただきます。ですが、私の帳簿に『使途:沈黙』なんて科目を作りたくありませんの。――その代わり、調査は厳正に。あのお金は王家の私財ではなく国庫、つまり民の税ですから」


侯爵は長いこと私を見つめて、それから深々と頭を下げた。



王宮の廊下を退出しようとしたところで、「オルコット嬢」と呼び止められた。

振り返って、思わず息を呑む。淡い金の髪に、深い湖みたいな青緑色の瞳。物語の挿絵から抜け出してきたような青年が、まっすぐこちらへ歩いてくる。


「エドワード殿下……」


第二王子エドワード様。ヘンリー殿下の、腹違いの弟君。

殿下は私の前で立ち止まると、王族だというのに、躊躇なく頭を下げた。


「兄が、取り返しのつかない無礼をした。王家の一員として、心から詫びる」

「殿下が謝られることでは――」

「それから……これを言いに来た。あの夜会の明細、私も拝見した」


顔を上げたエドワード様は、悪戯っぽく、でも品よく微笑んだ。


「見事だった。七年間、誰にも気づかれずに兄の浪費を記録し続けた根気も、あの場で泣き崩れずに数字で反撃した胆力も。……兄は貴重な宝を手放した。宝の価値に気付いている者がここにいることを覚えておいて欲しい」


(あら……ホンモノの王子様って、こんな風に褒めるのね)


同じ王子でも、ヘンリー殿下とは会計基準から違うらしい。


「困ったことがあれば、いつでも私を頼ってほしい。……ぜひ、そうしてほしい」


最後の一言だけ、妙に力がこもっていた気がしたけれど。私は淑女の礼をして、王宮を後にした。



「嫁入り先が、なくなったぁ……!」


屋敷に戻ると、お父様が客間のソファに沈んでいた。その隣でお母様がハンカチを目に当てている。


「『経費精算令嬢』……! 社交界中がその噂で持ち切りだ。『あの令嬢を怒らせると請求書が飛んでくる』と、殿方が震え上がっておる……。王太子妃の話が消えたばかりか、こんな悪名までついて、お前、この先どうやって……」

「あら。請求書程度で逃げる殿方など、与信審査で全員落ちますわ」

「よしんしんさ……?」

「ん”っう”ん”っ…大丈夫よお父様。嫁げないなら稼ぐのみ。働きます。頂いた慰謝料を運用すれば領地経営は暫く安泰ですし、私は王都の商会で帳簿係でも…あ、コンサル業なんてのもいいかしら?」

「令嬢が就職宣言をするなあぁぁぁぁ!!!」


お父様は本格的にソファへ沈んだ。


(今度こそ「就職」……前世で発揮できなかったこの知識を生かせる……!)


むしろ胸を高鳴らせる私に、部屋の隅からソフィがそっと耳打ちしてくる。


「……そういえばお嬢様。夜会で目が合ったと仰ってた方、分かりましたよ。柱の陰で明細を読み込んでた、黒い礼服の」

「あぁ、あの人?」


氷みたいな色の瞳を思い出す。私の三十八枚を、一枚も飛ばさずに読んでいた人。


「ヴァルテンベルク公爵さまです。財務卿の。ほら、有名じゃないですか、『数字に厳しい冷血公爵』。予算を盛った貴族が三人、あの方の査定で泣いたって噂の」


(数字に厳しい、じゃなくて、あれは数字が「読める」人の目よ。この国にもいるのね、同業者)


――こんこん、と扉が鳴ったのは、その時だった。

執事が銀盆に載せて運んできた一通の手紙。深い青の封蝋に、双頭の鷲の紋章。


「ヴァ、ヴァルテンベルク公爵家!?」


ソフィの声がひっくり返る。封を切ると、定規で引いたみたいに整った文字が並んでいた。


『貴女のような聡明な女性に惹かれました。帳簿について、折り入って話がある。近日中にお目にかかりたい。つきましては…』


「……ソフィ。これ、就職のお誘いだわ!」

「どこをどう読んだらそうなるんですか!? これは絶対、え、縁談です!」

「財務卿が『帳簿について話がある』のよ? 面接以外の何だと言うの」


私と侍女の見解は真っ向から食い違ったまま、面会のお返事だけは、その日のうちに出した。


最後までご拝読ありがとうございます。よろしければ評価★&ブックマークをしていただけると、大変励みになります。


「婚約者に裏切られて、知らない花婿と結婚したら、なぜか幸せです」完結もよろしければご覧ください。

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